5章(3) 招集
11月1日。ショッピングモールの喫茶店に入った鋭斗は、見知った顔の多さに驚いた。
2人掛けのテーブル席で、美恵莉とプロニがブランドやら何やらの話をしている。その隣の4人掛けのテーブル席では、ニクスとレウリオとメルシャが議論を交わしている。
経緯はこうだ。
まず、美恵莉とメルシャが昼食のために2人掛けテーブル席に着いた。
注文し、待っている間に、プロニとレウリオが喫茶店に入ってきた。こちらも昼食のためである。2人は、美恵莉のことを鋭斗の妹だと覚えていて、話しかけた。ついでに、すぐ隣のテーブル席に着いた。それが4人掛けだった。
プロニと美恵莉は意気投合し、食事そっちのけで話し出した。通路を挟んで会話するのは良くないということで、メルシャとプロニは席を入れ替わった。
レウリオとメルシャは、無言で食べていたが、食べ終わっても隣のガールズトークが終わる気配が無い。何となく、島国に魔力が無い理由について議論を始めた。
そこへ、ニクスがコーヒーを飲みに来て、議論に加わったのだ。
「磁場説だとランボール効果を証明できねぇだろ」
「気流説だって、アレクシス理論に対する反証が出来ていないじゃないか」
「だから、微細振動説ならどれもクリアできるのに、どうしてマイナーなのかな」
「そりゃあ、微細振動自体が証明されてねぇから」
専門用語の行き交う話をしていた3人は、喫茶店の入り口に鋭斗の姿を認めると、来るように手招きする。
「……何の話?」
鋭斗にとって意味の分からない言葉が多すぎて、さっぱり分からない。とりあえず空いている席に着き、コーヒーを注文する。鞄を足元の手荷物入れに置くと、重いものが入っているような音がした。短剣を入れたままだったのである。
「島国に魔力が無いのは何故か、という話さ」
「主な説は2つあってな。磁場による影響を謳う磁場説と、気流の影響だとする気流説だ。俺は気流説派」
「僕は磁場説派」
「微細振動説もあるよ。メルシャはこれが好きなんだ」
3人の説明を聞いて、鋭斗は思った。説の名前、そのままだな、と。
「磁場が魔力に影響を及ぼすのは明らかなんだ。磁場によって魔力が遮断されているに決まっている」
「いや、気流だ。磁場によって動く魔力よりも、風で流される魔力の方が多い。レフィス式を知らねぇのか?」
「当然知っているさ。君こそ、ザクス効果とペース式の関係性について知らないのかい?」
「あれはごく小範囲の話だろ。島国ほどの大きさをカバーできる理論じゃねぇ」
レウリオとニクスが議論を白熱させている。
「エイトさんはどう思う?」
メルシャに話を振られ、鋭斗は考えた。とりあえず、磁場説と気流説は口にしないでおこうと思った。議論に加われる気がしない。
「えーっと……島国の地下深くに、魔力を打ち消す未知の物質が埋まっている、とか」
適当に言った鋭斗を、3人は驚いた表情で見る。
「それはまた……」
「なんてドマイナーな説を……」
「知る人ぞ知るって感じだよね……」
レウリオ、ニクス、メルシャが順に言う。鋭斗は困惑した。そんなに珍しい説を言ってしまったのか。というか、そんな説が実際にあるのか。
「ごめん、テキトーに言った」
正直に言うと、ますます驚かれる。
「一体、どこからそんな発想をしたんだい?」
レウリオに尋ねられ、鋭斗は困った。下手に「小説から」や「映画から」などと言うと、更に突っ込んで聞かれそうだ。目でニクスに助けを求める。
「あれだろ、この間の魔力消失事件」
「そうそう、それだ!」
鋭斗はニクスの助け舟に全力で乗った。
「どういうことだい?」
「魔力を消失させる人がいるんだから、魔力を消す物質があってもおかしくないと思ったんだ」
怪訝な顔をするレウリオに、鋭斗はすらすら説明する。強引なこじつけだったが、
「メルシャもちょっと思ったよ」
というメルシャの援護もあって、納得してもらえた。
(危なかったー)
鋭斗は溜息を吐いてから、コーヒーを口に含んだ。酸味が強い。
(テキトーに言ったとか言うべきじゃなかったな)
うかつだった。何かでその説を知ったということにしておけばよかった。否、それはそれで何で知ったのか聞かれて困っていただろう。
議論はまだ続いている。磁場説バーサス気流説は拮抗しているようだ。相変わらず意味不明な単語が大量に飛び交っている。
再びコーヒーカップに口をつけた時、けたたましい音が鳴り響いた。
