1章(4) 試験
魔導師になるための試験は、9月2日の午後から、首都にある〝魔導師協会本部〟で行われる。
その当日の朝食後、スパイルは鋭斗にカードを渡した。
「これを持っていけ。ニールカードだ。どういう物かっつうと……交通系ICカードと銀行のキャッシュカードを兼ねてるって言えば分かるか?」
鋭斗が大きく頷くのを見て、スパイルは説明を続ける。
「C国ではニールって電子マネーを通貨として使ってんだ。完全キャッシュレスってやつだな。1日の食事……いや、昼食代が、約500ニールってくらいの価値だ。給料は銀行口座に振り込まれて、カードで支払った分はそこから引き落とされる」
「……俺の口座を作っておいてくれたってことですか?」
「ああ。ついでに30万入れといた」
「⁉」
「餞別だ。好きに使え」
「いや、でも、30万って……多すぎじゃないですか? 本当に良いんですか?」
目を丸くしている鋭斗に、スパイルはニヤリと笑った。
「稼ぎが多くてカネが余ってんだよ。何しろオレは最強の魔導師だからな」
「……!」
驚きすぎて言葉が出ない。
その様子を、スパイルは面白そうに見ながら、玄関ドアを開けた。
「そろそろ出発しねぇと遅れるぞ」
「あ」
鋭斗は慌ててスパイルの後について家を出た。
首都までは電車で行くことになる。スパイルは鋭斗を駅に案内すべく歩いていく。
「そういや言うの忘れてたが、魔導師同士は呼び捨て・タメ口で話すのがマナーだ。次に会う時はタメ口で話せよ?」
「えっ……タメ口がマナーなんですか?」
「ああ、戦闘時の会話の効率化を図ったのがきっかけらしいぜ。もはや伝統になってるな」
「伝統……」なら従うしかないか、と鋭斗は思った。「あ、でも……例えば他の魔導師にスパイルさんのこと言う時は〝スパイルさんが~〟って言い方で良いですよね?」
「いや、そこも呼び捨て」
「えぇ……」
「そんな難しく考えなくても。魔導師と話す時はもれなく〝さん〟を外せば良いだけだぞ。根本にあるのは効率化なんだからな」
「じゃあ、話す時だけじゃなく、思考の中でも呼び捨てにした方が良いんですか?」
「……お前、思考の中でも〝さん〟つけてたのか? どんだけ〝さん〟つけたいんだよ。そんなん呼び捨てで良いに決まってんだろ」
そんなことを話しているうちに、駅前に着いた。
「じゃあまたな、エイト」
「はい。色々と、本当にありがとうございました!」
深々とお辞儀をする鋭斗を見て、スパイルは照れくさそうに笑った。
電車の通っている場所だけを考えれば、スパイルの住む街はC国最西端で、首都は最東端だ。端から端とはいえ、この国は小さい。3時間で着く。
首都の駅の中央口(北口)を出た鋭斗は、嘆声を漏らした。視界に巨大な宮殿が飛び込んできたからだ。
昔は王宮だったというだけあって、荘厳で美しい。これこそが、魔導師協会本部の建物である。
鋭斗は真っ直ぐ歩いていく。長い階段を上って建物の中に入れば、窓から広大な庭園が見えた。生い茂った木々が複雑な紋様を描いている。
(っと、観光気分になってる場合じゃない!)
気持ちを切り替えて、受付を済ませて試験室に入った。受付時の書類が手書きではなく音声入力だったのには驚いた。
試験の結果はすぐに出た。解き終えたマークシートを持ち、その足で別室に行って、そこで採点が行われた。
「はい、合格よ」スーツ姿の女性が告げる。「君は……研究者になるのかな?」
「え、研究者って何ですか?」
鋭斗が不思議そうに尋ねると、女性はもっと不思議そうな顔をした。
「何って、魔法を研究・開発する人よ」
「……魔導師になるための試験だと聞いてたんですが」
「あら、魔導師志望? 魔導師見習いじゃないからてっきり……珍しいわね。もしかして君、外国から来たばかり?」
「……」
そうです、と言って良いのか迷う鋭斗。それに構わず、女性は納得したように笑顔を見せる。
「この試験は〝魔導師試験〟と呼ばれているけど、正式名称は〝魔導師協会入会試験〟といってね。魔導師も研究者も、同じ試験を受けて魔導師協会に入ることでなれるの。君の成績なら研究者にもなれるけど、今から考える? 研究者なら給料も安定してるし、命の危険も無いし、新たな魔法を開発できれば自分で名前をつけられるよ」
「いえ、俺は魔導師になりたいので」
「そっか、外で魔法を使いたいクチか。研究者じゃ敷地内でしか使えないもんね」
「えーっと、どういうことですか?」
「これも知らない? 〝初級以上の魔法を魔導師協会の敷地外で使って良いのは魔導師だけ〟っていう決まりがあるの。結局、キミは魔導師になるってことで良い?」
「はい」
「じゃあ書類の確認ね。受付の時に入力してもらったニールカードの情報、これであってる?」
そう言われ、鋭斗はポケットからカードを取り出した。口座番号や支店名を印刷された文字と見比べ、頷く。
「あってます」
「じゃあこれ、魔導師協会本部のフロアガイドね。それから……寮は利用する?」
その問いに鋭斗が頷くと、女性は後ろの引き出しから鍵を取り出して渡した。
「はい、ここの西にある建物が魔導師用の寮だから。これで手続き終了よ。何か質問はある?」
「いえ」
鋭斗は咄嗟にそう答え、会釈して退室した。
廊下の窓から西を見ると、リゾートホテルのような建物が見える。南北に長い。西館と東館に分かれおり、南・中央・北にある廊下で繋がっている。
(……俺、なったんだよな。魔導師に)
手続きの時に余計な話を聞いたせいか、いまひとつ実感が湧かない。
(スパイルさんに……いや、スパイルに、もっと色々聞いとけば良かったかな)
魔導師についても魔導師協会についても、細かいことは教えてもらっていない。話せる時間があまり無く、あっても試験の内容についてばかり話していたのだ。
(まあいっか、これから知っていけば)
寮の鍵を握りしめ、鋭斗は廊下を歩き出した。




