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食事会は30分程度で終了した。
母は高松にある系列病院での一時入院が決まっているらしく、亜由美も今晩はそこに泊まることになる。
もう、その時間が迫っていたのだ。
……色々なことは後で決めましょう。そういった母の掌は強く、だからこそ誤りなどない。そう思える。
しかし、住居兼倉庫を出た所で碧が大声を上げた。
「あ。さっきの私服だ!」
その声に驚いて顔を上げると、道の向こうに見覚えのあるスーツが見える。
碧が母と亜由美を背中に隠し、キンキンとした声で怒鳴った。
「見てよ、ちゃんと親、いるでしょ!」
「いや、そうじゃなく」
……が、彼は穏やかな顔をして母に頭を下げる。
母とその介助役である病院スタッフも静かに頭を下げたので、亜由美は驚いてしまう。
「え、知り合い……?」
「良かった。瀬戸さんから頼まれて心配だったんだ。無事に会えるかどうか」
碧と亜由美は思わず顔を合わせる。瀬戸がとった「合法」というのが彼への相談だったのだろう。
彼が碧の想像通り警察なのだとすれば、探し出すのも容易かったはずだ。
男はそっと近づき、周囲をはばかるように言う。
「瀬戸さんは、その……家の中にいますか?」
なぜ電話をするほどの仲なのに、そんなことを聞くのか。
また碧の顔に警戒心が浮かぶ。それに気づいたように、男は苦笑した。
「ちょっと行き違いがありましてね。だから彼から連絡が着たときは驚きました。驚きすぎて、今の居場所を聞けなくて……もう携帯も繋がらないし」
「もうあいつ、船着き場に走っていったよ。最終の船がもう出るからって……アユアユ、言っていい?」
警戒しながらも、碧は口を開く。そして亜由美をちらりと見る。
亜由美も小さく頷いた。
少なくとも、彼がいなければ母と出会うことはできなかったのである。
「……女木島のダニエルっていう喫茶店」
と、その名前を聞いた途端、男は少しだけ表情を固くした。
やはり言ってはいけなかったのだろうか。と緊張したが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「実は船酔いするたちで」
「おっさん、いかつい顔してるくせに船、乗れないの?」
「……情けないことに」
碧の言葉に、空気が緩む。男は情けない顔をしながらも、礼儀正しく頭を下げる。
去っていくその背中を眺めながら、母が亜由美の手を優しく握った。
話したいことも謝りたいことも山のようにあるが、母の手の温かさですべてを忘れる。
「お母さん」
「女木島はいいところ?」
「うん……」
思い出すのは一瞬だけ立ち寄った女木島の風景。
青い海と、白い砂浜と。可愛らしくもレトロな喫茶店の風景を思い出す。
港には大きなキジ猫がいて、戸惑う亜由美に甘えてくれた。
通りがかるお婆さんたちも、みんなニコニコと亜由美に挨拶してくれた。
そうだ。山の上には洞窟があると言っていたし、どこかに花がきれいな場所もあるらしい。
ああ、なんて勿体ない。島を巡ることを忘れていたなんて。
「すごく、いいところだった。でもちゃんと見れなかったから」
しかし、悲しむ必要はないのだ。と亜由美は思う。
まだ、時間はたくさんある。
まだまだ、時間は作れる。
「お母さんが元気になったら、一緒に行きたいな……オニッコ先生の喫茶店もすごく、かわいかったから」
そう呟いた亜由美の頭に、母の温かい頬がそっと寄り添う。
「……そうね、絶対に行きましょうね」
その温度は先ほど浴びた湯気のように、ゆるゆると暖かく亜由美の中に染みていった。




