第25話 人目を忍ぶ
憂鬱な昼下がりだった。
トオルはずっとソウマと話をした詩集に目を落としつつ、ソウマに思いをはせていた。
詩集を読めば読むほどソウマという男の顔や匂いや優しさが思い返された。
自分の体が熱くなり苦しくなった。
「ソウマさん・・・。」
名を呼ぶと更に恋しくなった。
そのまま本を閉じて立ち上がり窓に目を遣ったその時、トオルは窓の外に立っていた人間に初めて気がつき慌てて窓を開いた。
「ソウマさん!どうしてここに。」
「貴方に会いたくて忍んできてしまいました。昨日貴方と離れてからというもの貴方のことしか考えられなくて。」
トオルはテラスに立っていた男を見て目を潤ませた。
「貴方が昨日別れ際にこの部屋だとおっしゃっていたのでずっと貴方の姿を探したのですが・・・。」
「ソウマさん・・・。あ!人に見つかっては大変!早くお入りになって!」
「ってかさあ、くせえなあ。俺、あんなの絶対言えねえ。」
「でも、女の子なんだからあれくらい言ってもらってもいいとおもうなあ。」
「ふ〜ん。」
テラスの側に生えている木の真下の植え込みに身を隠していた二人は組織で開発された超小型の盗聴器から聞こえてくる言葉に顔を見合わせた。
「ねえ、ルカ?」
「ん?眠いのか?」
「うんん。今日薬飲んでないよ。だから少しだけ、しっかりしてる。」
「薬をやめた?何があった?」
「最近私つけられてる?薬飲んでると分からなかった・・・。」
「・・・おう。・・・でも心配すんな。」
ルカは強張った顔で少しハルから顔を反らし手を握った。
「お前は俺が守ってやるって。」
「ありがとう。あと、あの・・・ね。昨日ね・・・。」
けれどシギに会ったとは言えなかった。
そういえばどうなるかは分からなかった。
「どうした?」
「うんん。やっぱりいいや。さ、ソウマの方に集中しよ?」
(やっぱりつけられたんだ。ルカやシギは気づいてたのに・・・。でも、何で私がつけられてるの?何で?見張られてるの?私、殺されるの?引き裂かれるの?)
気持ち悪さと不安で眩暈が起こり、体が奥から揺れる気がした。
慌ててルカの手をギュッと握る。
「ハル?」
(薬飲んでくればよかったかな。)
「気持ち・・・悪い。」
「は?薬は?」
「持って・・・ない・・・。」
「持って来いよ!」
耳鳴りと共に目の前が真っ暗になって力が入らなくなった。
「しかたねえなあ。」
ルカはハルを抱えると塀を越え、何かに気がつき門の前で足止めた。
正門では馬車が一台止まり執事が中の貴人を出迎えていた。
「すいません。」
ルカの言葉を聞いて執事と貴人が顔を上げた。執事がルカへと寄ってゆく。
「どうなされた?」
「気分が悪くなったみたいで、良かったらちょっと庭の日陰ででも休ませていただけませんか?」
「入れて差し上げて。」
「奥様。」
思い通りの返答にルカが顔を上げ、執事が頭を下げる。
「ありがとう・・・ございます・・・。」
一瞬後、ルカは女の顔に見とれていた。栗色のつぶらな目に白い肌。きっと二十代でも通る容姿。
けれども若者にはない風格と凛とした空気。
誰かに似てる・・・そう思ったが確信にはいたらなかった。
「あの綺麗な人、ここの人ですか?」
「ああ、アヤ様だ。綺麗な方だろう?」
ハルの様子を見に来た執事は自慢げにルカの質問に答えた。
「へえ。」