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《灰の王子》アルバート

「フィオレッ、この悪女め! 公爵令嬢としての身分をかさに着て、キャロル男爵令嬢を愚弄し、蔑ろにし、あまつさえ陰湿な嫌がらせを繰り返した貴様の悪行は筆舌に尽くし難い! 貴族としての矜持も淑女としての慎みもない貴様が我が婚約者など、名目上のものであっても汚らわしいわ!! なにが《湖の聖霊姫(ラクス・ペンテコステ)》だっ! 聖女の皮をかぶった魔女とはまさにお前のことだな!!!」


 静謐に包まれていたグラシアン大講堂に、突如として少年から青年に差し掛かった男性の罵声が響き渡りました。

 呆気にとられる新入生や在校生、教師陣、来賓の方々を尻目に、中肉中背で平凡な顔立ちの――好意的に見ればまあ中の上と言ったところでしょう――灰色がかった赤毛をした第三学年であることを示すネクタイを締めた私服姿の男子生徒が、王侯貴族としての威厳も紳士としての品格も何もなく、ただヒステリックに(わめ)き散らしています。


「ゆえにこの場で宣言しよう! この俺……いや、私、アルバート・ダライアス・バーカー・オーギュスタンは、オーギュスタン王室の名において我が父祖アーヴィン興国王とテラ・メエリタ神に誓い、フィオレ公爵令嬢との不本意な婚約を破棄し、この真の聖女にして真実の愛の誓った相手――《癒しの聖女》キャロル男爵令嬢を新たな婚約者とすることを!!」


 人間、あまりに常識外れの事態を前にすると何も反応できなくなるものです。

 そんな周囲の無反応を自分への肯定・擁護と捉えたのか、さらに居丈高に言い放つ私の婚約者(であった)この騒ぎの元凶――オーギュスタン王国の第三王子にして、本来であれば王族を代表をして今年入学したばかりの新入生に祝辞を述べるはずだったアルバート王子。

 その右腕にはピンクブロンドの小柄な女性が両手でしがみ付いています。


 入学式において生徒は等しく制服着用での出席が義務づけられる中、やたら派手で踊り子のように胸元が大きく開いた蛍光色のドレスを身にまとっていたため、何かの余興か必要な人材であるのかしら? と思ってあえて指摘しませんでしたけれど、徹頭徹尾意味不明で理解しがたいアルバート王子の宣言内容から類推して、彼女がその『《癒しの聖女》キャロル男爵令嬢』当人なのでしょう。


「……ええと……?」

 どこからどう切り出せばいいのか、あまりにもツッコミどころ(指摘する点)が多すぎて、思わず言葉に詰まりながらも私が口を開いた瞬間、

「アルバート様怖い(おじい)っ。フィオレ様がうちを超怖い(おじー)目で睨みつけちょる。きっと密かに魔術で呪い殺すつもりっす!」

 滂沱と涙をこぼしながら、キャロル男爵令嬢がアルバート王子にむしゃぶりつくのでした。

「おのれこの阿婆擦(あばず)れが! この期に及んでキャロルを害するつもりだな!? いかに王国の光り輝く太陽たる私の寵愛を喪ったからと言って、見苦しくも嫉妬に駆られて凶行をなそうとは、つくづく見下げ果てた女だ!!」

 はしたなくもしっかりとキャロル嬢を抱きしめて――コルセットで頑張って脂肪を寄せて上げている豊満な胸がぐいぐいと当たっています――鼻の下を伸ばしながら、壇上で(わたくし)を睨みつけるという器用な真似をするアルバート王子。


 途端、在校生席に座っていたエヴァを含む、ジンデル大公家に連なる生徒の何人かが無言で立ち上がって、不測の事態に対応できるよう備えるのを視界の隅で確認しつつ……ついでに血気に逸った何人かが、アルバート王子に向かって殺気と魔術の照準を合わせるのを、密かに中和して掣肘(せいちゅう)しながら、(わたくし)は改めてアルバート王子へ視線を合わせました。


 ちなみに向けられた魔術の種類は、学園内で新入学式という晴れの舞台を慮ってのことでしょう。剣呑な攻撃魔術の(たぐい)ではなく、嫌がらせのような呪術の一種です。


『三日以内に頭の毛が抜けてツルッ禿になる』

『唇がとがって一生元に戻らない』

『足からミルクを拭いた雑巾みたいな臭いがするようになる』

『両方の頬が膨れ上がって、そこに赤い渦巻き模様が浮かび上がる』

『両手の指先が蜂に刺されたかのように膨れる』

『女性に話しかけると淫語しか出てこない』


 ……放置してもいいような気がしますが、仮にも相手は王子。後々問題になっては面倒ですので、最後のお節介だと思って防御するのでした。

 本来ならアルバート王子にも、(わたくし)にとってのエヴァに該当する腹心がいて、間違った行動や問題となる点があればお(いさ)めするなり、またこのような事態になれば体を張ってでもお守りするのが役目なのですが、見たところ今日に限って姿が見えないということは……つまりは完全に見限られた(そういうことな)のでしょう。


