事例 1
――ああ、そう言えばこんなことがありました。
あれは確か、私がお店を初めたばかりの事でしたかね。
そのころ私は趣味がこうじた勢いで始めたこのお店を何とかやりくりできるようになったばかりでして、まだまだ未熟が多かったのを覚えています。
だからと言う訳ではありませんが、急にいらっしゃったそのお客様とのコミュニケーションにも大層手間取りまして……。
何でもその方は猟を生業としている方らしく、粗末なお召し物で私のお店に現れたかと思うと、混乱したのかいきなりあばれだしまして……。
口下手なその方を押さえつけ落ち着かせた後、身振り手振りその他諸々を用いてなんとかかんとか説明し、このお店の趣旨を理解していただきました。
このお店の内装が物珍しかったのか終始きょろきょろしていたその方でしたが、やはりこのお店に辿り着いただけあってしっかりと自信を欲していたのです。
その方の言いたいことをわかりやすく言葉にすると、何でも『自分は狩りになると緊張してしまい、練習通りの動きができない。このままじゃ愛するあの人に求婚できない……』とのことで。
どうやら、その方達の価値観では、『大きな獲物をとれる者がモテる』ようでして……。
その方、狩猟の道具を作るのはうまかったらしく、仲間内から信頼はされていたそうですが、その性格ゆえ、女性からの人気はあまりなかったようです。
まあ、私が見た限りその方の体格は上々でしたし、やろうと思えば人一倍の活躍が可能だということは明白でした。
足りないのは、ここぞという時の勇気、とでも言うものでした。
そうとわかれば自信を商う私の出番です。
さっそく在庫を調べ上げ、その方の希望に沿うような『自信』を探します。
けれども、さすがに『狩猟の際の自信』等という物は、生憎とその当時なかったのです。
――ああ、今はもちろん取り揃えております。
むしろ、そろそろ獲物別に分類してしまおうかと思えるほどに豊富です。
まあ、失敗から学べないようではこのような商売などやっていられませんからねぇ……。
……ああ、話を戻しましょうか。
その方の希望する自信が揃えられないという失敗は、当時の私にとって初めての挫折となりました。
それまでは運よくお客様の希望する自信が在庫として揃っていただけだったのですが、当時の私は未熟でして、それを実力だと勘違いし、慢心していたのです。
それを打ち砕いてくれたその方には、感謝のしようもありませんね。
……まあ、当時は『面倒な希望を出しやがって……!』と憤慨していたのですが、若気の至りだとお聞き流しください。
ともあれ、希望する自信が見つからない以上、そのお方には事情を説明して帰っていただかなくてはなりません。
お客様を無意味にお待たせするわけにはまいりませんからね。
ですがまあ、当時の私はあきらめたくなかったわけです。
プライドのようなものがあったのでしょう、店の裏にある自信倉庫を引っ掻き回してひっくり返した挙句、とある物を発見いたしました。
それは、『勝負に勝つ自信』です。
狩猟という物を獣と狩人の勝負と考えれば、まああながち間違ってもいません。
そう考えた当時の私は、喜び勇んでお客様の元へと戻りました。
そしてそのお方に商品を見せ、何とかなだめすかせて気に入っていただくことに成功したのですよ。
いやぁ、あの時の私の説得術、生でお見せして差し上げたかったほどで……。
……え? そんなものに興味はない? それは残念です……。
まあ、確かにこの話には関係ない事でしたね。ちょくちょく話がずれる癖を何とかしなければいけないとは思っているのですが、なかなか生来の癖という物は抜けてくれないものでして……。
……まあとにかく、その方に商品を気に入っていただくことには成功したわけです。
そして、ここからが正念場の値段交渉となるわけで。
……ああ、値段というのは物の例えです。ここではお金を扱いませんから。
最初にも言った通り、ここでの対価は自信です。
お客様の望むものが見つかったならば、今度はお客様に差し出していただく自信を決めなければいけないのです。
これがまた重労働なんですよ。
自信はほしい癖に、対価を支払うのは嫌がる方が多いもので……。
ですが、その時はお分けする自信の量が少なかったので、どうにか適当な自信を見繕うことに成功したのですよ。
……ええ、その方に必要だったのは、ほんの一押しだったのです。
ですから、その方の一番大きな自信であった『道具作りの自信』を少しだけ頂き、代わりに『勝負に勝つ自信』の一部をお分けした、という次第でして。
あの程度ならばなくなってもすぐに元通りになる量ですし、問題はないでしょう。
……いいですか? 能力と自信は違います。
今回の場合、私が彼からもらったのはあくまで自信のみであり、彼の技術をもらったわけではないのです。
もし私が彼の『道具作りの自信』を根こそぎ奪ってしまったとしても、長年培ってきた彼の能力はそのままですし、使おうと思えばそれまでどおりに使えます。
……ただ、能力と自信が全くの無関係かと言われれば、否定しなければなりません。
その人が持つ能力を発揮するために必要なのが、その人の持つ自信なのですよ。
例えば、野球の素晴らしい才能を持つ方でも、野球に対する自信がなければ試合で十分な実力を発揮できないでしょう?
同様に、あまり才能がなくとも、自信たっぷりであれば自分の能力を十全に使いこなせるのです。
……まあ俗に数式で例えてしまえば、『才能』×『自信』=『発揮される力』と言えますね。
自信がなければない程、発揮される力は少なくなっていくのです。
ですがまあ、たいていの場合は自分の中の才能を自覚してしまうと、それについての自信はどんどんついていきます。
そのお客様も狩りの才能自体は有ったのですが、その自覚がなかったのです。
ですから、ちょっとした自信を与えてしまえば、何度か狩りをこなすうちにどんどんと自信が付き、それに見合った実力を発揮できるようになるでしょうね。
……なんですか、その目は?
私は悪徳業者ではないのですよ? 欲に駆られて不必要な自信を奪ったりしません。
あくまで、双方の幸せを願ってこの商いをやらせていただいているのです。
……まあ、自信自体はほんのひとかけらでも十分に観賞できますからね。
必要なのは量ではなく、種類なのですよ!!
……失礼、少々舞い上がってしまいました。
まあとにかく、彼は成功への可能性を手に入れ、私は新しい自信を手に入れられて、双方大満足での取引終了と相成ったわけです。
……彼のその後? 知りませんよ。私は自信にしか興味はありませんから。
その方をわざわざ調査したりはしません。プライバシーは守られるべきなのですよ。
……まあ、なんだかんだで上手く行ったでしょうね。彼、なかなかのいい男でしたから。
ああ、別に私にそっちの気があるわけじゃありません。一般論です。
……まあ、一つだけ難があるとすれば、服装が質素に過ぎたという事ですかね。
毛皮をなめした物を羽織っているだけでしたし、持っていた物も切っ先が石でできた槍だけ。もう少し見た目を気にすれば異性の一人や二人は何とかなったと思いますよ?




