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田舎の電車は1時間に1本だから  作者: 直木和爺
第2章 終わらない夏休み
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38話 希望の協力者は地獄に舞い降りる

 キャンプを終えて帰ってきた次の日の昼下がり、俺はスマホを片手にかれこれ30分ほどベッドの上に座り込んでいた。


 今日は8月15日。前回までなら雪芽が亡くなっている時間だ。

 今回はどうなっているのか、確かめるために連絡したはいいものの、なかなか返信が返ってこない。


 だって13日になっても雪芽は元気だったじゃないか。14日に別れた時も、笑顔で手を振っていたし、大丈夫だ。


「大丈夫だよな、雪芽……」



 そうして俺が送ったメッセージを眺めていると、既読が付いた。

 俺は一瞬舞い上がりそうになったが、一度冷静になる。

 この既読が雪芽本人だとは限らない。静江さんや鉄信さんの可能性だって――


『うん、キャンプ楽しかったね! なんだかお泊り会みたいで楽しかった!』


 その返信を見て、俺は拳を握りこむ。


 よしっ……! やった、やったぞッ! 抜けた、15日の壁を俺は抜けだしたんだ!!


 スマホを放り投げ、俺はベッドにうつ伏せに倒れこむ。


 やったんだ、俺はやり遂げたんだ! 15日に雪芽が病気で死んでしまう世界を、俺は変えたんだ!

 雪芽はまだ生きている! お盆を過ぎても、雪芽はまだ生きているんだ!


 その事実を噛み締める度、俺の胸は嬉しさでいっぱいになって、こみ上げてくる衝動に突き動かされるままにベッドの上を転げまわっていた。


 勢い余ってベッドから転げ落ちてしまったが、背中に感じる痛みすら、今は喜びを加速させる要因でしかなかった。


「お兄ちゃんうるさーい!」


 隣の部屋から晴奈の文句が聞こえてくるが、それすらも今の俺には心地よい。

 このループが始まって、これほどまでに嬉しかったことはない! 俺の今までの苦しみは、悲しみは、無駄じゃなかったんだ……!


 6回も繰り返して、やっと1周目と同じところまで来たわけだが、それでもこれは未来への第一歩だ。

 雪芽の寿命が延びた。原因は明確には分からないが、その事実だけで今はいい!



「……でも、まだこの夏休みが終わったわけじゃないんだよな」


 ふと冷静になって、俺は天井を見上げる。

 以前絶望して見上げた天井と何も変わらないはずなのに、今日は木目まで鮮明に見える。


 でもそうだ。雪芽は1周目では17日に倒れた。そしてそのまま、帰らぬ人となった。

 俺が越えるべき真の壁は、2日後に迫っているのだ。


 でも、この調子なら、いけるんじゃないか? 1周目よりたくさん遊びに行ったし、雪芽とも仲良くなれてる実感がある! そうだよ、きっと大丈夫だ。これで夏休みが終わるはずだ!



 この時、俺は根拠のない自信でいっぱいだった。15日になっても雪芽は生きているんだから、当然17日になっても元気でいてくれるはずだ、と。


 なぜ15日になっても雪芽が生きているのかも知らず、ただただ嬉しい気持ちに浸っていた。深くも考えず、楽観的な気分で。




 そして、17日の昼下がり。雪芽が倒れたという報告を聞いたとき、俺は再び絶望の淵に叩き落されたのだった。





 ――――





 晴奈たちが2回目のお見舞いに行っている時、俺は街に来ていた。

 以前雪芽を占った占い屋のところだ。


 晴奈たちには信じられないものを見るような目で見られたが、しょうがないじゃないか。雪芽の未来が分かっていて、笑ってなんて会えない。


 1回目のお見舞いに行った時も、俺はまともに雪芽の顔も見れなかったし、声もかけられなかった。

 弱っていく雪芽を見るなんてこと、俺には到底出来っこないんだ。


 だから逃げる様に占い屋に来ていた。

 あの占い師の言ったことを、問いただすために。



「いらっしゃ――、あなたは、この前の――」

「どういうことだ。雪芽は、彼女は幸運の真っ直中だったんじゃないのか?」

「それは……」

「説明しろッ!!」


 俺の声に、女性の肩が跳ねる。

 周囲にいた人も、何事かと様子を伺っている。


 それがどうした。今はこのペテン師を問いただすことが先決だ。

 嘘で人の心をもてあそびやがって……!