 ともあれこの茶番に付き合って、私も言質を取られないよう言葉を選びながら謝罪しました。

「そのような意図はございませんが、ご不快であったのならばお詫び申し上げます」

 軽く腰を落として略式礼をすると、アルバート王子はあからさまに顔をしかめて吐き捨てます。

「いまさら謝罪したところで()()()()! 貴様との婚約破棄は決定事項だ!」


 まあ本来婚約というのは子供の遊びではなく家と家との契約であり、まして王族同士――アルバート王子は先ほどから『公爵』『公爵令嬢』と繰り返していますが、ジンデルは大公家ですので外戚ですが継承権も持つ王族になります(だから並んで壇上にいたわけですが)――当人同士がどう言おうと家長同士が同意しなければ意味はないのですが、先ほどの宣言で『オーギュスタン王室』の名において、『初代王アーヴィン興国王』と国教である大地母神教の崇める『テラ・メエリタ神』に宣誓しましたので、もはや誰がどうやっても撤回はできないでしょう。


 心なしか来賓で招かれていた宰相と大地母神教の大司教様が、そっくり同じいい笑顔(スマイル)を浮かべ随員に何やら指示を出している気もしますけれど、とりあえず喫緊の課題は訳の分からない断罪劇で台無しにされた新入生へのフォローですわね。


「伺った限り個人的なお話のようですので、そういったことは後程別室なり第三者がいるところなりで行うことして、まずはこの場から離れませんか、アルバート殿下?」

 そうやんわりと退去を促しますが、アルバート王子は意固地になった様子でその場に根を張って動こうとしません。

「そうやって公爵家の権力を使って誤魔化すつもりだろう! そうはいかん!! 正義は我にあり! この場で貴様の罪を明確にし罰を与えるっ! それまでは何人(なんびと)たりとも介入することを禁ずる!!」



「――《燃えカス王子》に何の権限があるんだよ?」



 どこからか聞こえてきた真っ当なボヤキ節に、弾かれたように声が聞こえてきた方を向いて、アルバート王子が顔を真っ赤にしつつ、大講堂内に集まった生徒たちを睥睨(へいげい)しました。

「誰だっ、いま言ったのはっ!? 不敬であるぞ!!」 


 その鮮やかな緋色の髪のように炎術に長じたオーギュスタン王家。病没された前王妃様の血をひかれた第一、第二王子は、多少の得手不得手はあるものの王族にふさわしい見た目と使い手であるのに対して、現王妃様の長子にして第三王子であるアルバート殿下は、まるで燃え尽きる寸前の薪のような灰色混じりの髪と、平凡な素質に努力という行動を嫌う性根からまったく結果を出せず、陰で呼ばれる渾名が《燃えカス王子》。

 それではあんまりだというので、貴族的な修辞を加えて非公式に呼ばれる二つ名が《灰の王子(プリンス・キニス)》――ですが、いずれにしても本人は激しく嫌っている呼称でした。


 そのさらに嫌っているほうのニックネームを聞こえよがしに呼ばれて、アルバート王子の激昂と取り乱しようは留まるところを知りません。


「俺だが?」

 誰しもが口を包んで嵐が通り過ぎるのを待つかと思いきや、在校生の中から四年生のネクタイを付けた、黒髪で大柄な偉丈夫が悠然と立ち上がりました。

「き、貴様か――!?!」

 3.7ゴナト(1ゴナト≒51.5㎝:約190㎝)を超える上背に、いかにも鍛え抜かれた肉体から放たれる覇気と攻撃的な魔力を前に完全に呑まれた様子で、それでも必死に虚勢を張るアルバート王子。


 どうでもいいですけれど、貴方の隣にいる『真実の愛の相手』たるキャロル男爵令嬢が、目を輝かせてゆったりと壇上へと上がってくる上級生を見つめていますわよ?


「《黒獅子(アターレオ)》セガンティーニ辺境伯子様」

 特徴的なその人物を間違うわけがありません。

 そう私が心当たりを口にすると、

「辺境伯子だと!? たかだか伯爵家ごときが王族たる私を侮蔑するか!」

 案の定、相手を知らなかったらしいアルバート王子がいきり立ちました。


 いえ、辺境伯は伯爵とは別で宮廷にあっては侯爵に準じますし(なぜ王子がこんな基本的なことを知らないのでしょう?)、何よりも隣国との国境を巡って鎬を削る最前線を任せられる武闘派中の武闘派であり、独自の自治権を持つ一大貴族の御嫡男ですから、隣国の元王女を母に持つ第一、第二王子ならともかく、()()()()法衣貴族の伯爵家が母方の実家にして第三王子である貴方の態度の方が、よほど礼を失しているのですが……。

う~~ん、何か微妙に方向性がずれているような。

あとから修正・加筆をするかもしれません。

9/2 一部加筆しました。


※1ゴナト=約51.5㎝。ヨーロッパの国々における度量法は多くの場合、「国王の膝の長さ」「国王が両手を広げた広さ」を基準にしているため、それに合わせて175㎝のアングロサクソン系の平均した膝の長さを『ゴナト』という単位にしました。

 なお、日本人の場合平均して46.7cm。

※貴族学園は基本的に13~18までの5年間、貴族としての教養を学ぶ場です。1~2年生は基本教育のために全員同一の講義を受けますが、3年次以後は将来の方向性に応じて、乗馬などの一部の合同授業以外は『経営課』『騎士課』『魔術課』『職人課』など専門分野ごとにクラス分けされます。

※同じ国でも貴族・平民・下層民では喋る言葉の訛りが違い過ぎて、貴族は下層民の言葉がほとんど理解できないのが実状でした。


9/4 アルバート王子の名を修正しました。

×アルバート・ダライアス・フェザーストン・オーギュスタン→◯アルバート・ダライアス・バーカー・オーギュスタン

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