第29話 日の終わり
気持ちの整理など何も出来なかった。
混乱した。
何故ルカにキスをされるのか。
ルカがどうしてあんなに険しい顔をしたのか。
「トウヤ・・・。」
自然と足が向いて墓の前にいた。
「シギにキスされた。最悪だよ。ルカにもキスされた・・・。でも・・・でも・・・びっくりたけど・・・びっくりしたんだけど・・・。」
(わかんない。いやじゃないかもしれない。)
「何だろ・・・、なんか恥ずかしい・・・。ごめんね。トウヤに変な話しちゃって。でも、しばらくルカの顔見られないよ・・・。」
ハルはそう呟くと墓の隣で目を閉じた。
「気味が悪い。この家に敵がいたなんて。」
鷹紋家ではアヤがトオルの妹を抱きしめながらシギに怒鳴っていた。
「また敵を逃すなんて。貴方はどうなっているの?国に仕える気はあるの?」
「まあ、アヤ。彼がいたおかげで大した被害も出なかった。」
「まさか、あの二人が組織の人間だなんて。」
アヤはルカとハルの顔を思い出していた。
「人の善意につけ込むなんて許せないわ。あなたはあの二人を確実に殺しなさい。組織の人間なんて一人も生かしておくものですか。」
「アヤ、君はあの組織に思い入れがありすぎる。落ち着きなさい。」
夫にたしなめられて妻は一つ息を吐いた。
「しかしトオルは何をしてるんだ?こんな騒ぎだというのに。」
「さっき、ご様子を見に行ったときは窓からただ外を見ておられました。」
執事の言葉にアヤは口を挟んだ。
「あの子、今になって結婚を待ってほしいだなんて・・・。」
「そんなことを言っているのか?」
「ええ。」
「なら少し待ってやったらどうだ。」
常に温厚な夫。
どんなことにでも包容力があり優しい夫。
だから結婚したが今はアヤにとって不満で一杯だった。
娘の縁談も早く勧めておかないと正妃になれないかもしれない。
そうなれば、家の力は衰えてしまう。
せっかくこの家の私兵を寄付し国の超一流機関にまで成長させたのに、あの組織にすべて壊されてしまうかもしれない。
ひょっとすると第三者にこの座を持ってゆかれるかもしれない。
焦りが夫への苛立ちに変化した。
「それでは遅いんです!」
「君だって好きな男と結婚したいと願ったことはあるだろう。」
「今はしなくて良かったと思っています。」
「はあ、何を言っても君には言い負かされてしまうな。シギ。上で酒でも飲もう。付き合ってくれ。」
「は。」
シギは頭を下げて共に部屋を後にした。階段を上りながら長官が尋ねた。
「お前の幸せとは何だ?言ってみろ。」
「組織を壊滅させることです。」
シギはなんら迷いなく答えた。
その目には光さえ宿っていた。
「そうか・・・。」
長官はその言葉を聴いて嬉しそうに微笑むと、唯一心の休まる自室の扉を開けた。