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《黒獅子》ローレンス

 我がオーギュスタン王国は世界屈指の大国です(確認できる限りですが)。

 国土面積、魔術を含めた軍事力、経済力、農業・工業いずれの生産力も他を抜きんでています。


 当然ながら周辺国への影響力も絶大で、諸国において公用語(もしくは第二外国語)としてオーギュスタン王国語が必須になっている他、アーヴィン建国王のレリーフが掘られたアーヴィン銅貨、アーヴィン銀貨、アーヴィン金貨といった王国貨幣は、商業ギルドにおいて最も信用のおける通貨という扱いで流通(というか自国で貨幣を造らずそのまま流用)しているそうです。


 またここグラシアン貴族学園を筆頭として、国内に四カ所ある貴族学園はいずれも天下の名門校として名高く、ある程度の身分や財力のある諸外国の王侯貴族の子弟子女が留学先として、芸術の国として謳われるヴェスマルク帝国の美術、音楽専門学校や、魔術と歴史の聖地リオーネ共和国の神学校と並び、その門を潜るのがステイタスであり憧憬の対象でもあるのでした。


 そのようなわけでオーギュスタンの王侯貴族ともなれば、他国においても一目置かれ、同格の王族であっても、会食などでは必然的にオーギュスタン王家の人間を上座に据え、自分たちは風下に立つ。


 五大神(天空神、地母神、炎槌神、海王神。これに加えて暗黒女神も主神の一柱ですが、邪神として忌避されています)を奉じる神殿や教会の高位聖職者でもなければ、同格と見做されない尊き存在……というのがオーギュスタン国王陛下であらせられます。


 当然、そういった立場に見合う責任と品位、知性、何よりも自分というものを(わきま)える自制心を求められるのですが、中には特権だけ求めて何も還元しない愚か者もいますが、我がままが通じる子供の頃ならともかく、物心つく年代になれば己の立場を理解して、オーギュスタン王国の名を辱めることのないよう(そして他国に隙を見せないよう)、王侯貴族としてふさわしい立ち振る舞いを身に着けるものです――よほどの暗愚でもない限り。


「この無礼者が! たかだか伯爵家ごとき、一族郎党潰してやる!!」


 その例外的な愚者であったらしいアルバート王子が、飄然(ひょうぜん)とした態度を崩すことなく、正面壇上へ続く短い階段(ステップ)に足をかけた、《黒獅子(アターレオ)》の二つ名を持つセガンティーニ辺境伯嫡男――上位貴族の御嫡男ですので『(ロード)』とお呼びすべきですわね――ローレンス・ギル・ソーン・セガンティーニ卿に向かって、恫喝(どうかつ)するかのような大声で、吠え狂うのでした。


「アツくなるんじゃねえよ。つーか、さっきの言葉は俺なりの優しさってやつですよ、第三王子サマ。本当にどうでもいいんだったら、このバカみたいな茶番が終わるまで黙ってたところですが……が、まあ仮にも王家に忠誠を誓った身ですので一言物申したわけですな。まっ、他人に悪口言われているうちがまだハナなんですけど、ご理解いただけませんか? 血筋だけで食わせてもらっているニート(すねかじり)予備軍の税金泥棒坊や」

 壇上に登ってきてアルバート王子と対峙したローレンス卿が、男の色気に溢れた魅力的な笑みを浮かべつつ(何人かの女生徒が「は~~ん♡」と甘い嬌声を上げて、その場にへなへなと頽れるのでした)、歯に衣着せぬ口調で言い放ちます。


 刹那、ローレンス卿の頬にアルバート王子の拳がさく裂しました。

「……あまり……俺をナメると……タダでは済まないぞ……貴様……」

 ワナワナと震える声で言い放つアルバート王子。


 ついでに先ほどとは違う悲鳴があがって、気の弱い女生徒の十数人が気を失いました。

 慌てて気付け薬(アンモニア)の入った瓶を片手に走り回る看護教師と助手たち。


「へな猪口(ちょこ)だな。まだしも緑小鬼(ゴブリン)の幼体の方が腰の入ったパンチを放つぜ」

 まったくもって痛痒(つうよう)を感じた様子もなく、軽く殴られた頬のあたりを掻きながら、ローレンス卿は態度だけは慇懃無礼にアルバート王子に向かって、貴族紳士の礼ボウ・アンド・スクレープをしながら口を開きました。