「……わかりました。ご説明しますから、場所を移しましょう」

「俺はここでも構わない」

「長い話になりますから」


 女性はまっすぐに俺の目を見る。

 その目は真剣で、少しの怖気を含んでいたが、それでも逸らすことはなかった。


「……いいだろう」



 移動した先は、隠れ家的なカフェだった。

 一見するとただの民家だが、扉を開けて中に入ると、使い込まれた木のテーブルと椅子が並ぶ、雰囲気のいい場所だった。


 そこで渋いマスターの入れたコーヒーを手元に、話の続きと相成った。


「まず、彼女さんはどうなりましたか?」

「……友人だ。彼女は、雪芽は、体調を崩して倒れた。白血病という病気で、死に至る病だ」

「ではやはり……」

「いいから、あんたの知ってることを話せよ!」

「落ち着いてください! これから話しますから」


 激昂した俺に、マスターは一瞥くれただけで、注意もしなかった。

 多分今この店に俺たち以外の客がいないからかもしれない。



「でもそうですね。まずは私が彼女、雪芽さんでしたか。その人の手相を見た時のことをお話しします。雪芽さんの手相から見えた彼女の未来は、酷く不安定なものでした。先が見えないというのが正しいかもしれません」

「不安定?」

「端的に言えば、死相が見え隠れしていた、とでも言いましょうか。彼女の未来は死を示していた。ですが、何かの要因でその未来は曖昧になっている。そんな相でした」

「じゃあなぜそれを言わなかった! 幸福の直中だなんて嘘をついたんだよッ!」


 俺の言葉に女性は目を伏せ、こぼすように言葉を紡いだ。


「私ができるのは占いです。占いは未来を確定させるものではありません。ですから、死相が出ている時はそう言うことにしているんです。いたずらに不安にさせないために。最後の時まで幸せでいてもらうために」

「……彼女を助けるすべはないのか」

「占いは見ることしかできません。変えることは出来ないんです。すみません……」

「くそッ」


 思わず毒づくと、女性は申し訳なさそうにもう一度謝った。

 その様子を見て、俺は少しだけ冷静さを取り戻した。


「まぁ、あんたが悪いわけじゃないのは分かったよ。怒鳴ったりして悪か――、すみませんでした」

「いえ、私もお力になれず」


 雪芽が助からなかったのはこの人のせいではない。俺の不甲斐なさのせいだ。

 自分の不甲斐なさを他人に押し付けるなんて、俺はなんて愚かなことを……。



「……じゃあ、俺を占ったとき、あなたは何を感じたんですか? 戸惑っているようでしたが」

「それは……」


 ためらう女性に、俺はもうどうとでもなれといった気持で、女性の言いよどんだ言葉の続きを言って見せる。


「未来がなかったとか、そんな感じですか?」

「っ! なぜそれを……!?」


 当たってほしくはない予想が的中していたので、俺はため息をこぼした。


「俺はこの夏休みを繰り返しているんですよ。だからきっと、8月の23日で俺の未来は途切れている。なんていっても信じてもらえないでしょうけどね」


 思ったよりすんなりと、俺の抱えてきた秘密は外に向けて放り出された。

 この女性が俺と何も関わりのない第三者だからか、いまさら変人として見られても何も問題ないからかもしれない。


 或いはもうどうでもよくなってしまったのかもしれない。この繰り返す夏休みに、疲れてしまったのかもしれない。



 あぁ、これだけ頑張ったって、結局未来はやってこなかった。また雪芽は死んでしまう。

 雪芽を救えないなら、俺が壊れてしまうまで、この狂った世界で雪芽との思い出を作り続ける? ははっ、狂気の沙汰だな。


 夏希は俺の置かれている状況を理解してないからあんなことが言えたんだ。積み上げた思い出だけで、この無限に続く世界を、死ぬことすら許されないこの世界を生きていくなんて、出来っこないんだ。



「……それは、本当ですか?」

「はい? ループのことですか? ええ、本当ですよ。俺にとってはね。きっとあなたにとっては世迷言でしょうけど」


 俺の言葉の後に、女性はコーヒーをすする。

 そしてなんてことない顔をして、衝撃的な一言を放った。




「いえ、信じます」


「…………は?」




 俺は一瞬耳を疑った。

 俺のとんでもない話を信じる? まさかこの人、俺と同じように記憶が……?


