5章(2) ニールカードを探して
10月28日。鋭斗が中央広場に行くと、美恵莉とメルシャが待ち構えていた。
「兄さん、私のニールカード探してきて! メルシャと一緒に!」
「は?」
美恵莉の言葉に、鋭斗は怪訝そうな表情を浮かべる。
「ミエリがね、昨日の晩、ニールカードをどこかで落としたみたいなの。探すのを手伝ってほしいな」
メルシャが補足した。
「美恵莉が探せば良いだろ」
鋭斗は苦笑して言った。そこまで面倒を見る必要は無いと思ったのだ。
「それは無理! 私、今日は缶詰めだから!」
「自慢するな」
「悪用されたら困るでしょ! 探してきて!」
「だったらカードの機能を一旦止めれば良いだけだろ」
面倒くさそうに返事をした鋭斗は、メルシャをちらりと見て、
「大体、何でメルシャと一緒になんだ?」
と言った。ただでさえ勉強を見てもらっているのに、こんな面倒くさいことに巻き込むのは気が引けたのだ。
美恵莉は当然のように答える。
「メルシャと一緒の時に落としたから、通った場所をメルシャが覚えてるから」
「その通った場所を、しらみつぶしに探せと?」
鋭斗はげんなりして言った。
「えっと、ニールカードの機能を止めるのは、手続きが大変だから、見つかるに越したことはないよ」
「メルシャは良いのか、こんなこと」
「うん、気付かなかったメルシャにも責任があるからね」
どう考えても美恵莉だけの責任なのにな、と鋭斗は思った。
「で、どこで落としたんだ」
鋭斗が美恵莉に尋ねると、
「多分、商店街。あ、でも、ショッピングモールかも」
という答えが返ってきた。
「じゃあ、まずは警察に届いてないか確認して、なければショッピングモールに……」
鋭斗は行く順番を考えながら言う。警察はショッピングモールの西にある。位置的には現在地から最も遠いが、まず最初に確認しておきたかった。しかし、メルシャはきょとんとする。
「警察に? 落とし物が警察に届くなんて、聞いたことがないよ」
「えっ」
この国には、そういう習慣がないのだろうか。鋭斗は戸惑いつつも、
「……商店街から行くか」
と言った。美恵莉の口ぶりからして、商店街で落とした可能性が最も高そうだ。
「昨日の晩ね、ここで食べたの」
商店街を歩きながら、メルシャはレストランを指さして言う。
「ニールカードを落としたのは、その後だから、この先のはずなんだ」
南へ伸びる道を見据え、指示を出す。
「エイトさんは、右側を見てね。メルシャは左側を見ながら歩くから」
「了解」
鋭斗は乗った。そして、道の右半分を注視しながらメルシャの隣を歩く。
人通りが少なくなってきたところで、
「あれ?」
メルシャが足を止めて呟いた。
「どうした?」
「ここまでは来てないんだ。ここには無いのかも」
そう言って、メルシャは来た道を引き返していく。
「商店街を歩いた後にね、ショッピングモールに行ったの。その時に落としたのかもしれない」
商店街を出て、地面を見ながら北に歩く。そうしてショッピングモールに着いたが、見つからない。中へ入る。
「そういえば」
専門店街を歩き回りながら、メルシャは何気なく尋ねた。
「黒幕探しはどうなったの?」
「……ニクスに聞いてないのか」
「うん、聞く機会が無かったんだ」
話しても良いものか、鋭斗は迷った。
「駄目だ、俺には判断できない……」
呟いた鋭斗を、メルシャは不思議そうに見る。
「解決したのかどうかだけでも、教えてほしいな」
「うーん……」
それもまた判断に困る。見つけた、あるいは知ったという意味では解決した。しかし、野放しにしてしまっている現状を、解決したとは言い難い。
困っている鋭斗の表情を見て、メルシャは言う。
「見つけたけど取り逃がした、とかかな?」
「そうそう、そんな感じ」
鋭斗はその言葉に飛びついた。実際には見逃されたようなものだが、そういうことにしておいた方が無難だと思ったのだ。そして、ふと思いついたことを利用して話題を変える。
「それはそうと、思ったんだけど、この中で落としたならインフォメーションとかサービスカウンターとかに届けられてるんじゃないか?」
「あ、お店の人が拾っていたら、そうかもしれない」
そういうわけで、行ってみた。残念ながら届けられていなかった。
