幕間 異変
10月13日。
昼過ぎのことである。スパイルの通信機にメッセージが入った。緊急の討伐依頼だ。
場所はオスク洞窟と村の間。どちらかというと村に近い位置らしい。
街で昼食を終えたばかりであったスパイルは、一旦家に戻り、剣を腰に差した。A国にいた時から使っている剣だ。
緊急の討伐依頼に当たる時、スパイルはいつも剣を持って行く。半分は験担ぎである。もう半分は実用だ。討伐対象は、強さが測定されておらず、姿も分からない魔物。用心するに越したことは無い。「魔法」より「魔法付与」の方が良い場合もあるのだ。
魔法付与は剣に魔法をまとわせる、A国の戦闘技術だ。ラトゥール剣でもある程度は可能だが、あまり強いものを使うと耐えきれずに砕ける。A国の剣は最適化されているため、どれだけ魔法付与を使っても刃こぼれ一つしないのである。
雷弾。火弾。中級のそれが、ほとんど同時に魔物を直撃、爆発を起こしながら燃え上がる。
その様子を見たスパイルは、
(剣を使うまでもねぇな)
思いながら、再び中級の攻撃魔法を放とうとした。
その時、気付く。魔力が無いことに。
大気中の魔力が、忽然と消えたのだ。ついさっきまで、確かにあった魔力が。
隙と見て、火だるま状態の魔物が突進してくる。
「ちっ」
躱しざまに剣を抜き、魔物に突き刺した。抉るように押し込む。魔物が悲鳴のような声を上げて暴れた。
魔物の損傷個所から零れる魔力。それが剣にまとわりついて、破裂した。
内側から破壊された魔物は、そのまま消滅する。あとに残るのは、魔物を構成していた魔力だ。
この程度の魔物であれば、本来、倒した直後の残留魔力を感知することはできない。すぐに大気中の魔力と混ざり合ってしまうからだ。
通信機を取り出して見るが、案の定、画面が点かない。
(どうなってやがる)
前代未聞の異常事態だ。
街には普通に魔力があった。通信機も点く。
いや、街に入るずっと前から、魔力はあった。いつもと変わらずに。
(あの場所だけか?)
スパイルは怪訝そうな顔をしながら、通信機を操作した。メッセージを開き、討伐完了ボタンを押す。
「スパイルさん!」
呼びかけられて振り向くと、聖女が慌てた様子で立っている。バイト先から出てきたらしい。
「ちょっとお話が!」
外では話せない内容のようだ。
「魔王がこの世界に来たかもしれません」
聖女が言った。
スパイルの家のリビングで、2人は向かい合って座っている。
「魔王って……」
スパイルは困惑した。
「嬢ちゃんの言ってた、アレか? 勇者一行が倒す予定の」
「はい、その魔王です。杞憂なら良いのですが……。私、魔王が世界に存在していることを、スキルで何となく感じ取れるんです。昨晩感じて、気のせいかと思ったんですが、ちょっと噂を聞いて……」
聖女は近くのファミレスでバイトをしている。その際、客の話で聞いたのだ。
「オスク洞窟近くの村に、角の生えた男が現れた、と。それで、もしかして本当に魔王が来たのではないか、と思い呼び止めたんです」
「何でオレを呼び止め……」
尋ねようとして、気付く。
「もしかして、魔力が消えたのと関係あるのか」
聖女は目を丸くした。
「消えたんですか? なら、やっぱり魔王に間違いありません」
「魔王は魔力を消すってことか?」
「魔力吸収というスキルを持っているんです。一定範囲内の魔力を全て吸収する、というスキルでして……魔導師の天敵かと」
「ずっと吸収し続けるのか?」
「いえ、そういう訳ではありません。スキルが発動した瞬間だけです」
「そうか……なら、すぐ元に戻るな」
スパイルは安堵して言った。魔力が消えた範囲には村も含まれていたため、案じていたのだ。魔力が無いと色々困る。
「で、その魔王は今どこだ?」
「そこまでは分かりません」
聖女は言った後、
「……まさか、倒しに行くとか言わないですよね?」
不安そうな顔で聞いた。スパイルが剣も使えることを、一応は知っているからこそ生じた不安だった。
「心配すんな、1人で行こうなんざ思ってねぇよ」
スパイルが笑って言う。
「ついでに聞くが、魔王の行きそうな場所に心当たりは無ぇか?」
「やっぱり行くつもりなんじゃないですか⁉」
聖女はうろたえた声を上げた。
「あるんだな、心当たり」
スパイルはニヤリと笑みを浮かべて言った。その目に鋭い光を湛えて。
「う……無くは、ないです。魔王の住処は1本道の洞窟だと女神様から聞いているので、この辺りにそういう場所があれば、そこに行ったのかな、と思います」
聖女は気圧されて話してしまった。
「じゃあ、あそこだな」
「あるんですか⁉ え、本当に行かないですよね? 魔王ですよ?」
「だから1人では行かねぇって。あそこなら周りに人いねぇし、日曜で問題ねぇだろ」
「何の話ですかー⁉」
聖女は叫ぶような声で言った。
「とりあえず、今日と明日は魔物を倒しに行くだけだって話だ」
スパイルは言いながら席を立った。
「嬢ちゃんも、戻った方が良いんじゃねぇか?」
「……あ」
聖女は思い出した。無断でバイトを抜けてきてしまったことに。窓からスパイルを見て、飛び出してしまったのだ。
「怒られますかね……」
「大丈夫だ、オレが店主に話す。オレのために忠告しに来てくれたってな」
「度々ありがとうございます」
聖女がバイトをしたいと言った時に、融通してくれたのもスパイルだった。店主に頼んだり、年齢を誤魔化したり。
「事実だろ、堂々としてりゃいい。怒られるようなことじゃねぇよ」
スパイルは笑って言った。
その後スパイルは、もう一度オスク洞窟近くの村へ行ってみた。魔力が元に戻っている。
「ここに角の生えた男が現れたって聞いたが、本当か?」
村人に尋ねると、首肯した。何度も同じことを尋ねられてうんざりしている様子だ。
「そいつ、どっちに行ったか分かるか?」
「いや、いつの間にか消えてたから。あいつ、何だったんだ? 人間じゃなさそうだったけど」
「さあな」
スパイルははぐらかした。
翌日、新聞の1面に、「一時的に魔力が消失した」ことと「角の生えた男」のことが載った。
それを見たスパイルは、
「やっぱりな」
呟いた。こんな美味しいネタを新聞社が放っておくはずも無い。
村人の話から察するに、魔王の容姿は人間とはかけ離れている。しかし、新聞には「角の生えた男」があたかも異世界人であるかのように書かれていた。




