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1章(6) 図書館

 魔導師協会本部のフロアガイドによると、宮殿の東部分は1階が図書館、2階が練習場になっている。図書館にある魔法書を持ったまま2階へ行って練習できる仕組みだ。

 鋭斗は朝から図書館へ向かっていた。昨日魔導師になったとはいえ、まだ実感が湧いていない。

(とりあえず、初級魔法を覚えないと。……いや、攻撃魔法の練習するか?)

 スパイルの家には3冊、初級魔法の魔法書があった。本当は個人宅にあってはいけないものだが、訳あって魔導師協会支部から持ち出してそのまま返しそびれたらしい。鋭斗は試験勉強のついでにそれらの魔法を覚えたのだが、今のままでは魔物を倒せない。

 思案しているうちに図書館に着いた。中へ入ると、身長より高い棚がずらりと並んでいる。

(えーっと、魔法書は……)

 端の棚から見ていくと、一般教養の教科書や児童書が置いてあった。

(子供向けか)

 どういうものだろう、と児童書を手に取ってみる。

(もし誰かに見られても、「外国から来たからこの国の文化を知りたかった」って言えば良いよな)

 言い訳もばっちり準備して、ページをめくる。即座にエルフとドワーフが出てきた。さらに読み進めれば、獣人が出てきたり、妖精が出てきたりする。

 鋭斗は少しほっとした。もしこういう単語を口走っても、異世界人だとは思われないということが分かったからだ。

 その本を元の位置に戻し、隣の棚へと移動する。そこで鋭斗がまず見たものは、本ではなかった。

 フィノーラだ。

 鋭斗が視線を逸らせずにいると、彼女は不意にそちらを向いて、怪訝そうな顔をした。

「……何?」

「あー……」

 別に用事は無かったが、じろじろ見てしまったからには言うことがあったフリをしたい。何か話のネタは無いか、と鋭斗は考えて。

「……ニクスが、フィノーラのこと弟子って言ってたけど、本当か?」

 その問いに、フィノーラは無表情で頷く。

「ニクスは私の剣の師匠」

「あ、本当だったんだ。……ん? 剣?」

 鋭斗が呟いているうちに、フィノーラはすたすたと去ってしまった。

(剣、って言ったんだよな……? 剣道とかフェンシングとかそういう類か?)

 首を傾げながらも、気を取り直して棚を見る。そこにはSF小説が並んでいた。いくつか手に取ってあらすじを見ると、どうやら〝島国が舞台の、科学兵器で宇宙生物と戦う話〟が多いようだ。

 同じ棚には歴史小説もあり、〝古代が舞台の異能力バトル〟が多い。

(異能力バトルが歴史って……流石は異世界)

 そうこうしているうちに時間が経ち、図書館内の時計が15時を示す。

(やば。こんなことしてる場合じゃなかった)

 閉館まで2時間しか無い。

 鋭斗は慌てて魔法書の棚を探す。せめてどんな魔法があるか、魔法書のタイトルだけでも見ておきたい。

(あった、初級魔法の棚!)

 その棚は、4つに区切られていた。〝攻撃魔法〟〝補助魔法〟〝防御魔法〟〝回復魔法〟に分けられているのだ。防御魔法と回復魔法は種類が少なく、その分スペースが小さい。

 鋭斗はとりあえず攻撃魔法を見ていくことにした。

(……何でこんなにバラバラに置いてあるんだ?)

 属性ごとに並んでいれば分かりやすいのだが、規則性が感じられない。

 火の玉を撃つ魔法の隣に氷の槍を突き刺す魔法があるかと思えば、随分離れた場所に水の玉を撃つ魔法があったり炎の柱を出す魔法があったりする。

 そんな中に、「木で拘束する魔法」というものもある。

(拘束って補助っぽいけど、攻撃魔法扱いなんだな……。……ん?)

 ふと目に留まったのは、「ラトゥール」という見慣れぬ単語。「ラトゥール杭を打ち込む魔法」というタイトルの魔法書だ。

 ポケットから電子辞書を取り出し呟く。

「ラトゥール」


 〈ラトゥール:金属の一種。魔力によって生み出される。時間が経つと消えるという特殊な性質をもつ。最初にこれを発見した研究者ラトゥールの名が付けられた〉


(金属なんだ……)

 少し離れたところには、「ラトゥール鎖で拘束する魔法」というものもあった。

(便利そうだけど、今じゃないな。魔物を倒せそうなやつを覚えておきたい)

 スパイルの家で覚えた初級魔法は、防御障壁、土煙、火の玉、の3つだ。土煙と火の玉は攻撃魔法なのだが、攻撃魔法というのは他と比べて魔力使用量が多いため、魔力制御が難しい。