「無いね……盗られちゃったのかな」
メルシャが残念そうに言う。心当たりのある場所を歩き尽くしたが、見つからなかったのだ。
「じゃあやっぱり機能を止めてもらうしか」
「それは、本人以外だと色々な書類を書かないといけないから……。大人じゃないといけないからメルシャは駄目だし、エイトさんは字が書けないから無理なんだよ。本人なら書かなくて良いから、後でミエリを連れてこないと……」
「盗られたなら後でとか言ってる場合じゃない気がするけど」
鋭斗が言った時、人とぶつかった。そこそこ広いとはいえ、通路の真ん中で話していたのだ。
「あ、すみません」
咄嗟に謝った鋭斗は、ふと、ポケットに手を入れる。無い。
ぶつかった人は、早足で去って行く。どこにでもいそうなサラリーマン、といった感じの男だ。
「ちょっと待ってください! 違ってたらすみません!」
瞬く間に距離を詰め、鋭斗はその男の手首をつかんだ。
男は不愉快そうに鋭斗を見る。
「俺のニールカード、すりました?」
「……何のことだ」
「確かめさせてもらえませんか?」
「……!」
男はポケットからスタンガンを取り出し、鋭斗に当てようとした。鋭斗は障壁を張って防ぐ。
「魔導師⁉ くそっ」
逃げようとする男をラトゥール鎖で拘束し、
「俺から盗ったのが運の尽きだ! 観念しやがれ!」
と、鋭斗は言った。言ってから、何だか恥ずかしくなった。恨めし気に睨んでくる男に、
「すみません、言ってみたかっただけです……」
弁明し、
「でも、警察には行ってもらいます」
そう言って引っ張って行く。
その一部始終を見ていたメルシャは一緒に歩きながら、どこか心配そうな表情で言った。
「エイトさん、ニクスお兄ちゃんの影響を受けすぎていない……?」
「影響受けるなって方が無理だ」
鋭斗は苦笑して言った。メルシャは目を瞬かせる。
「エイトさん、やっぱり前に会った時と雰囲気が違うね」
「え、そうか?」
「魔導師をしていれば、早ければ数か月で、遅くても数年で雰囲気が変わるっていわれているけれど、エイトさんは早い人なんだね」
その言葉に、今度は鋭斗が目を瞬かせた。
「修羅場くぐったら変わるってやつか」
すりの男が口を挟む。鋭斗は、ああなるほど、と思った。
警察に着き、すりを働いた男は逮捕された。盗ったニールカードの数は10を超え、全て男のポケットから出てきた。
テーブルに並べられたニールカードを、鋭斗は1枚ずつ見ていく。
「これが俺ので……あ、美恵莉のもあった」
番号を確かめ、鋭斗は2枚のニールカードを手に取った。
「もしかして、ミエリもすられたのかな。落としたんじゃなくて」
メルシャが呟く。それに対し、警察の人は
「ニールカードは全てすったものだと供述していますよ」
と教えた。
「なんだ、美恵莉がヘマしたんじゃなかったんだな」
「メルシャは2回も見ていて気付けなかったんだね……」
喜ぶ鋭斗と落ち込むメルシャ。鋭斗はメルシャに声をかけようとしたが、気の利いた言葉が見つからない。そのまま2人は宮殿に向かった。
昼休憩で試験室から出てきた美恵莉にニールカードを渡し、すりの仕業だと話す。
「エイトさんが、すりにすぐ気付いて捕まえたんだよ」
「さすが兄さん!」
美恵莉は嬉しそうに言った。
「そういうの、よく見てたもんね」
「おい」
にやにやしながら言う美恵莉をとがめ、鋭斗は渋面を浮かべる。
「そういうの、って?」
メルシャが疑問を投げかけた。
「ドラマとかでよくあるんだよね、わざとぶつかって……」
「ストップ、それ以上話すな」
不用意だ。少ないとはいえ人通りのある場所で、テレビ番組の話をするのは。うっかりこの世界に無い事柄を話してしまう可能性がある。
「何で? 別におかしなこと言ってないよね?」
美恵莉はメルシャに同意を求めた。
「うん、今のところはね。でも、エイトさんの言う通り、やめておいた方が良いかも」
「ほらみろ」
「じゃあ防音の個室行こうよ、それなら良いよね?」
よほどドラマの話をしたいらしい。
「俺はパス」
「えー」
美恵莉が不満げな声を出す。
昼寝をするためと言うのもなんだかな、と思った鋭斗は、
「じゃあな」
と言って歩き去った。




