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奏でられし聖樹の記憶  作者: ファル
― 八.蒼き眠りの女王 ―
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8-7

《心配はいりません。普通の氷漬けとは訳が違う、この私が制御している術である以上、生命活動が今すぐ止まる事はありませんから。もっとも放置時間が長引けば保証は出来なくなりますが》


 人外のものではあるまいし、これでは彼女達が呼吸すらできず大変な事に ―― とにかく口元の氷だけでも何とか砕かねば、と慌てかけた時そんな言葉が流れ込んできて、視線を再びアルテリアへと戻す。とんでもない荒業を仕かけてきたにも拘らず平然たる表情のまま宙からこちらを見下ろしている様は、“氷の女王”の名を悪い意味で実感させた。


《そう睨みつけても、別に話は進みませんよ。もっとも、ここからの貴女の選択肢はそう多くもありますまいが。貴女の行く先に於いて、ブラウセブンは不可欠な秘宝。ならば……後ろの仲間と引き換えにそれを私より得、先へ進むか。或いは私を倒す事でその術を解き、皆で帰還するか。もしくは自らが氷柱と化す代わりに仲間を救い、弓と難業は彼らに託すか。まあ凡そ、この辺りですか》


 随分と選択の幅を狭めてくれたものである。詰まる所戦闘か、私または皆の助命嘆願、その二択ではないか。精霊ならば普通は他種族の命を奪う事はしない筈だが、彼女の場合どこかが特別なのか、それともあの氷の封印とやらは普通の意味での死を迎える訳ではないという事なのだろうか?


 いずれにせよ、そう悩んでもいられない。先の説明からすれば時間をかけてしまうのは即ち、スバノン達の命を危うくする事でしかないのだ。そしてこの場合、アルテリアの提示する案の中で選べるものといったら唯ひとつしかなかった。


《ふむ。まあリーダーである以上、仲間を売ろうとしないのは当然ですね。けれど自らを差し出そうともしないのは少々、腰が引けてはいませんか。一口に戦うと言っても、貴女と私の力量差は既にして肌で感じている筈。ならば確実に、しかも簡単に仲間を救える方法を選ぶべきでしょうに》


 どこか批判めいた物言いには、だがすぐに異見を唱えてみせる。―― 女王が示す条件を選ぶ方が勿論、簡単だし確実に皆を救う事が出来る。しかしそれでは、これもまた必ずと断言して良いだろうがアスティやスバノンを深く哀しませてしまうのだ。レディアさん達にしても、日頃はクールだったり感情表現が下手だったりで解りにくい所もあるが、少なくとも情の薄い人達ではないので、きっと結構な率で傷つけてしまうだろう。そんな下策としか言えない手段を選ぶなどは到底できない相談というものだ。


《成る程、皆の心に痛手を負わせぬ為と……仲間思いな事は解りましたが、では果たして貴女ひとりで私に勝てますか? 勇者だからといって、否、だからこそ手加減はしませんよ》


 私の返答をどう捉えたか、その本当のところまでは判らないが、アルテリアの表情が冷厳さ一色から変化をみせる。但しあまり嬉しくはない方向、つまり戦意を漲らせはじめ、その感情に呼応してか彼女の周りの空気が一層の冷たさを孕みだした。


《人の世の歴史に於いて、勇者となり魔王を倒した者は十指に余ります。けれどその殆どが、個というよりは仲間の力で偉業を為し得たと言って良いでしょう。もしも貴女が自らの力を過信する者であれば、皆を救うどころか今この場にて、その旅を終える事にもなりますが……本当に、他の道を選ばずとも良いのですね?》


 確認などされるまでもなく、私が未だ勇者と呼ばれるには物足りぬ力しか持っていない事は解っている。仲間という、いわば最大の武器を失った状態で最上級精霊に勝てるかどうかは、はっきり言って怪しすぎるという事も。だが他に与えられた選択肢は、いずれも択り難すぎるのだ。


 頷く事で応じた、それを眼に映じたかどうかでアルテリアの身が一気に遠ざかる。ほぼ同時に、無数の氷の矢が猛吹雪の勢いを持って襲いかかってきた。


 咄嗟にウインドスライサーで大部分は弾き飛ばしたが、防ぎきれなかった氷は身体のあちこちを切り裂きつつ後方に飛んでいく。このまま戦闘を続けてはアスティ達に女王の魔法が当たってしまうと、ハイヒーリングを使いつつ急いで移動する。あの氷柱もアルテリアの術である以上、そう簡単には壊れないかもしれないが、彼女の意識が戦いに向き過ぎればどうなるかは解らないのだ、安全を図るに越した事はないだろう。

 ただ単に位置を変えるだけでは終えずにデザートレイドの体勢でアルテリアへと突きかかったのは、まだヘイストの恩恵が残っていると気づいたからだ。この動きからすると2人分とはいえないので恐らくはブルーさんのものだろうが、例え彼の分だけでもあるとないとでは大違いだ。精霊は大体が素早い身のこなしだが、ヘイストのかかった状態なら多分、技によっては私の動きの方が速い。今の内に出来るだけ攻撃を当てておければ少なからず勝機も見える筈だ。


