亡国の姫君と戦闘訓練
8月12日 本文中に追加の記述をしました。ストーリーも少々変更しています。
シルヴィ達と一緒に来た女性に連れられ、慎吾達は薄暗い部屋から近くの建物の一室へと移動していた。
柱や壁、中の調度品に至るまで白に統一されており、質素ながらも厳かな雰囲気である。
ちなみに、シルヴィとヴルは今は居ない。
人の姿になるのに力を使ったので、今は姿を消して休んでいるのだ。
「勇者様とそのご一行様には、急な召喚で混乱を来してしまいました。申し訳ございません」
慎吾達をこの部屋に案内してきた女性は、そういって四人に頭を下げてきた。
勇者というのは、恐らく勝間の事だろう。
「謝罪はともかく、聞きたいことがある。1つ、ここはどこだ?2つ、あんたは誰だ?3つ、勇者ってのはどういう事だ?」
不安の残る勝間と海香の2人の代わりに、慎吾は目の前に座る女性へ質問した。
「順番に答えていきましょう。まず、ここはあなた方が居た世界とは違う世界『ミールヘイム』です。そして私はミールヘイムの一国、『聖国リックハーン』の元第3王女。名をティルキア・ラ・リックハーンと申します」
「「お、王女さま!?」」
女性ーー王女の名乗りに、勝間と海香が驚きの声をあげる。
慌てて背筋を伸ばす2人に、王女は軽く笑う。
「フフフ。お2人とも、今は身分など関係ありませんよ。どうぞ気楽になさってください。それにしてもーー」
と、王女は慎吾の方を向くと、首を捻る。
「貴方は、私が王女だと言っても驚きませんね?」
「ま、多少は驚きましたけどね。部屋の雰囲気なんかで、何となく予想はついてました」
そう言って肩を竦める。
「フフフ…。敬語も必要ありませんよ、と言う必要もないのでしょ?あなたではなく、『ティル』と呼んでください」
「あなーーティルの方から許して貰った方が、色々と面倒が少なくて済むからな」
笑うティルキアに、慎吾も口の端を吊り上げる。
「なぁ慎吾、どう言うことだ?」
「すぐに分かるさ。多分、3つ目の質問の答えと関係ある話だ」
訳が分からないと言いたいような勝間と海香に笑いかけながら、ティルキアに向き直る。
「そうだろ?」
「貴方には、何もかもお見通しですか・・・」
「流石に、何もかもってわけじゃない。でも、さっき『元』第3王女って言ってたからな」
溜め息混じりに呟くティルキアに対し、慎吾は首を横に振りながらネタばらしをする。
「そうでしたね・・・。名乗った通り、私は既に王女ではありません」
それを見て、ティルキアは目を伏せながら話を始める。
「正確には、この世界にはリックハーンと言う国は既に存在しません」
「え?それって、どういう・・・」
ティルキアの口から出た真実に、勝間と海香の顔に驚愕と哀れみの表情が浮かぶ。
「2年前、リックハーンは大量の魔物の襲撃を受けました。私は隣国に出向いていたので巻き込まれずに済みましたが、国王である父と王女である姉達は・・・」
「そう…か」
慎吾の口から、思わず呟きが漏れる。
その時、様子見に徹していたエレイナが口を開く。
「で、私達の役目は何なのだ?その魔物共の大将、例えば魔王なんかを倒せば良いのか?」
「あ。い、いえ。魔王は現在、封印されているので特に問題ないはずです」
「はず?」
少々過激なエレイナの言葉に対する返答に疑問を感じた慎吾は、ティルキアに聞き直す。
「はい。魔王は先代の勇者の健闘によって、封印されています。最低でも、後50年は大丈夫だと言われているのですが・・・」
「もしかして、魔物の被害が減らないとか?」
「は、はい。そうなんです」
ティルキアの言葉の後を継ぐように重ねられた慎吾の言葉に、周りから疑問の目が向けられる。
「魔王が封印されたのに、勇者が召喚された理由。人間同士の争い云々を除けば、それは2つある」
言葉に合わせるように、慎吾は指を2本立てた。
「1つ、魔王が復活した。2つ、魔王以外の要因で何かしらの異常があった。ここまでは、分かるな?」
慎吾の確認に、全員が頷く。
「封印を施したのは、専門家だろう。それに、異変があったらすぐに封印の様子を見に行ってるはずだ。それこそ、先代の勇者って奴と軍隊でも連れてな」
「残念ながら、先代の勇者は魔王から受けた傷のせいで闘えなくなっています。それでも、封印の賢者が1万の軍隊を連れて封印の場所へ向かいました」
慎吾の言葉に、ティルキアが補足をした。
「だが、封印に異常は見られなかった・・・と」
