第35話 掟は掟
誰一人、目をあわさなかった。
いや、合わせることができなかった。
(また自分で壊した。)
ハルは顔を覆っていた。
(自分の大切な居場所。また失くした・・・。)
前を歩く二人の背中がとても遠く感じた。
(シギにあったのは私のせいじゃない。・・・でも殺さなかったのは自分の甘さのせい。殺せなかった・・・。)
どこかでまた一緒に笑えるかもしれないと願ってしまった自分の甘さがまた優しい二人を苦しめた。
「馬鹿が・・・。」
メンターは小さく呟いた。
「ごめんなさい・・・。きっと。トウヤにもすごく怒られるね。」
「ああ、きっとな。口もききたくないだろうな。」
「そんなの悲しいな。」
ハルは自嘲的に呟き返した。
処刑会場に最後に着いたのは戒のようだった。
中央には静のミツと彼氏だと笑っていた男。
そして残された静の二人は取り巻きの後ろで必死に涙をこらえていた。
処刑されるミツはただ目を閉じていた。
表情のない暗部、死に興味を待たない退屈そうな構成員、これから起こる惨劇を恐怖と緊張の面持ちで待つ訓練生が囲む中微動だにせず時を待っていた。
いつものように黒い外套に白い面の男が三人現れ罪状を述べ始めた。
「この男は神の御剣と通じ、あろうことか構成員の顔写真入りの資料を複製し、今後の我々の崇高な計画の資料と共に相手に渡した。自分が組織から逃げることを見返りに。」
その途端、部屋中で爆発するように話し声が聞こえた。
いつもとは処刑の内容が格段に違った。
「おいおい、神の御剣に顔がばれたってことか?」
「任務はどうなる。」
真ん中の暗部が手を上げた。
また静寂に包まれた。
「資料は暗部で取り戻したが情報が流れた。向こうにはここも把握された。ことを起こすしかない。」
再び騒然となった。
「今日、この者を始末しだい我々は崇高な任務のために動くとしよう!」
各構成員の頭の中ではこれからの予定が組み立てられたに違いない。
けれど、ハルと静の二人はそれよりも真ん中の男をどうすれば救えるかをずっと考えていた。
「掟は掟!」
再びその言葉が静寂を作った。
まず捕らえられ逆さに吊るされていた神の御剣の男に魔法で火がつけられた。
男の絶叫が部屋に響く。
けれど静の男は一度も目を開くことはなかった。
そして悲鳴が止むとかけられた鎖が徐々にを引いてゆく。
部屋にルイの小さな悲鳴が聞こえた。
けれど、すぐにミツの苦しそうな悲鳴が漏れ、最後には絶叫と何かが千切れる鈍い音と共に目の前で四肢が散った。
皆が去り暗部がごみのように遺体を扱おうとするのをルイが止めた。
「お願いです・・・。埋めさせてください。」
暗部は何も言わず消えた。
ハルもルイの隣で千切れた右手を拾った。
「貴方も・・・泣いてくれるの?」
ハルの目からは涙が零れていた。
(私のせいだ・・・。私が暗部に監視されてたのにあの人をつけたから。)
「君もこれから任務だろ?行きなさい。」
コウだった。
ハルは血に塗れた自分の手に視線を落とした後、静かに頷きそこを後にした。