ジャガイモ領、到着しました!
「……まだ着かないんですか?」
馬車に揺られること三日。
王都を出発した直後は、「自由だーーー!!」と大喜びしていた私だったが、さすがに三日間ずっと馬車に乗っていると、お尻が痛い。
しかも、目的地に近づくにつれて、景色がどんどん寂しくなってきた。
窓の外を見れば、木、木、木。
そして霧。
「お嬢様、本当にこの先でよろしいのですか?」
御者が心配そうに声をかけてくる。
「もちろんです!」
「……本当に?」
「もちろんです!」
「……王都へ戻られますか?」
「戻りません!」
さっきから何なの!?
私をなんとしてでも王都に帰そうとしてない!?
そんなやり取りをしているうちに、馬車は深い霧の中へ入っていった。
しばらく進むと、ようやく馬車が止まる。
「お嬢様、到着いたしました」
「……!」
私は勢いよく馬車から飛び降りた。
「ここが……バシュタール領!」
目の前に広がっていたのは、広大な畑。
地面は泥だらけ。
建物も少ない。
王都のような綺麗な石畳も、豪華な噴水もない。
でも。
「ジャガイモ……!」
畑のあちこちから、ちょこん、ちょこんと葉っぱが顔を出している。
「ジャガイモがいっぱい……!」
感動した。
前世ではスーパーで袋詰めされたものしか見たことがなかった。
それが今、目の前に大量にいる。
「お嬢様、あれはただの畑ですが……」
「違います!」
私は力強く首を振った。
「ここは宝の山です!」
「…………」
御者が黙り込んだ。
◇◇◇
「お嬢様。改めて申し上げますが、この土地には本当に何もありません」
領地を案内してくれているのは、長年この土地を管理しているという老執事のセバス。
「農業以外の産業もほとんどなく、税収も少なく、若者は皆王都へ出ていってしまいます」
「なるほど」
「さらに今年は雨が多く、収穫量も――」
「なるほど」
「つまり、我がバシュタール領は完全に詰んでおります」
「なるほど……」
私は腕を組んだ。
そして、目の前の畑を見る。
「でも、ジャガイモは育つんですよね?」
「ええ。それだけが、この土地の唯一の取り柄です」
「じゃあ問題ありません!」
「なぜ!?」
セバスが目を丸くする。
「ジャガイモが育つなら、それを売ればいいじゃないですか!」
「……ジャガイモを?」
「はい!」
私は畑へ駆け寄り、土を掘ってみる。
すると――。
ごろん。
「…………」
もう一度掘る。
ごろん、ごろん。
「………………」
さらに掘る。
ごろごろごろごろ。
「………………!!」
私は両手いっぱいのジャガイモを抱えた。
「セバス!」
「は、はい!」
「これ、いくらでも作れるんですか!?」
「適切に栽培すれば、まあ……」
「なら、これを加工して売りましょう!」
「加工……?」
セバスが首を傾げる。
私はジャガイモを見つめた。
前世の記憶が次々と蘇ってくる。
ポテトチップス。
フライドポテト。
コロッケ。
ポテトサラダ。
ハッシュドポテト。
そして――。
「まずはポテトチップスを作ります!」
「ぽて……?」
「ジャガイモを薄く切って、油で揚げるんです!」
「油で……?」
「そして塩を振ります!」
「塩を……?」
セバスの顔がどんどん困惑していく。
私は拳を握った。
「絶対に売れます!」
前世で私が何袋食べたと思っているの。
これは勝てる。
王子との婚約には負けた。
でも――。
「ジャガイモには勝ちます!」
「お嬢様、何と戦っておられるのですか……?」
そのときだった。
「……お嬢様」
セバスが申し訳なさそうに口を開いた。
「何ですか?」
「大変申し上げにくいのですが」
「はい」
「領地の財政状況を考えますと、揚げ物をするための油を買う余裕がございません」
「…………」
私は固まった。
そうだった。
ここ、超貧乏領地だった。
「…………では」
私はゆっくりと顔を上げる。
「油を作るところから始めましょう」
「え?」
「ないなら、作ればいいんです!」
こうして。
元悪役令嬢による、バシュタール領再建計画が始まった。
「まずは畑を全部調べましょう!」
「は、はい!」
「ジャガイモの品種も確認します!」
「承知しました!」
「それから保存方法! 加工方法! 流通経路!」
「お嬢様、少々お待ちください!」
「何ですか?」
「その前に、本日の夕食をどうなさいますか?」
「もちろんジャガイモです!」
「……毎日ジャガイモになりそうですね」
「最高じゃないですか!」
セバスは深いため息をついた。
私はそんなことも気にせず、目の前のジャガイモ畑を眺める。
王子もいない。
王妃教育もない。
嫌味な貴族もいない。
ここにあるのは、広大な土地と、大量のジャガイモ。
「ふふっ……」
私は笑った。
「私の第二の人生、意外と悪くないかもしれませんね」
――このときの私は、まだ知らなかった。
この小さなジャガイモ領が、やがて王国中を巻き込む一大産業の中心になることを。
そして。
私が「ジャガイモと結婚する」と宣言したことが、後にとんでもない人物の耳に入ることを。
元悪役令嬢ステラ・フォン・ルミナスの新生活は、まだ始まったばかりだった。




