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誰でもいいなら


まさか、本気で言っているとは思っていなかった。


女子社員とよくつるんでいるが、意外とこの3年浮いた噂は聞いたことはなかった。

「理人聞いてよ彼氏がね〜」と、相談を受けているのを見たのは一度や二度じゃない。


女友達みたいなものと言うが、ほんとにそうっていうこと?


ーーーもう長いこと片想いだね


その相手はすみれだったってこと?


だとしたら、すみれは無神経なことも傷つけることも、たくさん言ったしたくさんした。


好きな人の恋愛の話だって、慰めるのだって、気持ちのいいものではない。


聞いてくれるのをいいことに、甘えてしまった。


応えられない。

謝らなきゃ。


理人は、誰より尊敬できる憧れの上司で、大事な人だから。




◇◆◇




週末は悩みに悩んで、理人にメッセージを送った。


お話ししたいですと。


理人からはすぐに了承の返信が来て、月曜の終業後、会うことになった。


メッセージの文面からも、職場で遠目に見かけた姿からも、理人の感情は読み取れない。

仕事終わり、指定されたカフェで理人を待った。


「すみませんでした」


席に着くなり、頭を下げた。

すみれではなく、理人が。


「好きでもない人にあんなことされて、嫌だったよね。普通にセクハラだし、仕事には」

「ちっ、違うんです!嫌とかではなくて!」


すみれは慌てて理人の顔を上げさせた。


嫌とは思わなかった。あんな距離初めてで、太い腕と大きな体にびっくりしただけで。


…そう、嫌じゃなかった。


恋愛対象として考えたことなんてなかったはずなのに。


「わたしの方こそ謝りたくて。理人さんは…その、言ってくれていたのに、本気にしないばかりか無神経なことばかり…ごめんなさい」

「やめてよ。おれがそういう言い方をしてたからでしょう」

「…それでも。」


すみれが譲らないと、理人は苦笑いしてネクタイを緩めて背もたれに体を預けた。


「荻原さんは優しいね」

「べつにそういうんじゃ…」

「この前のがおれの本心だよ。ずっと好きだった」


臆面もなく理人はすみれを見据えて告白した。

そんなストレートな言葉はもらったことがなくて、すみれは赤くなる。


「おれって意地悪だから、荻原さんがもっと狡くなってくれたらいいのにと思ってる」


理人は紅茶に口をつける。

彼の言う意地悪が、すみれのためだと、もう知っている。


「誰でもいいならおれと付き合ってほしい。」


ーーー新しい恋をして忘れるのはどう?


それって、いいなって。


できることなら、今までみたいなどうしようもない片想いじゃなくて、楽しい恋ができたらいいなって。


「おれにチャンスをくれない?」


持て余した熱をひた隠しにするのに必死で思いつきもしなかったのに、あの日からぼんやり考えるようになっていて。


「今はまだ、好きじゃなくていいから」


揺れた。


迷った。


バレンタインチョコを理人にあげたときよりも、ずっと。

だって、それはもっと…。


まるで甘い毒だった。

心ごと利用して、陽だまりのような心地好さを甘受して。


理人がいなかったら、今こんなに落ち着いていなかった。

今頃はきっと。


「ほんとに忘れさせてくれますか…?」


声が震える。


「へ」

「新しい恋」


ティーカップを両手で包んで、水面に映る天井を見る。

理人の顔を見ては言えなくて。


「…したいんです、ケド…」


沈黙が重い。


耐えきれずに顔を上げると。


「は、はい、喜んで…?」


呆然としている理人。

安心をしたのと、理人の余裕がないのがちょっと嬉しくて。


「うふふっ、理人さんびっくりしすぎ」

「荻原さん、あのねえ、おれがどんな気で…」


そう文句を口をしながらも、理人も伝染したように笑っている。


理人がいなかったら今こんなふうに笑えていなかった。

きっと今頃泣いてぐちゃぐちゃで、誰にも何も言えなくて。


眉を下げた理人が、すみれの手を取った。


「荻原さん、おれの恋人になってください」


本当の本当は、新しい恋をするなら理人がいいと思った。


他の誰でもなく。


「ハイ」


すみれが頷くと、理人は笑顔を見せてくれた。


たまに見せる寂しげな表情でもなくて、花がほころぶような。


悲しい顔より、理人のこういう顔が見たかった。


ヤケになってたわけではないのだ。

前に進まなきゃと思った。


でもそれは、誰が相手でも良かったわけじゃなかった。


まだ、理人には内緒。







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