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初彼氏と初デート


「恋人になって」と言われたものの、恋人って具体的にどうしたらいいのだろう。


理由もなくメッセージを送るのも申し訳なさが勝つし、たまに誘われるがまま仕事終わりに夕飯を食べに来た。

今までとあまり変わらないかもしれない。


「あ、あの…こんなこと聞くのもおかしいんですけど」

「うん、どうしたの?」

「えっと、…恋人って…何をしたらいいんでしょう…」


肩を縮こまらせてすみれが言うと、理人はくすくすと笑った。


「何かと思ったら。」


ずっと、真紘のことばかりだったし、だからって真紘と付き合うイメージは全くなかった。


「あの、そういうのよくわからなくて…」

「敬語やめるとか」

「そ、それはちょっと…」


気持ちが追いつかない。

部署異動したって尊敬する上司なのだ。


「うーん、行きたいところとか。ないかな?」


急に言われても。

考えたこともなかった。

彼氏もデートも、自分とは縁遠い世界だったから。


「荻原さん、休みの日は何してるの?」

「休みの日…」


友達とたまに連絡を取ってお茶をしたり、買い物に行ったりすることはあるけど。

約束をしているわけではないが、弟が家にいたら一緒に買い出ししたりドラマを見たり。


学生の頃の名残りでSNSでメイクや服の新作を見たり。だってほら、学生の頃は買えなかったし…


「家で本読んだり映画を見たり…?」


面白味がまるでない。

言いながら、すみれは落ち込んだ。


「ああ、いいじゃない、映画。前面白いって言ってた映画の続編、もう見た?なんだっけ、スパイの」

「まだ…ですけど…」

「よかったら観に行かない?観たいと思ってたんだよね」

「はい」


それなら。

近々見に行く予定だったし、ちょうどいいと思って頷いた。


「デートしよう」

「でっ…!!!」


思いがけないワードに赤くなって絶句する。


「おれはそのつもりだよ」

「えっ、あっ、で、でも…」

「彼氏との初デート。可愛くしてきてね」

「う…」


楽しそうに細められる目の下のホクロを睨んだ。


早まったかもしれない。





◇◆◇





可愛く。可愛くってなんだ。


ワンピースとブラウスは好きだからたくさんあるけど、こういうのでいいの?

ふんわりしたブラウスはいつも仕事で着ているし。


靴は?髪は?


そんなことを悩みながらも、週末がちょっと待ち遠しかった。


彼氏との初デート。

さらに言うと、初彼氏との初デートなのだ。


自分が人並みに恋愛やデートに憧れていたことを知った。


「可愛い」

「え、えと…気合い入れすぎでしょうか…」


赤地に白の小花柄のワンピース、ベージュのカーディガン、お気に入りのハイヒール。


髪は…早く起きてしまって編み込みに。


「ううん、可愛くしてきてくれて嬉しい」


歯の浮くようなセリフもサマになる。すみれは真っ赤になった。


「り、理人さん早くないですか…まだ30分前…」


真っ直ぐな言葉にすみれはあわあわして話を逸らすしかできなかった。

ソワソワして約束より早く着いたのに、理人は先に待っていた。


「うん、荻原さんは早く来そうだなーって思ったから。楽しみで早く目覚めちゃったし」


悔しいが理人の読み通りだ。


こうやって上手く合わせてくるのも、憎い。





◇◆◇





映画館の段差を片足ずつ登る。

歩くのも小走りもできるようになったが、階段だけはやっぱり難しい。

急いでいたつもりだったが、理人に手を差し出された。


「あ、すみません、大丈夫です。遅いですか?」

「ううん。まだ始まらないしゆっくりでいいよ」


首を振ると理人は腕を引っ込めるが、すみれの歩調に合わせてくれる。


思えばいつもそうだ。


会議室への短い距離も、飲み会から連れ出してくれたときも、夕飯を食べて駅に向かうときも。

…別に、好きで履いてるんだから、頑張って歩くのに。


「足痛い?」


席に座り、一息つくと理人は聞いた。

上映まではまだ時間があって、ざわついている。


「大丈夫です。慣れてますし」

「いつも高いヒール履いてるよね」

「…背が小さいので。」


だって、真紘の彼女が、背が高くてかっこよかったから。

ああまた。後ろめたい気持ちになる。


「そっか、努力してるんだねぇ。歩くの早かったら言ってね」


意外に思って理人を見上げる。

理人はヒールを履いても頭1つちょっと背が高い。座っていたって、ほら。


なのに、すみれが不思議な顔をしていると、理人も首を傾げた。


「あれ、変なこと言った?」

「いえ…小さくてもいいじゃん…って言われることが多かったので…?」


小さくて可愛いのに。

そんなことしなくても。

ヒール履いたって背が伸びるわけじゃないのに。


今まで言われた言葉の数々を思い出す。


呆れを含んだ言葉も、きっと深く考えていないだろう言葉もあったけど、すみれはそのどれにも少なからず傷ついたのだ。


思わず口にしてしまうと、理人は少し考える素振り。


「んー、おれからすると可愛いと思うよ。でももし荻原さんが嫌なら、他人の評価は関係ないでしょう」


想定外の言葉に、すみれは目を丸める。

コンプレックスを、そんな風に言ってもらったことはなかった。


会場が暗くなって、理人が前を向く。


胸のあたりがあたたかくなった。





◇◆◇





「よかったねー」


ゆっくり階段を降りて映画館を出ると、理人はそれだけ言って、それ以上感想を言わなかった。

すみれも感想はあまりあれこれ言わずに心の中に留めておきたいタイプなのでありがたい。


「ガトーショコラがおいしいイタリアンがあるんだけど、ご飯にしない?」

「は、はい」


理人に誘われるがまま、遅めのランチタイムになった。


…うん、デートっぽい。


「…理人さん、慣れてますね」

「ええー?」


パスタをくるくる巻きつける。

もうずっと彼女いないとか片想いとか言ってたクセに。

…すみれに恨み言を言う権利なんかないのに。


「……コチラは緊張しっぱなしですよ」

「えっ」

「いつもより可愛いし。ずっと好きだった子と念願の初デートですので。映画なんて頭に入らないって。」

「ぁ…う……な、なんでそんなの、サラッと…言っちゃうかな…」

「意識してほしいからね」


パスタを口に運ぶ理人は、やっぱり余裕にしか見えない。


「意識してほしいついでに、名前で呼んでもいいかな」

「はい?別に、なんでもいいですけど…」


名前なんて何と呼ばれてもいい。

オギワラでもハギワラでも、ほんとは拘りもないのだ。訂正するのが申し訳ないくらいで。


と、思っていたのに。


「すみれ」


一文字一文字を愛しむように、目を細めて呼ぶから。


「えっ…ぁ…ハイ…」


頬が熱くなる。

今、きっと耳まで真っ赤だ。

また、早まったかもしれない。


名前なんかで、こんなに、恥ずかしくなるなんて。






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