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拝啓、喫茶ダニエルは鬼ヶ島にあります  作者: みお(miobott)
釜揚げうどんを一緒に食べよう
22/24

6

 食事会は30分程度で終了した。

 母は高松にある系列病院での一時入院が決まっているらしく、亜由美も今晩はそこに泊まることになる。

 もう、その時間が迫っていたのだ。

 ……色々なことは後で決めましょう。そういった母の掌は強く、だからこそ誤りなどない。そう思える。

 しかし、住居兼倉庫を出た所で碧が大声を上げた。

「あ。さっきの私服だ!」

 その声に驚いて顔を上げると、道の向こうに見覚えのあるスーツが見える。

 碧が母と亜由美を背中に隠し、キンキンとした声で怒鳴った。

「見てよ、ちゃんと親、いるでしょ!」

「いや、そうじゃなく」

 ……が、彼は穏やかな顔をして母に頭を下げる。

 母とその介助役である病院スタッフも静かに頭を下げたので、亜由美は驚いてしまう。

「え、知り合い……?」

「良かった。瀬戸さんから頼まれて心配だったんだ。無事に会えるかどうか」

 碧と亜由美は思わず顔を合わせる。瀬戸がとった「合法」というのが彼への相談だったのだろう。

 彼が碧の想像通り警察なのだとすれば、探し出すのも容易かったはずだ。

 男はそっと近づき、周囲をはばかるように言う。

「瀬戸さんは、その……家の中にいますか?」

 なぜ電話をするほどの仲なのに、そんなことを聞くのか。

 また碧の顔に警戒心が浮かぶ。それに気づいたように、男は苦笑した。

「ちょっと行き違いがありましてね。だから彼から連絡が着たときは驚きました。驚きすぎて、今の居場所を聞けなくて……もう携帯も繋がらないし」

「もうあいつ、船着き場に走っていったよ。最終の船がもう出るからって……アユアユ、言っていい?」

 警戒しながらも、碧は口を開く。そして亜由美をちらりと見る。

 亜由美も小さく頷いた。

 少なくとも、彼がいなければ母と出会うことはできなかったのである。

「……女木島のダニエルっていう喫茶店」

 と、その名前を聞いた途端、男は少しだけ表情を固くした。

 やはり言ってはいけなかったのだろうか。と緊張したが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「実は船酔いするたちで」

「おっさん、いかつい顔してるくせに船、乗れないの?」

「……情けないことに」

 碧の言葉に、空気が緩む。男は情けない顔をしながらも、礼儀正しく頭を下げる。

 去っていくその背中を眺めながら、母が亜由美の手を優しく握った。

 話したいことも謝りたいことも山のようにあるが、母の手の温かさですべてを忘れる。

「お母さん」

「女木島はいいところ?」

「うん……」

 思い出すのは一瞬だけ立ち寄った女木島の風景。

 青い海と、白い砂浜と。可愛らしくもレトロな喫茶店の風景を思い出す。

 港には大きなキジ猫がいて、戸惑う亜由美に甘えてくれた。

 通りがかるお婆さんたちも、みんなニコニコと亜由美に挨拶してくれた。

 そうだ。山の上には洞窟があると言っていたし、どこかに花がきれいな場所もあるらしい。

 ああ、なんて勿体ない。島を巡ることを忘れていたなんて。

「すごく、いいところだった。でもちゃんと見れなかったから」

 しかし、悲しむ必要はないのだ。と亜由美は思う。

 まだ、時間はたくさんある。

 まだまだ、時間は作れる。

「お母さんが元気になったら、一緒に行きたいな……オニッコ先生の喫茶店もすごく、かわいかったから」

 そう呟いた亜由美の頭に、母の温かい頬がそっと寄り添う。

「……そうね、絶対に行きましょうね」

 その温度は先ほど浴びた湯気のように、ゆるゆると暖かく亜由美の中に染みていった。

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