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4章(4) 窮地というほどでもない

 ニクスは鋭斗に気を取られていた。だから、気付かなかった。魔物が突進してきていることに。

 鈍い衝撃が体に走る。

 魔物に吹っ飛ばされたと気付いた時には、宙を舞っていた。体勢を立て直し、着地。

 早く討伐対象を倒さなければ。距離を離されてしまった。鋭斗は無事だろうか。

 焦りが思考を鈍らせる。

(落ち着け俺)

 わらわら群がる魔物を一瞥。無視することに決める。相手をしては、キリが無い。

 ただ数が多いだけなら良かった。弱い魔物がどれだけいても、どうとでもなる。しかし実際は、ボーナス換算で2万以上の魔物が大量にいるのだ。

 ニクスには、それが分かった。魔物が内包する魔力量を見て。

(この状況だと、魔物の中の方がむしろ安全だな)

 だから一旦、鋭斗のことは忘れる。

 あの強化された魔物を野放しにすれば、またどこかに現れて、魔導師をここに連れて来るだろう。そうなれば、犠牲者が出る。何人も。下手をすれば10人以上。普通は、ここに飛ばされた時点で詰みなのだから。

 この件で犠牲者を出さないためには、今ここで倒さなければならない。何としても。

 討伐対象に向かって駆けた。姿は消えているが、魔術の気配で場所が分かる。

 熊のような魔物の爪が背中を切り裂いた。無視。

 針持つ魔物が脚を貫いた。無視。

 何かが肩を抉った。無視。

 逃げ行く討伐対象を、ただひたすら追いかける。迫る魔物の攻撃に、注意を向ける余裕は無い。全神経を集中しないと、魔術の気配を追えないのだ。動けなくなった時だけ中級回復魔法を使う。いちいち回復していては、頭がもたない。

 痛みを感じるうちは大丈夫だ。動きの鈍る体を叱咤して、近くの魔物に飛び乗った。討伐対象は目の前だ。

 上級攻撃魔法を放つ。うねる水流が龍となり、別の魔物を巻き添えに討伐対象を丸呑みにした。

 バシャンと音立て魔法が弾ける。霧が広がり濃くなって、禍々しい色合いを帯びた。

 少し吸ってしまい、むせる。防御膜を張るがすぐに溶けた。息を止め、再び攻撃。煌めく雷条が上下から、轟音立てて魔物を喰らう。

 本来なら、ここまでしなくても倒せたはずだ。ボーナスの値段から考えれば。しかし、魔術で強化されているとなると。

(やっぱり、まだ倒せてねぇ!)

 視界が霞むのを霧のせいにして、更に攻撃。爆炎が円を描き、幾重にも魔物を囲った。そのまま爆発四散する。爆風に飛ばされ転がった。飛びそうになる意識を繋ぎ留めながら、討伐対象を倒せたかどうか探る。

 まだ、魔術の気配が残っていた。離れていく。

(逃がすか!)

 息を大きく吸い込んで、走る。トドメを刺すべく魔法を使う。雷の玉を撃ち、それが魔物に到達したところで、火柱。ごうっと燃え上がり、姿なき魔物を魔力へ変えた。

 ようやく魔術の気配が消えた安堵と共に、体から力が抜けていく。

(まだ駄目だ)

 いつの間にか倒れ伏していた身を起こし、朦朧としながら歩く。派手に魔法を使ったおかげで、周りの魔物の数は随分減っていた。


 鋭斗は魔物の中を揺蕩っていた。

 灰色の空間。そうとしか形容できない場所である。

 地に足のつかない感覚。ふわふわとしているが、浮いているのとも違うような奇妙さ。包み込むような暖かさ。

 急激な睡魔に襲われ、瞼を上げることができない。

(……そんな場合じゃない)

 思いとは裏腹に、意識がまどろんでいく。

(だから、そんな場合じゃない!)

 このまま寝たら二度と魔物から出られないような気がして、指にラトゥール杭を刺した。痛みが目を覚まさせる。

 まさか2日連続魔物の中に入る羽目になるとは思わなかった。やはり、攻撃すれば倒せるのだろうか。

(どこを?)

