別離
愛の住んでいるアパートに着き、ドアの前で立ち止まり一度大きく深呼吸をし、気持ちを整えた。
それからチャイムを鳴らした。
愛はすぐに出てきて、引きつった笑顔で
「どうぞ、あがって」
と、僕を部屋に促した。
たまに来た時に座るテレビが斜め向かいにある位置に僕はあぐらをかいた。
愛も玄関から部屋へと戻り、
「今、コーヒー入れるね」
そう言ったが、僕は、
「いや、いらない。君の分だけでいいよ」
すると、彼女は黙ってしまい、うつむいた。
そして、僕の方にやって来て不意に、
「抱いて下さい…」
そう呟きながらしゃがみ僕の顔をマジマジと見つめた。
「き、君って奴は…」
愛は僕が何を言いたいのかわかっているように感じた。
突如、服を脱ぎ始めた愛に僕は怒鳴りつけた。
「やめろ!いい加減にしてくれ!!」
半ば意地を張って脱いでいるように思ったので、再度、
「僕は、君を抱きに来たわけじゃない!別れを告げに来たんだ!!」
すると愛は動きを止め、脱ぐのをやめた。
「…どうして…?どうしてそうなるの…?」
今度は目に涙をいっぱいに浮かべながらこちらを睨んだ。
「僕、思ったんだ、何が一番大切かってことが。それは…、それは愛じゃない!…妻だ」
「それなら…、それなら最初から優しくしないでよ…!」
愛は声を震わせながらそう言った。
「すまん…」
「すまんじゃないわよ!」
と、言いながら沸騰したお湯の入ったやかんをこちらに投げてきた。
それをかわし、後ろでこぼれた熱湯がもうもうと湯気を上げているのが見えた。
「僕にも落ち度はある。でも…でも、もう決めたんだ。愛とは別れるって…!」
「そんな…、そんな勝手な話しってないじゃない……」
そう言いながら愛は脱力したのか、へなへなと座り込んでしまった。
そして、
「わかったわよ…。別れればいいんでしょ…!私もこんな男を愛してしまったのが大きな間違いだった…」
僕は立ち上がり、帰ろうとした時、
「私の前には二度と顔を出さないで!!あなたが身を引いて店を辞めてよね!」
僕は心の中で、らちがあかない、と思い鼻をふんっと、鳴らして部屋を出た。
辞めるのは僕じゃない、愛の方だ、と思いながら車を走らせた。
翌日、野澤愛は出社しなかった。




