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3章(2) 兄妹

 西の寮の前では美恵莉が待ち構えていた。

 鋭斗は驚いて立ち止まる。

「何してるんだ、こんな所で」

「えへへ。西の寮の食堂、魔導師と一緒なら私も利用できるらしいから。こっちのディナーの方が東の寮より豪華だって聞いて、食べてみたくなっちゃった。良いでしょ?」

 東の寮というのは、魔導師見習いや研究者、その他魔導師協会で働く人たちの寮だ。宮殿のすぐ東にある。

「まあ、良いけど」

 鋭斗はそう言いながら寮へ入っていった。美恵莉と一緒に食堂へ行き、〝本日のディナー〟を2つ注文する。

「あれ、奢ってくれるの?」

「まあな」

 そうして席に着き、料理が運ばれてきて、食事を始めた。鋭斗は気もそぞろに食堂の入り口をちらちらと見続けている。

「兄さん、どうしたの?」

「え? いや、ちょっとな」

 その時、ニクスが入ってきた。鋭斗は何となく視線を逸らし、料理だけを見る。

「兄さん、さっきから変だよ?」

「……」

 鋭斗が黙って下を向いていると、ニクスが近付いてきた。

「よう、エイト。そっちは妹か?」

 まるで、練習場での会話など無かったかのような様子だった。鋭斗は頭を切り替え、ばっと顔を上げる。

「ああ、妹の美恵莉だ。美恵莉、この人はニクス」

「兄さんがお世話になってます!」

 美恵莉が元気よく言った。ニクスは明るく笑う。

「よろしくな。エイトとゆっくり喋りたいなら、この階にある喫茶店に行くと良いぜ。防音の個室を使えば、人目を気にせず話せるから」

「防音の個室? そんなのあるんですか」

「ああ。店員に頼めば案内してくれる。外からは本当に何も聞こえねぇ、完璧な防音性能だ」

「へぇー、凄い! ありがとうございます!」

 喜ぶ美恵莉に手を振って、ニクスは離れた席に着いた。積もる話のありそうな兄妹の邪魔をすまいと気を遣ったのだ。

 鋭斗は、練習場でのことを聞きに行こうとしたが、美恵莉の

「ねえ、兄さん。魔法の発動と魔力制御の関係がさっぱり分からないんだけど。教えて?」

 という言葉に引き止められた。

「たとえるならガスバーナー」

 そう答えると、美恵莉は「意味が分からない」というような顔をする。

 鋭斗は溜息を吐きながら話し始めた。

「マッチで火をつけるとして」

「チャッカマンじゃ駄目?」

「話の腰を折るな。たとえだから。えっとな、マッチを擦って火をつけてガスバーナーに近付けるのが魔法の発動」

「先にガスを出しておくんだよね?」

「その辺は省略。何度も言うけど、たとえだからな?」嘆息して説明を続ける。「で、ガス調節ねじと空気調節ねじを回すのが魔力制御だ」

「火をつける前にガス調節ねじを回しておくんじゃないの?」

「それ危ないやつ。やったら駄目なやつ」

 たとえ話以前の問題だった、と鋭斗は頭を抱えた。まさかガスバーナーの使い方を分かっていないとは思わなかった。

 美恵莉は首を傾げる。

「えー、嘘だぁ。私の友達の、理系で結構賢い子が、ガス調節ねじ回してから火をつけてたもん」

「そんな訳ないだろ。お前の勘違いだ、この馬鹿」

「私、ガスバーナーほとんど使ったこと無いもん。分かんないよ」

「もったいない。ガスバーナーは良いぞ。火力調節が楽しすぎる」

 大学生活において一番楽しかったことを思い返しながら鋭斗がそう言うと。

「……うわぁ」

 美恵莉は引いたような声を漏らした。

 だが、その時にはもう、鋭斗の思考は別のところに行っている。

(このたとえでいくと、レウリオの魔法の発動が遅いのはマッチ擦るのが凄く下手ってことになるな。で、俺の場合はガス調節ねじが少ししか回らない、みたいな感じか)