 昨日の魔物と違い、壁も床も天井も無い。火の玉を放ってみるが、どこに撃ってもどこにも当たらず、遠くに消えていく。初級だからという問題ではないだろう。

 この魔物はきっと、中から倒すのは難しいのだ。

 そう結論づけた所で、何が変わるわけでもない。どうにか自力で脱出しなければ。

(……本当に? 助けを待っていればいいじゃないか。ニクスなら、きっと助けに来てくれる)

 魔物に吸い込まれたのは自分の不注意が招いた失態だ。脱出を諦めるなら、それは責任放棄だろう。

(いや、そもそも何の責任も無い。巻き込まれただけなんだから、何もしなくて良いはずだ)

 ……何だかおかしい。

(じっと待っていよう)

 思考が誘導されている? 魔物の能力だろうか。引っかかってたまるか。そうやって、眠らそうとしているんだろう。

(何を妙なこと考えてるんだ? そんな訳ない。考えすぎだ)

 うるさい。

(魔物の能力だなんて、ただの思い込み。今考えてることは、全部自分で思ってることだ)

 頭を巡る自分の声が、焦りを帯びていく。図星だったようだ。

 そういう類の悪夢も見た。夢の中では誘導されていると気付かずに取り込まれてしまったが、同じ轍は踏まない。

(何でだよ。面倒くさいだろ。いつも人任せだっただろ。こういう場合、助けを待つのが俺だろう⁉)

 そうかもしれない。そういう時もある。でも、今はそういう気分じゃない。

(気分? 気分次第だとでも?)

 そうだ。いつも、その場のノリと気分を優先している。流されやすいだけともいう。

(だったら、他力本願な気分に変えてやる)

 無理だ。少なくとも、この状況を打開するまでは。

(流されやすいんだったら、大人しく流されろよ!)

 笑みがこぼれた。

(何がおかしい⁉)

 流されろと言われて流されるほど素直じゃない。それより、どうすれば出られるのだろう。

(寝たら出られるはずだ!)

 誘導が投げやりになってきた。そろそろ諦めてくれるだろうか。

(何でそんなに冷静に、自分の言葉と話せるんだ。誘導もしているとはいえ、間違いなく本心なのに)

 自問自答は慣れたもの。脳内会議はお手のもの。

 何ならあと2人くらい増やそうか?

(何を⁉)

 もちろん、別の考えをもつ自分を。

(……)

 諦めてくれたらしい。これで落ち着いて考えられる。

 とはいえ。

(本当に、どうやったら出られるんだ?)

 やみくもに魔法を撃つのは得策ではない気がする。何か取っ掛かりがあれば良いのだが。

(眠らそうとしてきたり、思考を誘導してきたり……ヒントになってるかも)

 ファンタジー的思考を使う。たとえ的外れでも、何も思い付かないよりマシだ。

 いつの間にか、頭は冴えていた。思考誘導に抵抗したのが良い刺激になったのだろう。

(精神干渉? ……って、あんまり詳しくないな。気を強く持てば何とかなるものってイメージだけど、思考誘導に抗いきっても出られてないし……イメージ?)

 イメージすれば良いのかもしれない。床や壁があるイメージ。

 目を閉じて想像する。自分は床に立っていて、すぐ左に壁がある。

 浮遊感が消えた。足元には床があり、左手を伸ばすと壁に触れる。その左手から、中級の雷弾を放った。音を立てて壁が崩れ去る。それだけだ。

(……この床は固くて、でも、床を壊すと脱出できる)

 再度、想像を膨らまし、ラトゥール杭を突き立てる。床は固くて刺さらずに、カランと転がった。その上から水弾を撃ち込んだ。床は全く傷つかず、水にぬれて変色している。そこに、木で拘束する魔法を放つ。太い樹木が床を覆った。距離を取って火の玉を撃つ。着弾するや否や、爆発した。床が弾け飛び、破片が舞う。

 思ったほどの威力は出なかった。魔力を制御しきれなかったのだ。

(まだ早かったか)

 今のところは、3つの魔法で相乗効果を起こすのが限界らしい。

 空間が変化していく。ただ灰色だった景色に白い線がまじり、ぐにゃりと歪んで光を放った。


 ニクスは、巨大な花の姿の魔物を見つめた。鋭斗を吸い込んだ魔物だ。そこに向かってゆっくり進む。なかなか距離が縮まらない。一歩踏み出す度に、頭が割れるように痛んだ。

 思う。自力で出てきてくれたら凄く助かる、と。ぼやけた視界が地面を映す。近くにいた魔物に引きずり倒されたらしい。追撃を転がって避け、緩慢に身を起こした。

 花の魔物に視線を向けると、花弁が1枚ふわりと舞った。


 鋭斗の前には多数の魔物がいた。魔物の中から脱出できたのだと分かる。

 ひしめく魔物は容赦なく鋭斗を襲った。鋭斗はそれを軽々躱し、前へと走る。

 少し離れた位置に、ほとんど魔物のいないスペースがぽっかりと開いている。その中心に、見えたのだ。ニクスの姿が。

 ニクスは肩や腕から血を流し、よろめきながら歩いている。顔は青ざめ、肩で息をしている。

 目が合う。ニクスはその場で立ち止まり、何か言葉を発したようだった。


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