第79話 挑戦
「本当に貴方の教え子は組織に逆らってばかりだ。勝手なことばっかりして。」
トウヤは薄く笑いながら屋上の落下防止用の柵に寄りかかった。
一方、カイクは目を閉じ壁にもたれた。
「お前も暗部から抜けて勝手に行動してるだろう。おまけにこの前お前を止めようとした奴ら皆殺しにしたらしいな。」
「沈没する船にしがみつく気はないよ。それにハルにあんな目を合わせたんだ。死んで償ってもらう。」
「お前は綺麗な顔してやることがエグイんだ。昔はハルに合わせてたが・・・。暗部に行ってから思う存分やってたみたいだな。」
「ハルを殺そうとしてたんだから。その罰が当たったんだ。それに組織がこんな状態じゃ、新しい新しい総裁が必要だしね。」
「お前がなるのか?」
「ええ?面倒。それともメンターする?」
カイクにとってトウヤという人間は教え子の中で一番掴み所のない霧のような存在だった。
青空のような瞳を細め笑ってみせてはいるが、心にはまるで深い闇があるかのように人とは相容れない部分があった。
育ての親といえども、いや育ての親だからこそ感じられる、戒の三人とは違う、信じてはいけないと思わせる部分を持っていた。
それはどこかカイクのもっている闇と似ていた。
「俺だって、面倒ごとはたくさんだ。」
カイクもトウヤと同じような笑みを無意識に浮かべていた。
が、ふと二人の頭が同時に左下へと動いた。
何かの気配を感じたからだった。
そしてそれを声に出したのはトウヤだった。
「鼠が入ったみたいだ。ね、メンター悪いんだけど、面倒事、頼んでいい?」
トウヤは外部から進入する何かを見つけて口を持ち上げた。
「傷・・・治ったの?」
ハルは手洗いでかけられた声に驚き顔を上げた。
鏡越しに女がいた。
「どうして・・・。ここに・・・。」
「総裁から伝言よ。」
ルイの顔は仕事用の顔になっていた。
ハルは振り返らず鏡越しに見つめる。
「Mの十五地点に来るように、って。」
そしてルイは言わずにはいられなかった。
「・・・来れば貴方、きっと殺されるわ。」
ハルがその言葉に視線を落とし、もう一度顔を上げるとルイの姿は無かった。
部屋に戻ると誰の姿もなかった。
「あれ?どこいったのかなあ?折角出かける口実考えてたのにさ。お風呂かな?」
ハルはつとめて明るく振舞いつつ、ベットサイドの机の引き出しを開け黒と白の銃、二丁を取り出した。
そして紙袋に入っていた黒服に着替え、外套をかぶった。
「頑張ってくる・・・。」
まるで願をかけるかのようにルカのネックレスを身につけ、一つしかないトウヤのローズクオーツの珠にキスをしてポケットに入れた。
傷は塞がってはいた。
けれどやはり少し足が痛んだ。
(おばちゃんに何言おう?どうしたら許してくれるかな。どうしたら昔みたいにキスしてくれるかな。)
もう一度名前を呼んで欲しかった。
(それにおばちゃんにお願いがあったんだ。)
それは幼い頃からずっとずっと願い続けてきたこと。
ずっと叶えたかったささやかな願い。
治療室の扉を開け目を上げると、黒服を着た二人が壁にもたれていた。
「二人とも・・・。何で!ソウマ!動いちゃダメだよ!話聞いてたの?」
「色っぽいお姉さんが伝えに来てくださいました。逃げろと。でもこの三人は逃げるという概念がないの徒労でしたね。それに私も寝てばかりいたから、ちょっと体を動かします。」
「俺だってよ!プリン四個食べたし、運動したいんだよ。」
「ダメだよ!私だけで・・・。」
慌ててルカとソウマの黒い外套を掴むと部屋に戻そうとした。
二人は顔を見合わせた。
「こいつ、やっぱり馬鹿だな。」
「そうですねえ。賢いと思ってたんですけど、もしかしたらルカより馬鹿かもしれません。」
ルカはハルの髪をクシャッと撫でた。
「またお前だけ行って。俺らは置いてけぼりか?四年前と同じ思いさせるのかよ。」
「え?」
それはハルが初めて知った二人の感情だった。
「あの時の後悔からそろそろ卒業させてください。今度は支えてあげます。」
ソウマはハルの肩を叩いて微笑んだ。
ハルは二人の顔を見ると俯いて涙を拭いた。
「・・・ありがとう・・・。二人とも。」
「さ、行くぜ。」
「ええ・・・行きましょう。」
二人は満面の笑みを浮かべ浅葱色の手袋をはめると歩き出した。
ハルは自分の頬を叩いて涙を袖でぬぐうと、浅葱色の手袋をつけ後を追った。
「おや、見張りですかね。」
門の前には白い制服を着た男が立っていた。
ハルは顔を上げて男に微笑みかけた。
「一生に一回くらい自分のために動くのも悪くない・・・と思う。あの時のシギみたいに。」
「そうか・・・。」
シギは無表情のまま前髪をかきあげ、背を向けた。
「さて・・・夜の見張りでも行くか。」
後ろに取り残された戒の三人は顔を見合わせて噴出した。