 そんなことを思いながら、黙々と料理を平らげていった。

 美恵莉は頬を膨らませながらも、〝防音の個室〟で話せば良いか、と食べる方に集中することにした。



 夕食後、鋭斗と美恵莉は喫茶店に来た。店員に「防音の個室を使いたいんですが……」と言うと、一番奥にある扉に案内された。

「初めてでしょうか?」

 店員の問いに、美恵莉が「はい」と答える。

「では、説明いたします。注文の際はそちらの窓を開けて呼び鈴を鳴らしてお待ちください」

 個室の扉の横に、四角い透明の窓がある。窓の下にはカウンターが取り付けられており、そこに呼び鈴が置いてあった。

「できましたらそちらに置いておきますので、お好きなタイミングでお取りください」

 店員はそう告げて立ち去った。

 徹底して中の会話が漏れないような仕組みになっている。

 こうして、2人は防音の個室の中で、お茶を飲みながら話すことになった。

「あのね、兄さん。私もスパイルさんにお世話になったの」

「あー、やっぱりそうか」

「うん。スパイルさんは、〝魔導師見習いになっても、本当に魔導師になるかどうかはじっくり考えろ。なりたくなければ、ならずに済むよう口利きしてやるから〟って言ってくれたんだ。でも、そういうの良くないかなって。だから、私、魔導師になるってもう決めたの」

「……そうか」

「ねえ、兄さん。私のせいじゃないなら、どうして異世界転移なんてしたの?」

 とりとめのない話が、核心を突くものへと変わる。鋭斗は息を呑んだ。

「……」

「……」

 互いに無言で視線を交わす。

 美恵莉は、兄が行方をくらました原因だと思っていた口論を思い返した。

 あの日、何もせずダラダラしている兄に「どうして大学行かないの?」と聞き、「留年した」と驚愕の事実を告げられ、「何で⁉ 兄さんは天才なのに!」と言って、そこから口論になって。不機嫌そうに自室に戻っていく兄を、呆れたように見送って、「また明日にでも、もっと発破をかけてやろう」などと思っていた。

「びっくりしたんだよ? 朝はまあ起きてこないの分かってたからそのまま大学行ったけど。大学から帰って、兄さんがテーブルの上にスマホ置きっぱなしでどこかに行ってるって分かって。待ってても帰ってこなくて。連絡取りようが無いし、心配で、不安で、色々考えちゃって眠れなくて」

「……ごめん」

「そのまま朝になって、手がかりになるかと思って兄さんのスマホを見たんだ」

「……ロック解除したのか」

「暗証番号、誕生日だったもん」

「なるほどな……。何でお前が神社に行ったのか不思議だったんだ。興味無いはずなのに、って。……俺が見てたネットニュースを見たんだな」

 そのネットニュースの見出しは、〝また神隠し⁉ この数か月で10人以上……〟というものだった。失踪者の目撃情報が神社に入ったところで途切れていることから、神隠しとして話題になっている、というニュースだ。

 美恵莉は神妙に頷く。

「だからね、兄さんもそれに巻き込まれたんじゃないかと思って、とりあえず近くの神社に行ってみたの。そしたら、神様が〝その神隠しは異世界転移だ〟みたいなこと言ってきて」

「……」

「〝転移先は神1柱につき1つの世界〟って決まってるんだって。だから、私もそこで異世界転移すれば兄さんが行った世界に行けると思って。……迷惑だった、かな」

「いや、別に……迷惑とかじゃない」

「そう? 何か、凄く嫌そうな顔してるから……」

「……お前は嫌じゃなかったのか? 父さんとも母さんとも友達とも、もう二度と会えなくなるんだぞ。その辺、ちゃんと分かって——」

「分かってるよ。でもそれって、兄さんも同じでしょ。兄さんは、どうして異世界転移したの?」

「…………」

 どうして、と言われても、そもそも異世界転移したかった訳ではない。異世界転移をしようと思った積極的な理由など、無い。だから鋭斗はこう答えるしかなかった。

「ノリと勢い」

「もー、真面目に答えてよ」

 一蹴されてしまった。鋭斗は渋面を浮かべ、考える。

 消極的な理由なら……異世界転移を強く拒もうとしなかった理由なら、あるはずだ。

「逃げたんだと思う」鋭斗は自分の気持ちを確かめるように語る。「大学、やめたくて。でも、留年したことすら親に言えない状態で、やめたいなんて言えなくて」

「何で。言えば良かったじゃん」

「だってさ、父さんも母さんも、俺のこと天才だと思ってるだろ」

「私も思ってるよ」

「だからだよ。何言われるか分かったもんじゃない。多分、俺が全く勉強してないって決めつけて、〝もうちょっとだけ頑張れば出来るだろ〟みたいな勝手なこと言うんだ。お前がそうしたみたいに」