「はい」
ティルキアが頷くのを見て、慎吾が話を続ける。
「まあ、そこまでは大体分かってた。となると、もう1つの可能性だ」
そう言って、慎吾は立てた2本の指の内1本を折った。
「魔王以外の要因って言っても、そこから繋がる異常は1つしかない」
「魔物の増大・・・か」
慎吾の言葉を受けたエレイナの言葉に、慎吾は頷いた。
慎吾が確認のためにティルキアの方へと顔を向けると、ティルキアはその通りと言うように頷く。
「もしも第2、第3の魔王が現れたのならば、私達では太刀打ち出来ません。そこで、召喚の姫巫女である私が皆様を呼んだということなのです」
「なら、それを調査していくのが俺達の役目って訳か」
「はい。念のため、早めに召喚をさせていただきました」
慎吾の言葉に、ティルキアが頷く。
「っと、大事な事を聞くの忘れてた」
そこで、勝間が声をあげた。
「正直に答えてくれ。・・・俺達は、元の世界に帰れるのか?」
真剣な顔の勝間の質問に、全員がティルキアの方を向く。
「そ、それは・・・」
言い淀むティルキアに、勝間は溜め息をつく。
「無理・・・なのか・・・?」
「え?あ、いえ。そういう訳じゃないです。ちゃんと、帰ることは出来ますよ」
落ち込んだような雰囲気に、ティルキアが慌てて取り繕う。
「え?じゃあ、なんでさっき・・・」
「魔方陣自体は、往復用に作られています。ただ、帰りの時用の呪文を書いた紙は現在、リックハーンの王城にあるのです」
疑う海香に、ティルキアが事細かに説明をする。
「じゃあ、それを取り戻せば元の世界に帰れるの!?」
「はい、帰れますよ。その点に関しては、責任を持ちます」
帰れると断言するティルキアに、勝間と海香は跳ぶように喜ぶ。
「では、皆さん。明日から戦闘の訓練を行います。今日は疲れていると思いますので、ゆっくり休んでください」
と何気に恐ろしい事をティルキアが口にするが、勝間と海香の耳には入っていない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お前達の訓練の監督をすることになった、元リックハーン騎士団第1部隊隊長のリーラ・ソフィールだ」
召喚から一夜明け、慎吾達は建物の外の広場に居た。
目の前には、背の高い女性が立っている。
「お前達には今日から、魔物と闘うために訓練を行って貰う。・・・どうした、ツルギ・シンゴ?」
リーラに名指しされ、手を挙げていた慎吾が立ち上がる。
「いえ、俺とエリーは前の世界で実戦経験があります。なので、基礎的な部分は勝間と海香だけにしてもらえないかなぁと」
「ん?お前達、同じ世界から来たのではないのか?確か、勇者の世界は魔物は居ないと聞いていたのだが・・・」
慎吾の言葉に、リーラは首を捻る。
それを見て、慎吾は己の失敗を悟り頭を抱えた。
「あー・・・しまった。ティルに俺とエリーはリーンヘイムから来たって言うの忘れてた・・・」
「何やら事情が有りそうだが、実戦経験があると言うのなら2人は実戦訓練からやろうか」
そう言ってリーラは近くの建物へと入っていき、4人がそれに続く。
入った先は、競技場のようになってた。
中央に土がむき出しの空間があり、その両側には柵で閉じられた通路が続いている。
「ここは元々、兵士の鍛練に使われていた場所だ。今は、鹵穫に成功した魔物たちとの戦闘ができるようになっている」
「へぇ。中々に便利だな」
「お前達には、ここで魔物との戦闘を行ってもらう」
そう言って、リーラは両側にある中央より高くなっている場所へ歩いていった。
「お前達の強さを知りたいので、見学させてもらう。ショウマとミカも、来ると良い」
リーラの言葉に、勝間と海香もそちらへ向かう。
「そろそろ来るぞ、覚悟しろよ」
慎吾とエレイナの居る場所を見下ろすような所に座ったリーラの言葉と同時に、慎吾達とは向かい側の柵が上がる。
「ゴブリン・・・か」
出てきたのは、緑色の肌をした子供の程の魔物だ。
ねじくれた鼻が特徴的な顔は、リーンヘイムでも有名な魔物である。
どうやら、魔物の姿はリーンヘイムと変わらないようだ。
1体だけでなくそのあとから2体追加され、合計3体が通路から出てきた。
「無理だと思ったら、大声で叫べ!お前達に死なれたら、元も子も無いからな!」
リーラの声に、慎吾は緊張が混ざっているのを感じとる。
「アイツは、殺しても大丈夫なんですか?」
