第55話 二人きり
「あ、猫っ毛、今でも変わらないんだ。可愛い。」
「何だよ。可愛いって。」
「だって、トウヤはカッコイイし、可愛いし、綺麗だし・・・。ああ・・・万能。」
「万能って・・・。」
「ねえ、ねえ。」
同じ外套にくるまりながらハルはトウヤにもたれた。
「何?」
「ずっと私を追ってたのってトウヤ?」
「・・・ああ、俺。ハルを殺すために。」
「え・・・?」
トウヤの目に一瞬殺気が宿った気がして、ハルの背筋は一気に冷たくなった。
「総裁の命令だったからね。」
「じゃあ私、・・・殺されるの?トウヤに?」
それでもいいかもしれないと一瞬考えた。
トウヤの手にかかって死ぬのなら本望かもしれなかった。
けれどトウヤの手が首にかかった瞬間、幸せで、舞い上がっていた気持ちが一瞬にして地獄に突き落とされた。
ハルはただトウヤの顔を見つめていた。
ずっと探していた人。
今も優しげに微笑みながらハルの上に乗り、首に右手をかけ軽く絞める。
「ト・・・ウヤ・・・。」
「なあんちゃって。びっくりした?ちょっと意地悪だったかな。」
「え・・・?」
「俺がハル殺すわけないじゃん!総裁かハルどっちが大切かって言われたらもちろんハルだし。それとも、本当に殺すと思った?」
トウヤは目を細めてハルに口付ける。
ハルはそれでもトウヤの顔を見つめていた。
「ついでに言うならシギに手裏剣投げたのも俺。あいつがハルに触れるなんて考えただけでもあいつ殺してやりたい。で、写真メンターに渡したのも俺。これ以上ハルとあいつと一緒にいたら危険だったしさ。」
「アレ、シギ狙ってたの?そっか。いつもいてくれたんだ・・・。ありがとう。」
ハル警戒を解き、トウヤから目を離すと肌をくっつけた。
トウヤが微笑み肩に口付けるとしばらく嬉しそうにお互い見つめ合っていた。そしてハルは再び尋ねた。
「ねえ、ねえ、ここ何処?」
「ここは王都から三キロほど離れた森だよ。」
「これからどうするの?」
「どうしたい?」
聞き返されるとは思っていなかった。トウヤなら答えをくれると思っていた。ハルはトウヤの顔をじっと見た。
「逃げたら組織に追いかけられる?」
「逃げたい?」
「・・・皆と一緒に行ければ、逃げたい。」
「皆って?」
「ルカとソウマと。一回王都に戻っちゃダメかな?危ないかな?」
トウヤ自身も状況を知りたくはあった。
あの夜組織の目を盗み、直接ここに来た。
そのせいで王都の様子は分からなかった。
「ダメ?」
ハルはトウヤの顔を心配そうに覗き込んだ。
「・・・ハルの怪我がもう少しよくなってから。それに折角浮気者のハルを独り占めできてるんだしゆっくりしたいんだ。」
ハルは言葉を聞いて顔を顰めた。
「だから・・・独り言だってあれ。」
「ちゃんと聞いてたよ。いつも俺の『墓』の前でしゃべってたの。」
「え?」
「いっつもハルが俺の墓、撫でながらしゃべってたの聞いてた。あと公園での降霊とか。」
「だったら姿見せてよ!」
ハルはトウヤの腕に噛み付いた。
「いてて・・・堪えられなくて側に行こうとしたこともあるよ。でもハル気付かないし。」
ハルは噛むのをやめて口を尖らせる。
「ちゃんと心の中では言葉を返してた。」
「じゃ、・・・いいや。許してあげよう。仕方ない。」
ハルはトウヤの腕に自分の腕に絡ませると満足そうに微笑んだ。