「だって、出来るでしょ」

 美恵莉が当たり前のように言う。このまま出来る出来ないの言い合いになれば、あの日の口論と同じだ。それを回避するために、鋭斗は努めて冷静に言葉を紡いだ。

「もうちょっと勉強すれば何とかなるはずってのは、まあ、その通りだと思う。俺も、何度そう思ったことか」

「じゃあ」

「でも、無理なんだ。頑張れないんだ。〝もうちょっと〟ですら、気力が湧かないんだ。本当、他の人たちは何であんなに頑張れるんだろう、何でちゃんと試験勉強とか出来るんだろう、ってずっと思ってた。俺は前日と試験直前にちょろっとするだけで限界なのに」

「ゲームばっかりしてるからじゃない?」

「と、思うだろ? だからやめてみた。そうしたら、何もする気が起きなくなった。暇だからスマホいじったりテレビ観たりはするけど、勉強しようとすると気分悪くなるし、何かもうどうしようもなくて。出来ない言い訳してるように聞こえるかもしれないけど、本当に、無理だったんだ。お前は努力できる奴だから分からないだろうけどな。……いや、家族全員分からない。〝もうちょっと頑張ればもっと出来るはずなのに、何で頑張らないんだ〟って言われ続けて、俺がどれだけ苦しかったか、絶対に分からない」

「っ……」

 美恵莉は息を呑んだ。諦めきったような兄の声が、心に重く響いてくる。声が、震えそうになる。

「やっぱり、私のせいじゃん……」

「違うって言ってるだろ馬鹿。今の話は異世界転移と関係無い。続きがあるんだ」

 慌てたようにそう言って、鋭斗は大きく息を吐く。そしてお茶を一口飲んでから、再び口を開いた。

「去年から、色々考えてたんだ。もし大学やめたいって親に言ったら、どう返ってくるか、とかな。例えば父さんに〝大学やめるならもう仕送りしない。実家にも帰ってくるな〟とか言われたら、俺は大学を続けざるを得ない」

「そこまでは言われないと思うけどなぁ……」

「他には、〝大学やめてどうするつもりだ〟って聞かれたとしたら、言葉に詰まる。ヒキニートになるなんて言っても認めてもらえる訳ないし。せめて、やりたい仕事でもあれば、それを目指すために大学やめるって言えるのに……とか思って、でもそんなの無くて。ずっと考えるのもしんどいからダラダラしてたんだけど、たまたまあのネットニュースの記事を見て、そういえば最近ほとんど神社に行ってなかったなって思ってさ。それでお参りに行ったら、神様に異世界転移を強く勧められたんだ。だから……〝親との対話〟と〝異世界転移〟を天秤にかけて、楽そうな方を選んだ、みたいな感じだ。ほら、美恵莉との口論なんてどこにも関係してなかっただろ?」

「……うん。そうだね。関係無かった」

「はぁ、疲れた。俺にこんなに喋らせるなよ」

「じゃあ私も話すよ。私が異世界転移したのは、兄さんがどこかに行っちゃったのは私のせいだと思ってたから、追いかけなきゃ、って思いが何より強かったから。でもね、私のせいじゃないってもともと知ってたとしても、追いかけたと思う。兄さんのいなくなった世界で生きてくよりも、兄さんのいる世界で生きていきたいから」

「……重い」

「あはは、ごめんごめん。多分、兄さんが思ってるよりも、私は日本に未練が無かったんだと思う。私はどこの世界に行っても、友達作って楽しく生きてく自信があるから」

「そっか」

「うん」

「じゃあ、帰ろう」

「うん。あ、私、東の寮の506号室だから」

「行かないぞ」

「えー」

 そうして防音の個室を出る2人の顔は、とても晴れやかだった。






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