 この世界に来てまだ1か月の鋭斗にとって、魔力の扱いは不慣れなものだ。それ故、初級攻撃魔法の魔力制御が自力では出来ず、呪文を唱えなければ形にできない状態である。

 つまり、現状、実戦で使えるのは防御障壁だけなのだ。

 それなのに練習もせず別の初級攻撃魔法を覚えようとしているのは、同じ魔法ばかり練習していたら飽きそうだからだ。


「見つけたわ!」


 高い声が耳朶を打つ。何事かと振り向いた鋭斗は、そこに同年代であろう人物が2人いるのを見た。一人はピンクの髪が肩までかかっている気の強そうな女。もう一人は群青色の髪の優男。

 鋭斗が怪訝そうにその2人を見ていると、女の方が口を開く。

「アンタがエイトね。あたしはプロニ。こっちはレウリオ。まったく、どこにいたわけ? あたしたち、ずっとアンタを捜してたのよ?」

「……ずっとここにいたけど」

 捜される理由も2人が何者なのかも分からず、鋭斗はそれだけ答えた。するとそれまで黙っていたレウリオが、苦笑しながら補足する。

「僕たちも昨日魔導師になったのさ。つまり、君の同期だよ」

「ねえ、アンタどの程度魔法を使えるわけ? 外国から来たばかりって聞いたけど」

 プロニの問いに、鋭斗は目を瞬かせる。

「……実戦で使えるのは初級防御魔法ひとつだけだけど」

「なら丁度良いわ、あたし達とパーティー組みなさい!」

 プロニが勢いよく言えば、レウリオがにこりと笑って口を開く。

「僕はヒーラーでプロニは攻撃役だから、君にはサポートを任せよう。防御はもう出来るなら、補助魔法を覚えてもらうよ。〝減速〟と〝威力増強〟、あと〝挑発〟。この3つを明日中に覚えておいてくれ」

「え……」

 鋭斗がただただ困惑していると、プロニが念を押すように言葉をぶつける。

「あさっての10時に中央広場に集合ね。絶対に来なさいよ!」

 それに対して鋭斗が何か言う前に、彼女はレウリオを伴って去ってしまった。

 17時を知らせる鐘が鳴る。ゴーンと響くその音で我に返った鋭斗は、溜息を吐きながら図書館を後にした。



 寮には食堂がある。西館1階の煌びやかな広間だ。入り口で注文して支払いをし、好きな席で待っていれば料理が運ばれてくる仕組みになっている。

 鋭斗は〝本日のディナー〟を注文し、適当な席に着いた。すると、近くの席にいたニクスが

「お、エイト。一緒に食おうぜ」

 と言いながら席を移動してきた。

 鋭斗が何とも言えない表情で黙っていると、ニクスは軽い調子で尋ねる。

「何かあったか?」

「え」

「浮かねぇ顔してるから、厄介事でも起きたのかと思ってな。俺は厄介事に首を突っ込むのが好きなんだ」

 そう言ってニヤリと笑うニクスのことを、鋭斗は「やっぱり変な人だ」としか思えなかった。どう反応して良いか分からずに無言でいると、ニクスは苦笑する。

「ただの愚痴でも良いぜ」

「……プロニとレウリオに、同期だからパーティー組めって言われた。それだけならまだしも、覚える魔法指定してきた。明日中に覚えろって。あさってに討伐行くつもりみたいだけど」

 鋭斗の声には苛立ちが混ざっている。

「断り損ねた俺も悪いけどさ、一方的すぎる。あの人たち、何?」

「プロニとレウリオか……俺もよく知らねぇが、幼馴染らしくていっつも2人一緒にいる奴らだ。一方的に言われただけなら放っときゃ良いんじゃねぇか?」

「うーん……でもなぁ……」

 愚痴を言いながらも、鋭斗の心は決まっていた。指定された魔法を3つとも覚えるのは難しいだろうが、可能な限り覚えて、パーティーに加わろうと決めていた。

 何故なら、メリットがあるからだ。早く実際に魔物と戦ってみたいという思いを満たせるからだ。

 〝本日のディナー〟が2つ運ばれてくる。互いに黙々と食べ、ほとんど同じタイミングで食べ終わる。

「……それで、何の魔法を覚えるよう言われたんだ?」

「減速と威力増強と挑発だってさ」

 その答えに、ニクスは目を丸くする。

「ちょっと待て、それは……」

「?」

「いや、とりあえず挑発はやめとけ。その中なら減速だけ使えりゃ充分だから」

「充分なのか……? サポート役をやるよう言われたんだけど」

「補助魔法を覚えるよう言われたってことは、お前は既に防御魔法は使えるわけだ。それなら減速だけでも問題無ぇはずだぜ」

 すらすらと語ってから、ニクスは立ち上がる。

「とにかく挑発はやめとけよ。じゃあな」

「……ああ」

 鋭斗はゆっくり水を飲み、ニクスの姿が見えなくなってから席を立った。






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