第69話 アヤ
「いや、すまなかったね。君にこんなことさせて。」
「何故私が・・・。」
アヤは椅子に腰掛け夫から水を受け取った。
「いやあ、シギでもあんな顔するんだな。」
ハルを抱えて戻ってきたシギは軽症の御剣の手当てをしていた医者をかっぱらい治療するように言いつけた。
民間人を許可なく治療できないといわれると家に帰れず寝泊りしていた長官をもたたき起こしてハルを治療する許可が欲しいと土下座した。
その時、彼女には既に呼吸はなく、心臓が小さく動いていたが全身が血で染まり明らかに助けることは不可能に思えた。
そして輸血が必要だとなるとシギは自分の血をつかって欲しいと申し出た。
けれど自分の血液と合わず、今度は合う人間を探し回った。
結局適合したのはソウマの見舞いに来ていたトオルだった。
トオルはすぐに手を差し出したがそれでも足りず、その母親であるアヤにお鉢が回った。
アヤは寝ているところを起こされた挙句、敵に血をやれと言われ憤慨した。
けれど、そんなアヤにもシギは頭を下げた。
こいつは救いたい人間なのだと。
自分にとって大切な人間だと。
あまりのシギの気迫に押されしぶしぶアヤは血を提供した。
アヤはコップを置いて立ち上がると扉を開けた。
集中治療室には戒の二人が寝かされており、それぞれにトオルとシギがついていた。
シギはずっと手を組んで祈っていた。
「貴方でもそんな顔するのね。」
シギはその言葉をきいて立ち上がり礼儀正しく頭を下げた。
「自分の部下より敵を救うなんて・・・。この女は王城を攻撃したの。それだけでも死罪よ・・・。あの組織の人間なんて生きてる価値はないの。」
「お母様止めて!」
トオルが叫んだ。
その声でソウマの手が少し動いた。
「え?・・・ソウマさん?」
トオルが呼びかけるとソウマは手を握り返した。
少し目が開いていた。
「・・・トオル・・・さん?」
小さな小さな声だった。
けれどトオルは涙をこぼしながらその胸にしがみついた。
「ソウマさあああん!」
シギは無表情でソウマを覗き込んだ。
「気が付いたのか?」
「シギ・・・。ここ・・・。」
「神の御剣だ。」
ソウマは目だけをしばらく動かしていたが自分の隣に横たわるハルを見て息を呑んだ。
シギはハルについては何も言わなかった。
「トオル様はお前に付き添って一週間ずっとそこにおられた。感謝しろ。」
「いっしゅう・・・?」
ソウマはそれほどの時間が経ったことに驚きつつも、自分の胸で泣く女の髪を撫でようとした。
「!」
けれど撫でようとした手はもうあるべき場所になかった。
ソウマは少し言葉に詰まったが、口元を緩めてトオルの名を呼んだ。
顔を上げたトオルはソウマの顔を見て微笑んだ。
それは作った笑顔なく、もう一度ソウマと触れ合えた喜びからでた笑顔だった。
「あなたがそばに・・・いてくれて。」
ソウマは一度呼吸を整えた。
「しあわせ・・・です。」
「私も、貴方がいてくれて幸せです。」
トオルはそう言ってソウマの頬を撫でた。




