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お誕生日デート


「すみれのお誕生日、お食事でもどうでしょう」


理人からそんな提案をされた。

せっかくだから可愛いカッコしてきてねと言われても、仕事に行って不自然でなくて、可愛いカッコってなんだ。


いつもはリボンタイのついたブラウスや、袖のふわっとしたシャツだ。いつでもジャケットを羽織れるようなオフィスカジュアルで、下はタイトスカート。


総務部のメンバーに誕生日を祝ってもらって、定時に上がった。


「すみれちゃん、今日おしゃれしてお誕生日デートなの?」


と、若菜に耳打ちされて、すみれは真っ赤になってしまった。

違いますー!と口では言ったものの、これでは肯定と一緒だ。


「だれだれー?理人くん?」

「ちっ、ちがいますっ!なんで…」


なんで知ってるんですかと言いそうになって、ギリギリのところで、仕事しますよと仕事に逃げた。

若菜は気分を害した風もなく、若いねえ可愛いねえとニコニコ仕事に取り掛かった。


待ち合わせは会社ではなく駅にした。

すみれはスカートだけフワフワのシフォンに履き替えることにした。

髪はハーフアップ。巻いてもどうにもならない猫っ毛だから、それはそのままだが。


「すみれ」

「理人さん、お待たせしました。」

「可愛い」

「ぁう…」


理人はグレーのスーツ。ジャケットもちゃんと着ている。

最近間近で見る機会が減ったけど、改めて見るとかっこいい。


連れてきてくれたのは、おしゃれで、それでいて高級すぎない、夜景の見えるお店だった。

席に案内されたときも、夜景に気を取られているすみれに段差気をつけてねと手を差し出すのもスマートだ。

すみれは理人の手に手を重ね、エスコートされた。


…なんでこんな素敵な人がと、思わずにはいられない。


「ワイン飲んでみたいって言ってたから、たまには飲み比べもいいかなと思って」

「わ、これ飲みやすいです」


店員さんに食事に合う飲みやすいワインを選んでもらい、仕事の話、映画や本の話。


取り止めもないのに、話が尽きることはなかった。


「お誕生日おめでとう」

「ぇあ…」


ラッピングされた細長い箱を差し出された。


すみれも名前を知っているブランドの箱で。


「受け取ってもらえないと悲しいな」

「…アリガトウゴザイマス…」

「よかったら開けてみて」


言われるがまま開けてみると、シンプルなワンポイントのネックレス。


細いシルバーのチェーンが可愛い。


「えっ、可愛い」


何にでも合わせやすくて、恐らく安物ではなく高すぎて恐縮するほどでもないライン。

…こういうところもソツなく、理人らしい。


すみれは、理人の誕生日は好きなケーキを買って、本と入浴剤という無難なもので誤魔化してしまったのに。


「浮かない顔だね。気に入らなかった?」

「あっ、ちがくて!すごく可愛いです。嬉しいです。けど、…理人さんは…」

「うん?」


嬉しくないわけないのに、失礼な反応をしてしまった。


なのに、理人はすみれの言葉を待ってくれる。


「あの、どこがいいのかなって…」


わたしなんかの、と言ったら、優しいこの人は否定してくれそうだから。


「どこ、かあ。そうだねえ」


それでも理人は正確に受け取ってくれたようだ。

言葉を舌で転がす。


「何を言っても後付けなんだけどね。理由なんて」


ね?と微笑まれ、ハッとする。

すみれも、思い当たる節があるから。


「言葉が欲しいなら…そうだな。すみれ、おれがしんどいときとか、察してくれるんだよね。」


理人は、テーブルの上で指を組む。


「結構そういうの隠すの上手いと思ってるんだけど。頑張れちゃうから、まあいいんだけど、たまに嫌にはなるよね」

「………」

「新入社員に負担かけてるのに、すみれは自分よりおれのことを真っ先に心配してくれるんだよね。嬉しかった。」


目を伏せて自分の指を見る理人に、ふと、すみれは気づいた。


「あのときは結構辛くてさ。業務的にも、精神的にも。…言葉にするとチープだけど、すみれは癒しだったし、気が付いたら好きだった」


たぶん。

理人は自分の話をするのが得意じゃない。感情を曝け出すのも。


そう思ったのは、すみれも“そう”だから。


理人は人当たりもいいし、壁を作っているわけじゃない。

でも、あまり自分からは自分の話をしないし、映画や本の感想もあまり言わない。「必要なら言う」スタンス。

困らせないように、迷惑かけないように、自分が我慢すれば。


すみれもそうしてきた。

隠すのは上手い方だと思うし、話すのは苦手だ。

その、誰にも言えない想いを見つけてくれたのは理人だけだった。


それができるのは、同じ想いを抱えているからで。

きっと理人相手でなければ、すみれはさらけ出していないし、甘えられていない。

理屈ではなく、直感的に。


「…理人さんは、優しいです…」

「そう思う?」


すみれの言葉に、理人は意味あり気に微笑んだ。

掴みどころがなく感情の読めない理人のことが、少し…本当に少しだけ、わかったような気がした。


「これ、つけてみてもいいですか?とっても可愛い…」


もちろんと、理人がネックレスをつけてくれた。

胸元で控えめに光るそれが、こそばゆい。


「よかった。似合う」

「ありがとうございます。…大事にします。」


こうやって静かに重ねる2人だけの時間が、愛おしい。

お祝いだからと、サラッと会計をしてもらってしまって、お店を出た。


すみれから理人の小指に、人差し指を絡める。

外で手を繋ぐのは、これが初めてだ。…指だけど。


「まだ、…もうちょっと、待っててくれますか」

「…うん」


言葉足らずでも、理人はすみれの言葉を受け取ってくれる。


「自分で言うのもなんだけど、結構一途だから」


理人は指をほどいて、すみれの手を握り直した。

すっかり、この体温にも慣れてしまった。


「諦めたくても諦められない、が、正しいかな」


切なそうな表情を見たくないのに、すみれはやっぱりまだ、理人の好意に答えるほどの感情は待ち合わせていない。


まだ。もうちょっと。もう少しだけ。


駅までのんびり歩いた。




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