ほろ酔いで
会社を出たところで待ち合わせて、よく仕事帰りに寄るようになった居酒屋に足を運ぶ。
「山芋の鉄板焼き食べたいです」
「いいね。梅水晶も」
「いいですね」
意外と好みが合うらしく、食べたいものはすぐ決まる。
日本酒も一合頼んでおちょこで分ける。
理人は、真紘の結婚の話には触れなかった。
和やかに、理人の部署の話なんか聞きながら、たくさん笑っていた。
◇◆◇
ほろ酔いで、お店を出る。
思ってたより、ずっと前向きだ。
幸せを願えている。大丈夫。
お酒の力も手伝って、開放的な気分になる。
「そろそろ婚活でもしようかなって。」
前向きに、ちょっと頑張ろうという気になったのは、理人のおかげだ。
「…婚活?」
「ああはい。婚活アプリを友達が紹介してくれて。」
久しぶりに会った友達が、マッチングアプリで彼氏ができたと言っていたので、どんなものなのか入れてちょっと覗いてみたくらいで。
「うち母子家庭なので、母を安心させられたらいいかなと思いまして。」
忙しいこともあって元々干渉しない母だったが、何事も経験だし好きにしなさいと委ねられている。
でも、弟が彼女を紹介してくれたときは、母がすごく安心していたのが伝わってきた。
礼儀正しい子だったのもあるだろうけれど、これも一種の親孝行なのかなと思うようになったのだ。
一区切りできたような気がしていて、新しい恋なんか探してみてもいいのかなって。
前に理人もそんなこと言ってたから。
理人なら、その話も親身に聞いてくれるんじゃないかと思って口にしたのだが。
「すげー残酷なこと言うよね…」
「ざんこく?」
ヒタリと足を止める理人。
すみれもつられて立ち止まり振り返る。
「やっとアイツのこと諦めようとして、ようやく誘いを受けてくれるようになったと思ったらさ…」
たまに理人が見せる寂しげな表情を、すみれは掴みかねている。
「それだけ興味ないってこと、なんだろうけど」
言っていることがわからない。
…いや、導き出した答えが、信じられない。
まさかね。
まさか。だってそんなの。
「ねえ、荻原さん」
手首を握られて、視線を上げる。
理人を見上げると両の目の下のホクロが涙みたいで。
すみれを見下ろす瞳に湛える熱と寂しさの理由がわからない。
だって。そんなはず。そんなわけ。
「どうしたら、おれのこと見てくれる?」
「きゃ」
手を引かれて、つんのめる。
とんと、ぶつかったのは理人の胸で。
「おれは、ずっと荻原さんが好きだよ」
「え、で、でもそれ…っ」
「慰めるために言ってるとか思ってる?」
ぎゅうと抱きしめられて、言葉を失う。
肩に回された腕は太くて、男の人なんだと思い知らされる。
慰めるためだと、気まぐれだと、本気なわけない、だって。
「アイツを忘れるのに、おれを利用してよ」
ーーー新しい恋をして忘れるのはどう?
いつかの言葉が記憶から引っ張り出される。
まさか。
そう思うのに、引っかかっていた言葉が表情がつながってしまう。
「おれにしときなよ」
いつかも聞いたセリフ。
「おれじゃダメ?」
まともに取り合わなかったあのときから、もし本気で言ってくれていたんだとしたら。
「ーーーっ!!」
頭が真っ白になって、ドンと力任せに突き放してしまった。
反動でふらついて足首が痛む。
「おぎ…」
「ご、ごめんなさい…!」
なんてひどいことを。
と、思ったら、理人の顔を見れなかった。
すみれは踵を返して走り出した。
足首が痛い。
息が切れる。
胸が痛い。
だって、悲しそうな顔も、困った顔も、今までぜんぶ。
痛い痛い痛い痛い。
これは、何の痛み?




