16 悲痛なる再会
この世界にセキュリティという概念がどこまであるか不明だったが、城郭都市エイフリルの中へはすんなりと入ることができた。
敵兵が攻めてきたり、魔物が襲ってきたりしたら、門を閉じることもあるらしいが、ここ百年ほど閉じられたことがないらしい。
リトンの村とは違い、大通りの道には石畳が敷かれている。石の土台の上に、木材と土を材料にした家屋が一般的だったが、大きな建物になると、煉瓦造りの家も散見された。
露店の数は少なく、閑散とした雰囲気がある。コリムの話によると、王国軍が来るまでは、普通に露店が立ち並ぶ活気のある街だったらしい。
石畳の脇の土の上を、ジョーカーと結奈、そしてコリムの三人で歩いている。リトンはアントに預けてきた。
「ねえ? あれって本物の耳なのかな?」
結奈は小声でジョーカーに問いかける。すれ違う人の中には、明らかに獣の耳が生えている人がいた。女性の多くは顔をフードで隠しているが、フードを押し上げる耳の形は隠しきれていない。
ちなみに結奈もフードとマントを被って顔を隠していた。下手に兵士の劣情を煽ってしまうと、そのままレイプされてしまうからだ。
「俺に聞くな。そこの小僧に聞け」
「誰が小僧だよ。――って指さすな! あんた本当に商人か? 無知すぎんだろ」
文句を言いつつも、コリムが教えてくれる。彼らは獣耳族という名の人間らしい。
人間には大きく下位種族と上級種族が存在する。下位種族の中にはコリムたちヒューイをはじめ、動物の耳をもった獣耳族、もっとも美しいとされるエフルなど、雑多な人種がある。
多少個人差はあるが、基本的に上級種族と比べ身体能力が劣っている。その代わり繁殖能力が高く、純粋な個体数でいえば下位種族のほうが数は多い。
「じゃあ、獣の耳をもっているからといって、特別耳が良いわけでもないんだ?」
「いや、少しはいいよ。でも亜獣族と比べるとぜんぜんだ。下位種族の能力の差なんて、上級種族からすれば、誤差レベルでしかねえんだよ」
そんな話をして街を歩いていると、徐々にまわりの空気がピリピリしたものに変わりはじめた。人々のざわめきが、不気味な騒音となって耳に張り付いてくる。
「どうやら何かあったらしいな」
ジョーカーがどこか楽しそうに呟いた。嫌な予感が広がっていく。傍らのコリムも同じなのか、厳しい表情をしていた。
「酷えな……」
「ここまでするか?」
「子どもは竜車引きにされたそうよ」
そんな会話が漏れ聞こえてくる。間違いない、これは――。
「くそっ!」
コリムは毒づくと、そのまま民衆の流れる先へ走っていく。結奈はどうすべきか一瞬迷ったが、コリムの後を追いかけることにした。
徐々に密度が高くなっていく人の群れを掻き分けて、結奈は突き進む。不安を煽るような凄惨な話題が、嫌でも耳に入ってくる。
やがて、それが目に入った。
地面から真っ直ぐに伸びた鉄の棒。そこに三人の女性が突き刺さっていた。
「……母さん?」
悲痛に掠れた声がすぐ近くから聞こえた。いつの間にか最前列に来ていた結奈の隣に、呆然と立ち尽くすコリムの姿があった。
「この者たちは三騎士ザッハベルト様の食事を邪魔した愚民だ! 貴様らも英雄王ギルバルド様の臣民として、節度ある生き方を心得よ!」
槍を持った兵士が、声高々に宣言する。自分は絶対に正しいことをしているといった堂々たる態度。遺体に対する同情の念など、一切見えなかった。
「うわあああああああああああああああああ! 貴様ぁああああああああああ!!」
絶叫が迸る。喉が裂けんばかりの咆哮をあげたコリムが、兵士に向かって駆けだした。
だが次の瞬間、コリムは何かに躓いたかのようにバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。
「なんだ、貴様は!? 下品な声をあげるなと言ったばかりだろ!」
兵士が怒りの形相でコリムに近づいてきた。しかし、コリムも憎悪の表情で兵士を睨み返す。
「ふざけるな! この人殺し! なんで母さんを殺したぁ!」
「ああん、貴様はこの馬鹿女の息子か。どおりで馬鹿だな。さっき教えてやっただろう? ザッハベルト様の食事を邪魔したからだ。罪を犯せば罰を与える。当然のことだろう?」
まったく悪びれる様子もなく兵士が言い放つ。
「貴様ぁああああ!」
立ち上がって駆け出そうとしたコリムは、再び地面の上に倒れ込んだ。誰かに尻を蹴られたのだ。
そこでようやく結奈は気づく。最初コリムが転んだのも、誰かが足を引っかけたから。そしてその人物は容易に想像がついた。
「いやぁ、すみません。こいつはおっしゃるとおり大馬鹿ですが、母親の死体を見て気が動転しているんですよ。どうか大目に見てやってください」
ジョーカーがまるで営業マンのように、下手に出た態度で現れた。日頃の偉そうな態度は微塵も見せない。まるで別人だ。
「駄目だ! この俺に逆らうということは、ギルバルト様に逆らうも同じ。命をもって償うべきだろう」
「ふざ――」
抗議の声をあげようとしたコリムは、ジョーカーに頭を押さえつけられ、そのまま動かなくなった。気絶したのだ。
一瞬、あたりが奇妙な空気に包まれる。頭を押さえつけただけで、人が気絶するはずがない。しかし、目の前でその不思議な現象が起こっている。
まるで手品を知らない人が、初めて手品を見て戸惑っているかのような空気が流れていた。
(もしかして、あいつ――)
結奈はかろうじて想像する。おそらくコリムの頭を押さえつける瞬間、頸椎に手刀を叩き込んだのだろう。見事な早業だった。
「とりあえず、これで勘弁してください」
ジョーカーは兵士に袋を差し出した。おそらくはお金。現金など持っていなかったはずなのに、どこで手に入れたのだろう? もしかして見物人から盗んだのか?
「か、金か。ふん、タダで飲み食いできるのに、金になんの意味がある?」
ジョーカーの作り出した微妙な空気に、兵士の怒りも薄れていた。いや、どちらかといえば、ジョーカーのペースになってきている。
「元のお国に帰ったら、お金も必要でしょう。なんなら、これもお付けしますよ。甘くて美味しいお菓子です。私は商人ですが、神様に献上したこともある品です」
「神様だと!? 貴様がか? 嘘をつくな」
「食べてみればわかりますよ。この世には金があっても手に入らない物がございます」
ジョーカーが広げた包みの上には、焦げ茶色の小さな物体が数個乗っていた。まさかとは思うが、チョコレートのようだった。
「不味そうだな。……毒が入っていたりしないだろうな? まぁ、セレクテッドである俺に毒は効かないがな」
「なら、どれでもいいので、その中のひとつを私の口に放り込んでください。貴重な一品ですが、あなた様の疑念が晴れるなら必要な出費でしょう」
「ふん、まぁいい。貴様らが俺たちに刃向かうとも思えんしな」
言うや、兵士はジョーカーが差し出したチョコを口に入れた。途端に表情が一変する。
「なんだ、これは!? やけに甘いが、美味い! こんなの食べたことないぞ!」
兵士が感動している隙に、ジョーカーがちらりとこちらを見て、命令してきた。曰く、「コリムを連れて逃げろ」と。
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<次回>
村に戻ってきたジョーカーたち。誰も助けてくれない悲惨なこの世界の現状を知ります。