「あなたのような手相を見たのは初めてですが、それなら理屈は通ります。それに、職業柄不思議なことには慣れていますから、一蹴に伏すなんてことはしません」

「なんだ、記憶があるわけじゃないんですね」

「申し訳ございません。記憶はないです……。でも、もしかしたらあなたの力になれるかもしれません。詳しくお話を聞かせていただけますか?」


 面白がって話を聞こうとしているのかもしれない。

 でもまぁ、いいか。どうせあと数日もしたらこの夏休みはなかったことになるのだから。



 それから俺は、今までのことをい摘んで話した。

 時々女性がする質問に答えながら、俺は今まで俺が感じてきたこと、努力してきたこと、そして今日までに得られた仮説を交えて、長々と話した。


 俺が話し終えると、女性は真剣な顔で何やら考えだす。

 だが、やがて小さく口を開いた。


「ちょっとその問題について考えるには、時間が足りませんね。それに情報もまだ足りません」

「ははっ、その口ぶりだと時間があれば解決できるような言い様ですね」

「おそらく」


 女性は至って真剣な目をしてそう言った。


 解決できる? このとち狂った状況を? 俺が何回繰り返してもどうにもならなかったこの状況をか?


「……本気ですか?」


「だって、雪芽さんの寿命は延びたじゃないですか。おそらく、雪芽さんの本来の寿命は15日までなんです。あなたが関わらなかったという3周目がいい例ですね。そして、何かしらの要因で雪芽さんの寿命は延びている。それが何なのかはちょっと現時点では分からないですが」


「時間があればそれが分かると?」

「かもしれないということです」

「具体的には?」

「夏休みが始まって、なるべく早く、私のところに来てください。その時、普通に手相を見せていただいて、その後になにか合言葉のようなものを言っていただければ」



 そう言うと、女性は懐から取り出した名刺を渡してきた。


「合言葉は後ほど考えて連絡します。この番号からの電話には出てください」


 飯島理恵(いいじまりえ)という名前と、携帯、固定電話の番号が書かれていた。


 そして俺の名前と電話番号を教えろと言うので、教えておく。

 メッセージでやり取りすればいいと思うんだけど、それだと遅延があるかもしれないとのことだ。


 確かに、あと数日もしないうちにこの世界は過去に戻る。メッセージに気が付かなかったでは笑えない。



 そうして俺は飯島さんと別れた。


 別れ際、もう一度失礼な態度をとったことを謝罪したが、彼女は気にしていないと言っていた。


 これからどうなるかは分からないし、飯島さんを信頼しきれるかどうかも分からない。

 でも、溜め込んでいたもの、抱え込んでいたものを誰かに聞いてもらえて、肩の荷が下りたのは確かだった。



 ……あぁ、雪芽に会いに行けばよかったかな。

 また繰り返すとしても、この夏休みを共に過ごした雪芽と会えるのは、今日が最後だったのだから。

 そう思うと少しだけ、悲しくなった。





 ――――





 1周目と同じように、雪芽は21日に亡くなった。


 その次の日、通夜が始まる前に、飯島さんから連絡があった。


 雪芽が亡くなったことを知って、飯島さんは電話の向こう側で悔しそうに吐息を漏らす。

 そして小さく、必ず救いましょうと言った。


 その頼もしい言葉に、俺は泣き出しそうになったが、何とか踏みとどまる。まだ聞かなくてはいけないことがあるからだ。



『合言葉ですが、もし私があなたのことを疑ったら、私が最近恋占いにはまっている、と言ってください。そうしたらおそらく、私は柳澤君のことを信じるでしょうから』

「恋占い……。はまってるんですか?」

『いいじゃないですか。私だってこの年ですし、ちょっとは結婚とか考えないといけないなと思って……』

「はぁ。おいくつなんですか?」

「28です。って、それは今はいいでしょう。ひとまず、柳澤君には辛いことだとは思いますが、あと何回か夏休みを繰り返してもらいます。そこでいくつか試してもらいたいことがあるので、これから言うことをよく聞いてください。いいですか――」



 そうして俺の6回目の夏休みは、雪芽の死と共に終わりを告げた。


 そう、今回も雪芽を救うには至らなかった。

 それでも、あと少し、もう少しで救えるかもしれない。


 そんな希望を胸に、最後の夜は更けていくのだった。

協力者が現れました! ここから一気にループ解決に向けて動いていきます!

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