 アルテリアも大人しく技を食らってはくれない、中級魔法の連射で肉迫する私を叩き落とそうとするが、これは予想の範囲内。幸い氷結系は得意だ、呪文としてではなく魔法力の直接放射でマジックバリアにも似た状態を作り出し防御しつつ、槍での高速連打攻撃を続けていく。流石に魔力そのものは相手の方が強大なので防ぎきれる訳ではないが、同属性の魔法力を纏う事で、ただ呪文をぶつけられた時より遥かにダメージは軽減できる。そして避けきれなかった魔法のダメージは回復呪文で即、癒せばいい。

 息つく間も惜しんで繰り出す技の幾つかは女王を捕らえ、その体力を少しずつだが削り取る事に成功しているらしい。攻防が続く内、アルテリアの移動速度が僅かながら衰えてきた。


《治癒を得手とし、且つ敏捷性にも自信あり、ですか。確かにこの状態が長引けばこちらが幾分、不利かもしれませんね……ですが》


 語りかけてくる分隙は生じる、そこを狙ってエントラップメントを仕かけ ―― だが唐突に身体が重くなり槍先が大いに狂ってしまう。辛うじて相手の腕を掠りはしたが、今のは恐らくデザートレイド程の威力もなかったろう。


《やはり、補助魔法のお陰と言える動きでしたか。それがなくなった以上、そう簡単に武器での攻撃は当てられませんよ。まして貴女の得意魔法は見る限り私と同属性、それでは私に打撃など与えられません》


 次の技に入る前に距離を取られてしまい、更にそう指摘されて言葉に詰まる。確かにこれでは、残る攻撃手段の内有効そうなのは風刃魔法くらいだが、それを考慮に入れてはいなそうな様子からして、女王にはあまり通用しないか防ぎきる自信があるのだろう。ならばいっそ魔法は回復のみにし、物理攻撃に徹した方がいいのかもしれない。当てにくくなったといえ集中してかかれば、魔法よりは余程、ダメージを与えられる可能性は高いのだから。


 しかし、改めて連攻にかかろうとした時、アルテリアが途方もない凍気の渦を発生させる。次の瞬間、私の氷結呪文の何倍だろうという威力の氷の嵐が向かってきた。


 これは間違いなく最上級呪文のフロストエンドだろう。使い手が氷の女王という事もあって、相殺など考えるべくもないといった感じだ。回避しかけ、だがそこで恐ろしい事態に気づく。

 いつの間にか私は、最初の立ち位置とほぼ同じ地点へと戻ってきていたのだ。つまり今あの呪文をかわしたら、最強の範囲氷結魔法であるあれが全てアスティ達を直撃してしまう。


 もう思考をまとめる暇とてない、とにかく自分が使える中では一番強いフロストタワーを限界威力で前方に放つ。それでも尚足らない所は風刃魔法でと、全力で氷の刃を弾き飛ばそうとはしたものの、結局力が及ばなかった。

 一応、皆の閉じ込められた氷柱は表面のごく一部が欠けるか霜で覆われる程度で済んだ様だが、私自身の方は……槍を支えにしようにも、力を籠められているかどうかすら覚束ない。周囲の血痕が少ないのは、激しく出血する前に冷気によって傷口が凍った為か。それは寧ろ幸いなのかもしれないが、手も足も痛いのか冷たいのかさえ解らぬ状態ではどの道、戦闘続行は困難としか言い様がない。これでまだ立っていられるのは、倒れる程に重心が傾く手前で既に身体が凍りつき、身動きできなかった事で逆に安定が保たれたせいだろうか。


《仲間思いは結構ですが、庇い切る力もないのに彼らを守ろうというのは、いっそ滑稽ですよ。そちらに気を使うあまり自らの防御が疎かになっていては、結果として共倒れ。その辺りの愚かさ加減も解らぬ様では、この先に進んだ所で成果があげられるとは思えませんね》


 冷然とした表情に嘲りの色はないが、放たれる言葉は中々に辛辣だ。しかも返し様が思いつけない程、現状では的確でもある。


 勝敗が決したと見たか、アルテリアはこちらの様子を窺いつつもゆっくり近づいてくる。このまま槍の射程圏内にまで近寄ってくれればまだ、逆転の可能性もなくはない。但し身体が動けば、だが。魔法に頼ろうにも、先程の全霊防御で魔法力も底を尽きかけている。これでは精々ヒーリングの1~2回しか使えまい。しかしこの身体を治すのに、その位の魔法では……それでも何もせぬよりましか、と回復呪文を発動させ、そこでふと奇妙な手応えを感じた。


《その程度で全快を狙うのは無理がありますよ。その状態で尚、戦意を失わぬ点だけは評価しますが、ろくに動けぬ凍えた身体では貴女に勝ちはないでしょう。この上は、せめて仲間を救うべく投降するのが賢い選 ―――― 》


 私の様相では無理もないし、また己の魔法にも絶大な自信があるのだろう、微妙にお説教じみた声音になりつつ語りかけ続けるアルテリアが、私のすぐ前にまで近づいたその時。


 彼女の言葉が不意に途切れる。そうさせたのは、その腹部に深々と突き刺さったもの……未だ動けぬ態を装いながら機を窺い、ここぞという所で渾身の力と共に放った私の槍先であった。

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