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1章(4) 出張2

 スパイルの意識が戻ったのは、11月8日の夜中であった。頭痛に顔をしかめながら、通信機に手を伸ばす。寝転んだ状態のまま。

 討伐依頼は0件。別の魔導師に振り替えられている、と分かった。

(腹減ったな……)

 まだ熱があるようで、動くのが億劫だ。氷枕の冷たさが心地良い。

(……ニクスがオレの代わりに討伐行ってるのか)

 溜息を吐きながら、緩慢に身を起こす。ゆっくりとリビングに降り、冷蔵庫を開けると、パック入りのカットフルーツが入っていた。ニクスが買っておいてくれたのだろう。


 スパイルがカットフルーツを食べていると、ガチャリと鍵の開く音がした。

「お帰り」

 家に入るなり声をかけられたニクスは、ぼんやりしながら

「ただいま」

 と言った。それから数秒後、ハッとして、驚きの声をあげる。

「スパイル⁉ 起きてたのか!」

「ああ。……傷だらけじゃねぇか。こんな時間まで討伐してたのか?」

 もうすぐ0時になる。いくら何でも遅すぎだ。

「まあな。ちょっと手こずっただけだ」

 ニクスは平気そうに言ってみせたが、スパイルの目は誤魔化せない。

「ちょっとどころじゃねぇだろ。無理するな」

「……無理してるのは、あんただろ。座ってるのもしんどいくせに」

「悪ぃな、ニクス。負担かけちまって」

「……」

 ニクスは嘆息しながら、スパイルの正面に座る。

「あんたが完全に復帰できるまで、俺はここに泊まる。だから、ちゃんと治るまで討伐行くなよ」

「先手を打たれたか……」

「やっぱり行く気だったな?」

 不満げに言った後、ニクスは表情をやわらげた。

「俺は大丈夫。移動が大変なだけだ。堂々と転移魔術を使えれば楽なのになぁ」

 そう言うなり、こてっと突っ伏した。そのまま寝息を立て始める。

 よほど疲れているのだろう。鍵も閉め忘れている。普段ならしないようなミスだ。

 スパイルは嘆息を漏らしながら、鍵を閉め、自分の部屋に戻って寝た。





 1週間後の朝。熱がすっかり下がったスパイルは、仕事に復帰するつもりだった。しかし、ニクスは止めようとする。

「まだ休んでろ」

「いや、もう充分だ。休み過ぎた」

「万全には程遠いだろうが」

「万全じゃなくても、オレはお前より強いぜ? 魔物との戦いにおいてはな」

 しれっと言うスパイル。ニクスは頭を抱えた。

「いや、うん。まだ遠く及ばないのは分かってるんだ。分かってるんだが、そうハッキリ言われると、逆に試したくなる」

「一勝負するか?」

「…………休んでろって言ってるだろ」

「今、一瞬迷っただろ」

「迷ってねぇ!」

 スパイルのからかうような言葉に噛みついたニクスは、大きな溜息を吐いた。迷ってしまったのが事実である以上、否定しても無意味だ。

 声を上げて笑っていたスパイルは、ふと真剣な表情になり、ニクスを見つめる。

「いくらお前が無理の効く体質でも、睡眠時間と食事を削りすぎるのは良くねぇ。分かってるだろ」

「……ああ」

「現状は?」

 ある種の確信を込めて問われ、ニクスは渋面を浮かべた。正直に答えるしかない。

「睡眠時間は3時間くらい。食事は……朝は抜き、昼と晩はパンかレトルトかカップ麺」

「抜いてるのは朝だけか?」

「……丸1日食べてない日もあった。何か、食欲なくてな」

 スパイルは嘆息した。思った以上に駄目な生活をしている。睡眠時間にしても、多めに見積もって3時間なのだろう。

「オレが大量に討伐依頼こなせるのは、加速使って移動してるからだって分かってるだろ? 普通に討伐行ってたら、そりゃそんな風になる。とりあえず、今日1日は休め」

「……あれ、立場を逆転された……? いや、日曜も休まず行ってるのに溜まる一方なんだ、休めるわけが無ぇ」

「オレに休んでてほしいなら、お前も休め」

 有無を言わさぬ口調。

「討伐依頼は明日から2人で分担。追加された分を消化しつつ、溜まった分を少しずつ減らしていく。オレは無理しない程度にやるから、お前もちょっとずつ体調整えろ」

「俺はそこまで不調じゃねぇ」

「自覚が無ぇだけだ。分かったらとっとと何か食って寝ろ」

「……了解」

 ニクスは溜息を吐きながら言った。





 翌日からは、予定通り2人で討伐をこなしていった。そうして、2週間と少し後。ニクスの通信機の討伐依頼が0件になった。

 スパイルは未だ万全の状態ではないが、従来通りに討伐に行ける程度にはなった。

 ニクスは調子が戻るにつれ、自分がおかしな状態だったと気付いていった。そして、自己管理がなっていなかったことを反省した。


 ◇


 12月5日。ニクスは魔導師協会支部に行って、支部長に出張の必要が無くなったことを告げた。そして、首都へ。



 ニクスが首都の石畳を踏んだ時には日がほとんど沈んでいた。時刻は午後5時になるかならないか、といったところである。

 通信機の表示は出張用から元に戻っていた。

 寮の食堂に直行し、「本日のディナー」を注文。席に着いた時、鋭斗が食堂に入ってきたのが見えた。

