珍妙な慣習
「おい、これは、どういうことなんだ!?」
バーンは肩を怒らせ、すごんだ。
「どうって…… オクトハーブの港に入る前には、いつものことだけどねえ……」
水夫たちは、そう言ってうなずき合った。豚や牛等々を殺して水中に投げ入れ運河と湖の神に祈るのは、オクトハーブ自由市の港に入る際の慣習的な行為であり、そうしなければ、神罰によって運河に食われてしまうという言い伝えがあるとのこと。
「ほお、珍妙な慣習ですな。要は、豚や牛が贄というわけですな」
サイラスはフムフムと首を縦に振り、自分の頭の中で納得している様子。
「おかしい、おかしいだろう! どうしてそんな無駄なこと、無意味なことを!」
しかし、バーンはなおも感情を高ぶらせていた。ただ、バーンに動物愛護の精神があるわけではない。単に、水夫たちの行為により仰天させられた(范蠡の奇策に驚かされた呉の兵士ほどではないにせよ)ことが、どうしても許せず、腹を立てているだけである。
「まあまあ、バーン、興奮しないで。ここは、『郷に入っては郷に従え』だよ」
「なっ、何が『郷に入っては……』だ! こんな非合理な風習、モンスターの方がマシだ。そうだ、モンスター、混沌のモンスターに違いない!」
エディがなだめようとしているが、バーンの興奮は治まらない。ますますいきり立ち、わけの分からないことを怒鳴り散らしている。
「おい、神官、こんなやつ、放っておけ。先に行こうぜ。すぐに暗くなっちまうぞ」
船が着岸したところで、チャーリーは大きな木箱(配達物)を抱えて言った。時刻は夕方、辺りは少し薄暗くなっている。もうしばらくすれば、完全に日が落ちるだろう。
「モンスターだ、混沌のモンスターが湖に隠れているんだ! そうだ、そうに違いない。湖に棲む混沌のモンスターが、住民を苦しめているんだ」
「ねえ、バーン、モンスターは分かったから、また今度、やっつけましょう。それよりも今は、今夜の宿を探さないと。まさか、野宿するわけにはいかないわ」
なおも怒りが治まらないバーンを、マリーナが静めようとしていた。どうにも手に負えなくなったバーンの神経を落ち着かせるのは、基本的にはマリーナの役割である。
ともあれ……
どうにかバーンたち一行は港で船を降り、その日の宿を探すこととなった。
「モンスターだ、混沌のモンスターに決まっている! 混沌のモンスターをやっつけて、町の人々を解放しなければならない。それが我々の使命だ!!」
バーンはマリーナになだめられながら、しつこくモンスターを繰り返している。実は、バーンは幼少の頃、ゴブリン、ホブゴブリン、オーク等々の混沌のモンスターにより、(自分以外の)家族を皆殺しにされたという、悲劇的な過去を持っている。「混沌」及び「モンスター」に対して過敏になるのは、無理からぬこともあろう。
「ちっ、この、モンスター基地外が!」
チャーリーが吐き捨てるように言った。もちろん、バーンにも、他のメンバーにも聞こえないように。