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男の人の部屋


気付いたことがある。


理人は女性の友達も多いようだが、名前で呼んでいる人はほとんどいない。

理人は、経理部にも“三浦さん”がいるので、名前で呼ばれていることが多いが、親しい女性たちも、総務部の面々もみんな名字にさん付けだ。


みんなに“マキちゃん”と呼ばれている営業部の槙田茜も“槙田さん”だ。


職場ではすみれのことも“荻原さん”なので、上手く使い分けているのかも、しれないけれど。




◇◆◇





「あー、帰れないねえ」


ごった返す改札の前でぽつりと呟く理人。

仕事終わり、理人と夕飯を食べて電車に乗ろうと思ったら、電車が止まっていた。


「別の線でうちまでは帰れるけど、電車動くまでうちにいる?」

「えっ、や、でも…」

「心配しなくても、何もしませんよー。嫌われたくないんでね」


普段理人はすみれより先に降りる。その駅なら別の線でも帰れるはずだ。

電車はしばらく動かなそう。


タクシーは長蛇の列。


スマホで検索してみるも、満室ばかりで泊まる場所なし。

…近くに頼るアテなし。


「ううう」




◇◆◇





「どうぞ」

「お邪魔します」


緊張しながらもきっちり靴を揃えるすみれ。


広めのワンルーム。

シンプルで整理整頓されている。

理人のデスクの通り、必要な物だけが置かれている部屋だ。


「よかったら座ってて。お茶淹れるね」


存在感のある淡いグリーンのソファは理人らしくないチョイスだなとマジマジと見てしまった。


「ああ、それね。」

「あ、すみません。急に来たのにジロジロと…」

「いいよお好きに。ソファは姉のお下がり。あんまりこだわりないから、お下がり多いんだよね」


男の人の部屋なんて、弟の部屋しか見たことがない。

それだって、大きくなってからはわざわざ入る機会なんてほとんどない。


「好きなだけ見ていいよ。本棚もDVDもあるし」

「いいんですか!?」


ほら、と指差された方には大きな本棚があった。


「わ、本がたくさん!えっ、懐かしい!これ実写化してたんですね!」

「これおれのお気に入り」


すみれの好きな小説も、好きだった本の実写のDVDもある。

白い壁にプロジェクターで映して見られるらしい。


「わ、わぁ、わたしもこのシリーズが好きで…特に4が」

「4もいいよね。おれ最初も好き」

「最初のからつながっていく感じがいいです」

「あーそれはわかる。それ好きなら、同じ監督のさぁ」


2人で本棚の前に座り込んで、思いがけず本や映画について盛り上がってしまった。




◇◆◇




スマホが鳴って、弟からメッセージが届いた。


「あ、弟が車で迎えにきてくれるみたいです。」

「そっか、よかったね。ここ入り組んでるから駅で待ち合わせがいいと思うよ。」

「は、はい」

「すぐ着くのかな?駅まで送るね。」


すみれが申し出ると、理人はコートを羽織って駅まで案内してくれた。


駅に着くと、弟のあざみは車の横に立ってスマホをいじっていた。


「あざみ!ありがとう。」

「…は?」


あざみは、すみれの隣の理人を見るなり思いっきり顔を顰めた。


「同僚の三浦理人さん…って、あざみ!?」

「姉がお世話になりました!行くよ!」


ぐいっとすみれの腕を掴み、理人を睨むと、すみれを強引に助手席に押し込んだ。


「えっ、あ、あざみ…失礼だって」


運転席に回り込んだあざみは少し乱暴にドアを閉めて、不機嫌なまま。


すみれは慌てて理人の方を振り返るが、理人は気分を害した風もなく手を振っているのが見えた。


「あーもー同僚の家…って男と思わないじゃん!何考えてんの!」

「えっ、でも理人さん」

「迎えに来て正解」


はーと大袈裟にため息。


発進こそ急だったが、あざみは安全運転だ。


「違うよ、ホテルも取れなくて厚意で…」

「いや女泊めるなんて下心しかないだろ?バカなの?」

「違うってば、何もしないって…」

「そんなの常套句だよ。危なっかしいな。」

「あざみは心配しすぎだよ」

「姉ちゃんが警戒心なさすぎなんだよ!」


混んだ道をあざみの運転でゆるゆると進みながら、ネチネチと怒られたのだった。





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