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第十章 灰身
灰身とは、体も心も全部なくして、執着ゼロにすること。
文治5年(1189年)、奥州合戦。
源頼朝は後白河法皇からの正式な勅許が降りていないにも関わらず独断で戦を始めた。
源頼朝の大軍28万騎が、17万機とも言われる奥州へと進軍する。頼朝は、源義経なき奥州など数で潰せばよい、そう考えていた。
かつて源義経を匿った奥州藤原氏は、頼朝の武家政権の総仕上げのために、百年の栄華を終えようとしていた。
そして、奥州藤原氏滅亡の報が奈良に届いたとき、運慶は木の前にいた。
「灰となったか」
運慶は呟いた。
平泉の堂塔、仏像、経巻――すべてが炎に包まれたという。かつて見た阿弥陀も、地蔵も、観音も、灰になった。
「残るとは、どういうことなのか」
その問いが、再び胸に迫る。
仏像は、形として未来永劫残るものではない。
祈りとして、心に残るものなのか。
だが、祈る者が滅びれば、祈りもまた消えるのか。
運慶は、かつて平泉で見た人々の顔を思い出していた。その祈りは、仏像に宿っていた。だが今、それらは灰となってしまった。
「それでも、祈りは残るのか。
いや残すことこそ、為すべきことなのか」
運慶は、木を手に取り、再び鑿を打った。
それは、怒りでも祈りでもない。ただ、問いの形だった。