何かの警報音のようなその音は、鋭斗の正面から聞こえてきていた。
人々は音に驚き、一斉に口をつぐんだ。静まり返った店内に、ただ大きな音だけが響き渡る。
ニクスは慌てて通信機を取り出した。音の発生元である。
「こんな音、鳴ったの初めてだ」
不思議そうに呟きながら、ニクスは通信機を確認、そして顔をしかめた。メルシャが通信機を覗き込み、驚きの声を漏らす。
「緊急招集……⁉」
「詳細は書かれてねぇけど、何かヤバそうだぜ」
そう言って、ニクスは鋭斗とレウリオに通信機を見せた。そこには、こう書かれていた。
〈緊急招集:
全ての魔導師は直ちに魔導師協会支部へ集合せよ。通信機をもたない者にも声をかけるように。〉
目を丸くしている鋭斗とレウリオを見て、
「あたしにも見せてよ」
プロニが言いながら身を乗り出した。書かれている文面を見て、首を傾げる。
「……いたずら?」
「そんな訳ねぇだろ」
ニクスは苦笑してツッコんだ。内心、いたずらだったら良いのに、と思いながら。この場では言えないが、嫌な予感がするのだ。魔物を強化する魔術が絡んでいるのではないか、と。
「魔導師協会支部って、あの大都市の?」
鋭斗が確認すると、
「そうだ。行こうぜ」
ニクスは言って席を立った。通信機をもたない魔導師3人も立ち上がる。それぞれ自分の分の支払いを済ませ、喫茶店を出た。
取り残された美恵莉とメルシャは顔を見合わせる。
「嫌な音だったね」
「何があったんだろう……」
4人は早歩きで駅に向かう。寮の前を通ったところ、何人もの魔導師が出てきていた。フィノーラの姿もある。
寮では館内放送があったのだ。「緊急事態発生、全ての魔導師は直ちに魔導師協会支部へ集合せよ」と。ランク15万以下の魔導師も招集するために。これでも魔導師全員に伝えることは出来ないが、それは仕方がない。
駅に着いた4人は、他の魔導師たちとともに電車を待つ。
「それにしても」
レウリオが呟く。
「なぜ詳細を伏せてあるんだろうね」
敢えて伏せてあるのか、詳細を書く暇もないのか。
「魔物が強すぎて行きたくなくなる人が出たら困るから、とか?」
鋭斗は言ってみた。しかし、言いながら「それは無い」と気付いて付け足す。
「違うか。これって義務だし」
近くで聞いていたフィノーラが
「相手が魔物とも限らない」
小声で言った。
「それは、他国が条約を破って攻めてきた可能性もある、ということかい?」
レウリオの確認にフィノーラは頷いた。
「僕も同じ可能性を考えていたんだけれど……」
そんな話をしていると、電車がホームにやってきてた。魔導師たちは一斉に乗り込む。
鋭斗、ニクス、フィノーラが横一列で座り、向かいにプロニとレウリオが座る形になった。
フィノーラはニクスに、どう思うか目で尋ねる。ニクスは少し考えて答えた。
「俺は魔物だと思ってるが……どっちでも良い。行ってすぐどうこうって訳じゃなさそうだしな」
現場に急行ではなく支部に集合、というところに猶予を感じられる。
「良くないわよ。人と戦うなんてごめんだわ」
プロニが不満げに言った。鋭斗は意外そうにプロニを見る。
「よく言う。初対面で攻撃しておいて」
「あれは、その……まだ根に持ってたの?」
「持ってないけど、何か、プロニは対人戦でも嬉々として魔法ぶっ放すイメージだったから」
「失礼ね。否定はしないけど」
「そこは否定しろよ」
「殺すつもりは無いってことよ。他国と戦うって、殺し合いってことじゃない? それは嫌って言ってるの」
そんなプロニの言葉を聞いて、フィノーラは首を傾げる。
「魔導師が全員招集されるほどの魔物と戦いたい?」
プロニはきょとんとした。横でレウリオは頭を抱え、
「あああ、どちらも嫌だ……」
と呻いている。ニクスは苦笑して口を開く。
「ランク15万以下は実力に応じて免除されると思うぜ」
実力のばらつきが大きいのだ。足手まといになる者も、レウリオに限らずそれなりにいる。
しかし、そういう魔導師も日常では必要だ。ランクの高い魔導師は強い魔物とばかり戦いたがるため、弱い魔物ばかり狩る弱い魔導師も欠かせない存在なのである。
レウリオは不安そうな顔をして、
「でも、免除されるならプロニも一緒が良いな」
そんなことを言った。
「免除なんて、何か嫌だわ。役立たずって言われてるみたいじゃない」
「プロニが免除されるなら俺も免除されそう……」
攻撃魔法の実力だけなら、鋭斗とプロニは同等なのだ。




