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直接、仮眠所へと向かう前に拾い集めてみたパーンさんの情報は、王様も言う通り申し分のない高評価ばかりだった。普通、そこまで上の覚えめでたく、若くして王の傍にあれるとなれば、嫉妬からの悪評も少しは出て来ようというものだが……こと彼に関しては、全くそうした気配もない。長け過ぎているという武術や魔法で押さえつけているという訳でもなく、あくまでその人柄が勝ち得た評価である様だが ―― 調査の旅で得た結果から、別に魔王だからと言って悪者だとは限らないというのは解っていても何となく腑に落ちない。この辺りは、やはりその単語が持つイメージと言うものが根強く居座っているせいだろうか。
「てか、そういうのって上手い事人の町に住み続ける為の演技とか? 乗っ取られる人間が毎回、そんないいヤツばっかってのも変じゃね? 逆に」
「でも、エガオンの親友の例もあるからね。まさか芝居で町を必死に守ろうとはしないでしょ。或いは魔王って本当に、人間でいる時の性格は、すこぶる良いのかも知れないわよ? その方が目覚める前に正体がバレたとしても、倒されたり町から追い出されにくいでしょうし、案外本気で性格の良い魂を選んで乗り移ってるんじゃないのかしらね」
「そうだとしたら、かなり酷い話だが……もっとも、それなら討伐は多少やり易くはなるか。問題は、乗っ取られかけてる人物に情を移さない様にしないと、ていう辺りかな……」
それは実際、重要なポイントかもしれない。そう言う意味では、目覚める前の魔王に面会しようというのは危険とも言える。しかし……今更逃げる訳にもいかないだろう。
レディアさん達の会話に物思いつつ、いよいよ仮眠所なる区域へ向かってみる。城の2階、結構な部分を割いているらしきその区画は、1つの大部屋という訳ではなく、幾つかの広さが異なる部屋に分けて作られていた。
「……あ。あの人かな?」
その一番初めの部屋を覗き込んだアスティが、小声で伝えてくる。皆も続くと、その部屋の奥、寝台に横たわる人影の枕元にじっと座っている後姿があった。やや癖のある髪は、あまり見かけぬ変わった色合いを持っている……木賊色、とでも言うのだろうか。光の加減によっては明るくも見えるが、不思議な灰がかった深緑。そんな髪の主へと、アスティが遠慮がちに声をかけた。
「え~と……あの、こんにちは」
「―― ん? 君達は……俺に、何か用かい?」
静かに振り向くその顔は、若さに似合わぬ落ち着きぶりを備えている。見知らぬ者に突然声をかけられているのに用心の欠片もない様に見えるが、それが、その必要もない程強さに自信があるからなのか、単に人懐こい気質なのかは、ぱっと見だけでは判断がつきかねた。
「あなたが……パーンさんですか?」
「ああ、そうだよ。何の用かな?」
「王様に聞いたんだけどよ。あんたが魔 ―――― 」
「ちょ、ちょっとスバノンっ!!」
アスティが慎重に話しかけている脇から、スバノンがそう口を挿みかけるのを、慌てて彼女とブルーさんが止める。
「な、なんだよ?」
「お前な……もうちょっと言葉選べよ」
「そうだよっ。スバノン、ストレートすぎ」
一瞬湧き起こった悶着に、さしも沈着な青年でもやや驚いた様に、軽く目を見張っている。その綺麗な若葉色の瞳は……何故か、奇妙な懐かしさと言うか、憧憬を感じさせるものだった。
「な……何だい? いったい」
「あ、あははは、ごめんなさい。なんでもないの」
レディアさんがそう取り繕う頃には、背後の騒ぎもどうにか静まっていた。仕切り直し、と言う態でアスティが、まずは話題を変えようと努力を見せる。
「うんうん。えっとー……パーンさん、妹さんの看病をしているんですって?」
「うん、そうさ。妹は何年も寝たきりなんだ。俺のせいでね ―― うちは俺と妹2人きりだし、家に置いておくと全然看病してやれないから、陛下のご厚意に甘えてここのお世話になってるんだ」
「……パーンさんのせいで?」
「ああ、……俺が妹を守れなかったから……」
はたしてそこに、如何なる事情があるものか ―― かなり沈痛な面持ちになってしまったパーンさんに、咄嗟にはかける言葉が見つからずに全員が押し黙ってしまう。すると今度は、パーンさんの方が気を使ったか、話の向きを変えてきた。
「君達、見ない顔だね。旅の人かな? 最近では外から人が来るのは珍しいけど。セレンに何か特別な用があって来たのかい?」
「ええ、まあ……俺たち、魔王を探しているんです。パーンさんは何か情報を知りませんか?」
その問いへは、ブルーさんが上手い具合に返してみせる。パーンさんは、少し考える風に黙った後、再び質問の形で口を開いた。
「魔王か……君達は魔王を探して、どうするんだい?」
「え、えっと ―― どうしよ?」
「ははは……魔王を倒しに行くんだろ? 俺も応援しているよ」
「―― パーンさん……」
何分、当面の目標である“魔王との面会”は、恐らくだが今果たしているので、その先については返事の仕様がない状態だ。それ故アスティが困っていると、彼はあっさりそう言って笑ってみせる。セレン王の言葉を信じれば、彼自身にも「自分が魔王だ」という自覚はある筈なのだが、この様子だけを見れば、到底そうは思えぬ態度である。これではアスティならずとも、何とも返しようがないであろう。
「そうだな ―― 今日、君達に会えたのは何かの縁だ。君達に見せたいものがある」
ややあって、パーンさんはそんな事を言った。それと同時、今までは秀麗な顔立ちの好青年、と言った雰囲気だったのが、急にリンさんの如き悪戯っ子風の気配を纏いだす。
「……見せたいもの?」
レディアさんが聞き返すと、彼は頷きながらその目を閉じた。
「ああ。……或いは君達の、今一番見たいもの、かもね」
そう告げ終えて、瞳を開いた瞬間 ―― 彼の足元に何の効果を持つ物か、輝く魔法陣が現れた。だが、それより更に驚かされたのが……つい先程までは初夏の若葉を思わせる色合いだった、その瞳が……鋭利な刃物の如き輝きの、鮮紅色へと変貌を遂げていたのだ。
「なっ!? あなた、その目は一体……!」
レディアさんの、警戒を露わにした言葉が途中で止まる。彼女の背後、そして私のすぐ隣で、アスティとブルーさんが立て続けに倒れ伏したからだ。
「アスティ!! おい、お前何したんだよっ!!」
「すまないが、少しだけ眠ってくれ……大丈夫だ」
「なにっ!?」
スバノンが、飛びかかりそうな勢いで言うものの、パーンさんは冷静な態度のまま。その紅い瞳が一瞬、一際鋭く輝いた様に見えた、と思った途端。
急に視界が凄まじい揺らぎ方をしたかと思うと……途方も無い睡魔が、抗いようもない強さで全身を覆い尽くし、為す術もなく足から力が抜けて、その場に頽れてしまった。
「エルフィン!! ―― てめーっ……」
最後にスバノンの、パーンさんへ食ってかかるかの声が聞こえた気もしたけれど……それに対して、危ないから止めた方が、と言いかけた自分の声さえ、まともに口から出たのかどうか。この時には既に判別つかなくなっていた……。