対して、慎吾は緊張感の欠片もない声で質問した。
「あ、ああ、問題ない」
「だってさ。どっちから行く?」
「じゃあ、私から行こう」
リーラの了承を得て、慎吾はエレイナに目を向ける。
エレイナは一歩前に出て、指を鳴らして小さく唱えた。
「ウェイクアップ」
瞬間、エレイナの体が光に包まれる。
それが収まった後には、剣を持ち鉄の鎧を纏ったエレイナの姿があった。
(ま、流石に本気は出さないよな・・・)
慎吾はそう思いながら、邪魔にならないよう壁際まで下がった。
「さてと、では・・・」
剣をだらりと下げたまま、エレイナが呟く。
「行くか」
次の瞬間、エレイナの体が霞んだように消える。
「「・・・は?」」
勝間と海香の間の抜けた声を尻目に、エレイナは再び元の場所に現れる。
『グギャッ』
それと同時に、ゴブリンの胴から緑色の体液が撒き散らされる。
「ま、まさか、あの一瞬で斬ったと言うのか?」
リーラの驚く声が聞こえる。
「わざわざ、1体づつ斬ったんだな」
「まぁな」
そんな外野の反応を他所に、慎吾はエレイナと手を打ち合わせる。
「リーラさん。次は俺が行くから、準備して欲しいんだけど。」
「あ、ああ。わかった。ちょっとーー」
「た、大変です!」
気の抜けた慎吾の声に固まっていたリーラが次の魔物を出そうとしていた時、大慌てで1人の兵士が駆けてきた。
「どうした?何があった!」
リーラが大声で応対すると、兵士はリーラの前で姿勢を正して報告をした。
「オ、オーガが!オーガが5体、部屋から逃げ出しました!出入口は閉鎖しましたが、この闘技場に向かっています!」
「な、何!?おい!シンゴ、エレイナ!早くこっちに登ってーー」
「もう、遅いみたいですよ」
リーラが慌てて慎吾達を退避させようと叫んだ時、向かい側の柵を破壊して青色の肌をした魔物が入ってきた。
体長は2メートルを越え、手足は丸太のように太い。
「クソっ。お前達!オーガに追い付かれる前に、さっさと上がってこい!」
「今俺達が上がったら、オーガもそっちに行きますよ?」
叫ぶリーラにそう答えながら、慎吾は1歩オーガへと近付いた。
「お、おい!何してるんだ!」
「何って、倒すんですよ。このまま放っておくわけにいかないでしょ?」
そう言って慎吾は魔力を軽く解放し、使う魔法を考える。
(勝間達が居ることも考えると、火で焼くのは刺激が強すぎるか・・・)
「よし、これで良いか」
軽く頷いた慎吾は、両手を前に突き出す。
「『エアロスラスト』」
慎吾が呟くように唱えると、その前に緑色に輝く魔方陣が現れた。
「シルヴィ達には、頼まないんだな?」
「こんな連中相手に、あいつら呼んでもな・・・」
エレイナの言葉のに、慎吾は苦笑いしながら答える。
シルヴィやヴルに頼んで魔法を使うと、天変地異に近いレベルのものになってしまう。
100体居るならともかく、5体しかいないオーガ相手には明らかにオーバーキルだ。
「行け」
慎吾がオーガの方を指差しながら呟くと、魔方陣から見えない何がオーガへと飛んで行く。
『ッッーー』
オーガは鳴き声をあげることも出来ずに、細切れになった。
慎吾はそれを最後まで見ることなく、リーラへと向く。
「これで、大丈夫ですよね?」
「あ、ああ。大丈夫だ・・・」
リーラは茫然としながら、勝間達と一緒に慎吾達の元へと降りてくる。
「しかし、あのオーガを一瞬とは・・・。お前達、何者だ?」
「何者だって言われても・・・。なあ?」
リーラの質問に、慎吾とエレイナは顔を見合わせる。
「異世界の勇者と」
「精霊使いですよ」
こうして、慎吾とエレイナの異世界初の戦闘は幕を閉じた。
海香「エレイナさんって、強くて背が高いし細いよね。良いな~」
エレイナ「な、何なのだろう…。誉められているなずなのに、素直に喜べない…」
海「え?なんで?良い事じゃん!」
慎吾「直訳すると、男勝りで胸が無いって言われてるようなものだものな…」
エ「シンゴ。後で覚えていろ…」ゴゴゴ…
慎「ご、ごめんなさい!」ダッッッ
海「ねぇ、何の事?」
勝間「無邪気って怖いなぁ…」
今回は王女に女隊長と、新しく出た人が女性しかいない…。別に、意図した訳じゃないですよ?
さらに、主人公の強さがはっきりしました。前に出たエレイナさんとの比較で、主人公の強さが際立っています。実際は、二人はそれほど差がない設定です。
それはさておき、次回から勇者が頑張ります!
そして、主人公達が街に出ます。
では、また次回。