「さて、改めて。ことあるごとに出来のいい兄二人と比較され、幼少時からコンプレックスの塊として育てられ、そのくせ第三王子という身分から周りから阿諛追従(あゆついしょう)をされ、自意識だけが過度に肥大した結果、悪しき貴族のディレッタントを盲信して、自分以外のすべてを見下した――挙句に、自分よりも遥かに優秀かつ一切の落ち度がない婚約者を貶めて、ありもしない権限で断罪し、何やら罰まで与えて悦に浸る。どこぞの馬鹿に聞きたいのですが」

「貴様っ、誰に向かって言っているのかわかっているのか!?」

「まったく……。王族以外には権威を振りかざして暴言暴力……ああ、それと色気づいた4~5年前から、次々に若いメイドに手を出して、いまじゃ王子宮のメイドのなりてもいないありさま。おまけに婚約者のフィオレ嬢は当然ながら手も握らせてくれず悶々としているともっぱらの評判で――」


 まあ親しい恋人同士であれば手を握るくらいはするのですが、(わたくし)とアルバート王子は政略結婚による婚約者であり、公人として忙しい身ですから直接会う機会もなく、また私のデビュタントもまだでしたので、社交界デビュー前ということで婚約者にエスコートを依頼するという機会もありませんでしたから、アルバート王子とは握手したことすらありませんでしたわね。

 ――というのは建前で、生理的に無理だったので回避していたのが真相です。


 だって学園内で意味もなく人気(ひとけ)のない場所へ(本人は婉曲に誘っているつもりだったかも知れませんが)下心満載で連れて行こうとしたり、プレゼントと称して気持ちの悪い下着を贈ってくるような人ですわよ! 護衛やエヴァを筆頭とした友人たちが間に立ってくれなかったら、下手をすれば万が一の事態――婚前交渉を強要されて、反射的にアルバート王子を誅殺――に至る可能性がありましたから。


 そんな私の慨嘆(がいたん)の間も、指折り数えながらの暴露(ばくろ)は続きます。

「剥き出しになった性欲を押さえきれずに夜ごと歓楽街に通っては好き放題。店の看板である高級娼婦を何人も壊され、いまじゃどこの売春宿からも入店禁止となった性犯罪者一歩手前っていう異常性癖もあったか。そのくせ自分より立場が上の王族には八方美人でヘコヘコしている誰かさんに向かって言っているな」


 たっぷりと(さげす)みを含んだ視線で、身長3.2ゴナト(約168㎝)ほどのアルバート王子を見下ろし、わざとらしく(うそぶ)くローレンス卿。


「……な、な……な……デ、デタラメだ……!」

 顔色が赤、青、白、そして紫色という、常人では計り知れない感情を宿した顔色になったアルバート王子が、(あえ)ぐように否定しますけれど、そもそも王家所有の馬車で街へ繰り出した時点で、貴族子弟の行動なんてバレバレだという自覚が全くないのでしょう。

 

 貴族が出かける際は歩くなど言語道断。

 隣に行くにも馬車に乗って出かけ、荷物持ちの従者を連れて出かけるのが当然の常識です。そんな彼らの存在は貴族にとっては空気のようなものですが……当然、彼らの雇用主はアルバート王子ではなく、最終的には国王陛下ですので、その行動を逐一報告する義務があります。つまり王族や貴族に生まれ落ちた瞬間から、個人行動などまず不可能なのです。


 まして歓楽街。顧客の気と口が緩む代表的な場所であり、まして娼婦というのは国の暗部ですら一目置くほどの情報屋ですので、アルバート王子の個人情報は、ホクロの数や位置まで筒抜けだと考えていいでしょう。

