口達者な姉達
何事もなかったように穏やかな日々が続いた。
仕事をして、たまに夕飯を一緒に食べて、週末一緒に過ごして。
変わったことといえば、たまにキスをするようになったくらい。
でも、触れるだけ。
暗くなる頃に、理人は送ってくれる。
手を繋ぐのも、キスも、嫌じゃない。
むしろ、心地よささえ感じる。
…でも、これは。
「ちょ、待って急に来ないでって言ってるでしょう」
珍しく雑な口調。
内容は聞こえないが、電話の相手は…たぶん女性。
「や、家にはいるけど今日はダメ。明日にして…ってねえちょっと」
電話は一方的に切れたようだ。
誰なのかすみれが居たら何かまずいのか、聞きたくてモヤモヤするが、聞いて傷つくなら知らない方がいいのか…
「あの、女の方…?お邪魔でしたらわたし…」
「違!すみれ、そうじゃなくて」
あのねと理人が口を開いたところで、ピンポーンとインターホンが鳴り理人は頭を抱える。
ちょっと待っててくれる?と言い残して理人は玄関を開けた。
「あーのーさー!」
「やっほー、りっくん」
「来ちゃった!」
ドア越しに女性の声が聞こえる。
2人いるようだ。
「やめてって本当に。頼むから」
「ケーキ持ってきたから!食べたら帰るから!ネッ!」
「だからさ、美香姉…後で」
「ねっ、彼女さんも一緒にお茶しましょー」
「友香姉…あのさ…」
会話から、理人の姉たちのようだった。
ひょこんとドアの隙間から顔を出したのは、理人とよく似たぱっちり二重で、華やかで背の高い美人さんたち。
「…あの、わたし帰りますので…」
「あら、急ぎかしら?時間ない?イチゴショートとモンブランとフルーツタルトとガトーショコラとフロマージュとコーヒーゼリー!好きなのない?甘いの嫌い?」
「えっと…」
困惑して理人に目を向けると、理人もすみれが嫌でなければと困り顔。
「あの、じゃあ、お言葉に甘えて…」
「やったー」
「ねぇねぇ何ちゃん?」
「荻原です」
「名前よー」
「すみれと申し」
「すみれちゃんねー!」
「すみれちゃん、理人の姉、長女の美香と、次女の友香でーす!よろしくね!」
ちっちゃい可愛いときゃいきゃい言っている理人の姉たちから逃げるように、すみれはお湯を沸かしにキッチンへ向かった。
紅茶かコーヒーか聞く隙はなさそうなので、紅茶にした。
「りっくんってホント見かけによらず秘密主義よねー惚気てくれていいのにぃ」
「…こうなるのがわかり切ってるから言わないんだよ…」
ローテーブルでケーキを取り分ている姉たちを置いて、理人がすみれの隣に立つ。
「のんびりするつもりだったのにごめんね。騒がしくて…ケーキ食べたら帰らせるから…」
申し訳なさそうに手を合わせる理人に、すみれは首を振った。
休みの日の理人を独占してしまっているのはすみれなのだから、家族との時間を優先してほしい。
「最近休みの日予定あるばっかで遊びに来てくれないから、彼女だなって美香姉と言ってたんだよねー」
「すみれちゃんお茶淹れてくれてるのー?いい子でお姉さん感動しちゃう…」
「てかすみれちゃんって若いよねえ?うちらお姉さんじゃなくおばさんじゃない?」
「え!?すみれちゃん何歳なの!?」
最後でよかったのに、ケーキは半ば無理矢理一番先に選ばせられた。
イチゴショート、好きだから嬉しい。
大事に食べながら、姉たちからの質問責めに圧倒された。
理人が時折気を遣って間に入ってくれる。
すみれは弟しかいないので、女兄弟ってこんな感じなのかと、関心する。
「りっくんってほら、せっかくかっこいいのに中身地味じゃん?」
「交友関係広そうなのに、根暗っていうか。」
「ちょっと」
「もうちょっとモテてもいいのにね」
「仕事ばっかで休みの日は引きこもってるし、面白味に欠けるよね」
理人が何かを言いかけて、諦めて口を噤んだ。
たぶん、小さい頃から、口の達者な姉たちに言いくるめられて我慢して来たのだろうと、その表情から察してしまった。
「それにりっくんってさぁ」
「そっ、そんなことないです!理人さんは優しくて面倒見もよくて、一緒にいて落ち着きますし、とっても素敵な方ですっ!」
部屋が静まり返る。
3人の視線がすみれに集まっている。
慌てて口を押さえて青くなったところで、覆水盆に返らずだ。
理人と付き合っていると思われているわけで、その姉たちに失礼なことを。
考えるより先に割って入ってしまった。らしくない。
「やーん、めちゃくちゃいい子!」
ヤッタネと向かい側に座る姉2人は両手でハイタッチをしている。
「えっ、ええっ!?」
「そうよね、彼氏をこんなふうに言われたら気を悪くしちゃうよね?」
ごめんねと美香に手を合わせられ、すみれは更に慌てる。
「もちろんそこがりっくんのいいところなんだけど、ほら、その良さってなかなかわかってもらえないじゃん?」
「若いときって悪いギャップに見えちゃうしねー。甥っ子姪っ子の面倒も見てくれるし、家事できるし、優良物件よ!」
「せっかくイイ男に育てたのに、女友達ばっかりで恋愛に活かされないんだもん。悲しかったのー」
しばらくキャッキャとその話題で盛り上がり、話すだけ話してケーキを食べると、姉たちはサクッと帰った。
「すみれちゃんなら安心」
「よかったねーりっくん。いい子に見つけてもらえて」
「りっくんが遊びに来るときは、すみれちゃんもおいでね。今度はうちでケーキ焼いたげるよ。イチゴたくさん乗せるからね!」
そう、すみれの手を握って、清々しい表情で。
手を振り返すすみれの隣で、理人はぐったり疲れ切っていた。
「ごめんね、騒がしい姉たちが…」
「いえ…理人さんが女性の扱い上手い理由がわかりました」
「そう?好きな子に振り向いてもらえなかったら意味ないんだけどね」
「そっ、それは…」
「ふふ、ごめん、意地悪」
理人がすみれを抱き寄せて、自然と肩に頭を預ける体勢になる。
「…さっきの、嬉しかった。」
「すっ、すみません、余計なことを…」
逃げないでいると、理人はスルリと手を握った。
ゴツゴツして大きな手が、すみれの小さい手を包み込む。
「こういうの、許してくれるのも嬉しい」
ちゅ、と、唇が触れた。
「あの、わたし、理人さんのこと、尊敬していて、大好きな上司で」
「…うん、ありがとう。」
困ったように微笑んで、あれ?と思う間に、理人はすみれを抱きしめる。
「上司としてでも好いてくれてるなら嬉しい」
「……っ」
背筋が冷えた。
違うのに。
そうじゃないのに。
ビクリと体が震えたのは理人にも伝わっただろう。
「困らせちゃったかな。ごめんね」
ありがとうと、理人はまた、すみれの唇をそっと奪っていった。
触れた体温は優しいのに、恋人同士みたいなことをしているのに、心はひんやりと冷えていた。
中途半端な気持ちも丸ごと見透かされた気がした。
真紘より好き?
恋愛の好き?
甘えたいだけ?
ーーー都合のいい人を、手放すのが惜しいだけ?