「エイト!」

 呼びかけて手招きする。このやり取りは久しぶりだな、と思いながら。


 鋭斗は目を丸くして、

「本当に帰ってきてる……!」

 と呟いた。

「本当にって?」

「いや、何でも無い。それより、出張はどうだった?」

 鋭斗は誤魔化した。何となく、占いのことを話したくなかったのだ。

「どう、か……思ったより大変だったな」

「ほー……」

「移動距離がえげつなかったぜ」

 ニクスが笑って言うのを聞いて、鋭斗は顔をしかめた。

「もしかして、全部徒歩?」

「ああ」

「うっわぁ……」

 鋭斗は、想像もしたくないというような表情を浮かべた。ニクスは違和感を覚える。

「エイトも長距離歩くの平気だろ?」

「気候の良い時なら」

 そういうことか、とニクスは思った。

「寒いの苦手なのか」

 鋭斗は頷く。

「前に住んでた所より寒いし。……で、外に出たくなくなって……討伐行くのも億劫で……」

 そこまで言って、鋭斗は大きな溜息を吐いた。実の所、このような状態になっているのは寒いからというだけではない。この1か月、自分にしては頑張りすぎたのだ。

 苦手な回復魔法を追加で2つも覚えたし、上級防御魔法も覚えた。短剣の扱いも、実戦で練習した。

 本当に、頑張った。自信をもって、ニクスの相棒だと言えるように。

 燃え尽きるのは必然であった。

 何しろ鋭斗は、努力嫌いだ。あまり頑張れないタイプだ。努力することにも努力が必要な根性無しだ。

 魔導師試験の勉強は、長い充電期間と「異世界に来た! 魔法! ファンタジー!」というハイテンションのおかげで頑張れたが、今は……。この生活に馴染んで目新しさが無くなってきて、楽しさより面倒くささが勝るようになってしまった。

 もっとも、魔物討伐自体は、しばらく休めばまた楽しめるようになるだろう。しばらく休めれば、だが。

 どこか悲壮感の漂う鋭斗の表情を見て、ニクスは明るく言う。

「嫌だったら討伐行かなくても良いと思うぜ。この辺りは、気温が下がるほど魔物の発生頻度が減るからな」

「え、そうなのか」

「そうそう。ただし、犯罪は増える」

 魔物が減るのは首都周辺だけだが、犯罪は11月下旬から2月に渡り全国的に増えるのだ。

「えっ」

 フィノーラが絡まれていたのはそのせいかもしれない。そう考えた鋭斗は、フィノーラが忙しそうだったのを思い出す。

「フィノーラは討伐行きまくってるみたいだけど」

「……俺が本来受けるはずだった分が、全部フィノーラに回ってたからだ」

 ニクスは苦い顔で言った。鋭斗は不思議そうな顔をする。

「何でそんなことに……」

「俺も今日知ったんだが、支部長の取り計らいらしい。師匠の分も頑張るのは弟子の使命とか何とか言って。……本当は複数人に割り振るのが面倒くさかっただけだろうが」

 嘆息するニクスに、鋭斗は目を瞬かせる。

「え、弟子って、剣のだよな? 魔物の討伐とは関係無いんじゃ……」

「ああ。関係無い関係性を利用しやがったんだ、あの支部長は」

「あの、自腹でボーナス出すとか言ってた支部長が?」

 そんな人には見えなかった。鋭斗が怪訝に思っていると、ニクスは苦笑した。

「あれは演技だ。素の支部長と話したら驚くぜ?」

「そんなに違うのか……」

 話をしながら食事を終え、2人で部屋に向かった。





 翌日、早朝の公園にて。美恵莉とフィノーラは喋っていた。わざわざ公園で喋らなくても良いのだが、習慣づいているのだから仕方がない。

 そこに、ニクスがやってきた。フィノーラは驚いた顔をする。ニクスが帰ってきていることを知らなかったのだ。一方、美恵莉は

「あ、本当に帰ってきてたんだ」

 と言った。

「それ、エイトも言ってたな。何か噂でも聞いたのか?」

「私の友達の占い師に占ってもらったの。兄さんが」

「俺が帰ってくる日を? 何でまた……」

 不思議そうな顔をするニクス。美恵莉とフィノーラは嘆息する。

「だって、兄さんはニクスさんのおかげで頑張れてるんだよ。ニクスさんと会わない日が続いたら、だらけちゃうに決まってる。兄さん自身もそれが分かってるから気になったんだよ。まさかそれを占ってもらうとは思わなかったけど」

「出張先を書くくらいなら、いつ帰ってくるかを書くべき」

「……しょうがねぇだろ、いつ帰れるかハッキリと分からなかったんだから。1か月くらいだろうとは思ってたけどな」

 ニクスはバツが悪そうな顔をした。

「悪かった。フィノーラには迷惑かけちまったし……」

「迷惑ではない。……今度、何か奢ってくれれば」

「よし分かった、何でも奢る」

「そういえば、兄さんが昇給したの聞いた?」

「え、聞いてねぇぞ」

 ニクスが驚いていると、フィノーラは嬉しそうな顔をした。

「エイトの昇給祝いで、4人で食事。ニクスの奢り」

「あれ、私も入ってるの?」

「公園同盟」

「やったー!」

 喜ぶ美恵莉を横目に見ながら、ニクスは「冬の間は、エイトは公園に来ないだろうな」などと、関係の無いことを考えた。




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