 権謀術数渦巻く貴族社会。そのあたりの裏事情を知る生徒の何人かが失笑を浮かべていました。


「まあ何でもいいですけどね」

 頓着することなくローレンス卿は軽く受け流します。

「先ほどの殿下の宣言。いろいろと疑問に思うところがあるんですが、まずプリンセス・フィオレンティーナ様が『身分をかさに着て』行った、そっちのナントカ男爵令嬢に対する『陰湿な嫌がらせ』ってのは何なんですか?」


 途端に精彩を取り戻したアルバート王子――よりも早く、しがみ付いていた両手を放したキャロル男爵令嬢が、ローレンス卿へと向かってはしたなくも走り寄って行きました。


「聞いちゃんない、ローレンス様。フィオレったら酷いっしゅちゃ。うちんこつば無視しまくっち、茶会にも招待しとってくれなかし、取り巻きん令嬢に命じてうちば草生やしもんにしたばいり……いい、そーだ。教科書やノートも破られたっしゅか!」

 何やら捲し立ててローレンス卿の両手を取ろうとしたのを、当の本人から(わずら)わし気に拒絶されました。


「黙れっ。貴様には発言を許可していない。まして私やプリンセス・フィオレンティーナ様の名を呼べる立場だと思っているのか!?」

 まさに獅子吼(ししく)

 怒りを押し殺したコントラバスのような重厚感のある低音で言い放たれたキャロル男爵令嬢は、おそらくは何が相手の琴線に触れたのかも理解できず、単純に『怒られた』という表面上の結果だけを取り上げて、涙目でアルバート王子のもとへ戻ってきて縋りつくのでした。


 それにしても随分と自由自在に流れる涙ですわね。《湖の聖霊姫(ラクス・ペンテコステ)》などと呼ばれて、水に関する魔術では当代屈指と謳われる(わたくし)でも、あれほど器用に涙を流したり止めたりしたことはありませんわ。


 妙な関心をしながら、微妙な――一瞬ですが確実に捨て置かれたことに、釈然としない――表情でキャロル男爵令嬢を受け止めるアルバート王子。


 と、いつまでも続く茶番劇に内心辟易していた私の傍らに、滑るような足取りでローレンス卿が近づいてきて、見事なボウ・アンド・スクレープを披露してくださいました。

 マナー的に男性から女性に話しかけるのは無作法。けれど無視をするのはさらに非礼ということで、あくまで紳士的に私が口を開くのを待っているのでしょう。


「御機嫌よう、ローレンス卿。こうしてご挨拶をするのは七年ぶりですわね」

 そう挨拶をすると、ローレンス卿は弾かれたように顔を上げました。


「――覚えておられたのですか?」

黒獅子(アターレオ)》というよりも主人に会えた忠犬のように、顔をほころばせて屈託のない笑顔を見せるローレンス卿。耳と尻尾があれば盛んに揺れていたことでしょう。

9/4 誤字修正しました。

9/5 多忙のため更新は翌日以降とさせていただきます。申し訳ございません。


タイトルが『終わったあと』なのに内容が伴っていないと、ふと気が付いてしまいました。

無理やりでも終わらせた方がいいか思案中です。


※五大神+α

 天空神(神々の主神で光と風を司る。エルフやドラゴン族、巨人族などが主に崇める)

 地母神(天空神の妻。大地と豊穣、生命を司る。人間が崇める女神)

 炎槌神(炎と再生破壊を司る。ドワーフが主に崇める)

 海王神(嵐と海原を司る神。一般的には畏れられている。船乗りからは絶大な信奉を集める。それと海の民からも)

 暗黒女神(闇と混乱を司る。他の神と違って一夫一妻とか教義にないので、一部カルト的に信者や隠れ教会があったりする)


※ヴェスマルク帝国=モデルはオーストリア。フランスをモデルにしたオーギュスタン王国とは水面下で犬猿の仲。

 リオーネ共和国=モデルはイタリア。共和国とは名ばかりで、実質的に共和国議長の一族が専制している。

 この三カ国を順次留学するのが身分と金のある学生のローテーション。

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