ジェバンニではなくガチ騎士家政夫が一晩でやってくれました 後編
翌日、翌々日の朝食はパンケーキが出た。
ただのパンケーキと侮ることなかれ。昨日は平たく焼き上げた定番のもの、今朝はふわっふわのスフレのようなものだった。我が家の家政夫氏は朝から全力です。あまりに美味しすぎて、仕事を休んで食っちゃ寝することを選びそうになってしまった。
美味しい朝食に感謝して、いつもより早い時間に家を出た。
大荷物を持っている私が城の門を通るには、手荷物検査を受けなければならないからだ。
入城証を携帯しているか紋章入りの馬車に乗っていれば、門番の目視だけで宮殿に入ることができるけれど、荷物があるときは検査を受ける必要がある。毒物や暗殺者を持ち込む輩がいるからね。まあいまどきめったにないそうだけれど。いまも稀にはあるんかい、というツッコミは正しい。
門に詰めている兵士たちは慣れたもので、私が事前に提出していた申請書と照らし合わせながらてきぱきと検査を進めていく。
「では、今回城に持ち込まれるのは『食品:ふわふわたまごのケーキ』でお間違いないですか?」
「はい、間違いありません」
正しくは『うちの家政夫お手製激ウマふわふわたまごのケーキ』です。コカトリスの卵使用です。
コカトリスの卵十個分(鶏卵にして三十個分)を安全な期間のうちに消費するのはあの超人家政夫氏も不可能だと判断したらしい。使い切れる個数を残して、後は焼き菓子なりパンなりにして勤務先に配ってはどうか、と提案されたのだ。
いやあ、すごかったよね! 業者か? 店か? っていう小麦粉や砂糖の量!
家中を漂う甘い香り、そして耳にも目にも焼きついてしまった――がしゃがしゃがしゃがしゃむきっむきっ、がしゃがしゃがしゃがしゃむっきむき――卵白を泡立てる音と家政夫氏のぱつんぱつんな上腕筋。
そうして出来上がったのがこのシンプルなケーキ。
濃厚なコカトリス卵だからこそ味わえる、極上のたまごケーキだ。
さて、まずは私が所属する資料室に向かいましょうか。
借りた台車にケーキの入った箱を積んでいると検査担当の門兵さんたちも手伝ってくれた。これはこれはご親切にありがとうございます。そんな優しいあなた方にこのケーキを差し上げましょう。
「いいんですか? ありがとうございます!」
「みんなで食べます!」
いえいえこちらこそ、もらってくださってありがとうございます、と頭を下げていたとき、知っている顔がひょっこり現れた。
「やあ、ずいぶん大荷物だね。中身は何かな?」
「団長!」
兵士たちが直立不動で迎えたのは、卵配りおじさんこと第三騎士団長だった。
これは炎に惹かれる羽虫! わざわざ出向いていく手間が省けたわ、って偉い人にこの言い方はまずいか。
では改めて、なんていいタイミング!
「おはようございます。第三騎士団長」
「おはよう。今日は早いんだね、リリア嬢」
…………私のこと覚えてないな、この人。
まあモブ顔だしな。地味で目立たない人間は全部同じに見えるあれね。ええ、存じておりますとも。
「先日は貴重な食材をありがとうございました。王宮公文書館第三資料室所属、ミア・アーレンスでございます。いただいたもので菓子を作りましたので、お裾分けに伺おうと思っていたところでした」
この台詞をわかりやすく一言で表すとこうなる。
――ご機嫌よう、ケーキを食べてくださいな。
「えっ」
第三騎士団長は驚いた顔で、荷物と私を見比べた。
「まさかこれ、アレかい?」
「アレでございます」
「そうかあ、アレかあ! うわぁすごいすごい! ありがたくいただくよ!」
軽い。軽いわ、第三騎士団長。さすが親しみやすさで有名な騎士をまとめているお人。
しかもさっさと兵士を使って部下を呼びつけるとケーキの入った箱を運ばせ始めた。仕事が早い。
「喜んでいただけて何よりです。つきましては、少々お聞きしたいことがございまして」
家政夫氏のお願いと相談は、こうだ。
――コカトリスの卵で菓子を作って、私の職場で配ること。それを第三騎士団にも差し入れること。
――そして、コカトリスの卵の出どころを尋ねること。
出どころなんて聞いてどうするんだろうと思ったけれど、家政夫氏が意味のないことをするわけがないし、私も気になるし、かなり迷惑をかけたし。尋ねるくらいならお安い御用だ。
「ああ、あれね。あれは……」
ちょいちょいっと手招きされて、部屋の隅に呼ばれる。
ああそうですね、聞かれて困るようなことでなくてもそういう気遣いは大事ですよね、と何の疑問も思わずに従った。
しかしそこでにこにこと語られたそれに、私の顔は次第に引きつっていった。
「……と、いうわけだ。わかったかな?」
「………………」
知りたかったけど聞きたくなかった! 聞きたかっただけで教えてほしくはなかった!
いや、私に話すくらいなんだろうから知っている人は知っていることなんだろうけれど!
知らないふりをしよう。そうしよう。私はモブだけれど、最初に死ぬモブにはなりたくない。
心の悲鳴を押し殺して「はい……」と顔色悪く答える私に、第三騎士団長はにっこにこだった。この人、もしかしなくても加虐性愛者だな? そうなんだな? もう近寄らないでおこう……。
こうして、私は資料室付き文官とケーキ配り女を兼業し、コカトリスの卵のケーキを配って回ることとなった。
行き合う人に「ケーキはいかがですか?」と挨拶のように言っていたせいか、そのうち話を聞きつけたらしいまったく知らない侍女や女官が訪ねてくるようになった。それはいいんだけど「例のもの、ありますか?」と言うのは止めてほしい。私が宮廷で危ない商売をやっている売人になってしまう。
けれど話が広まったおかげで、早々にケーキは捌けた。
仕事でも大きなミスをすることなく、平和かつ穏やかに一日が終わった。そうそう、こういうのでいいんだよ。毎日こうであってほしいんだよ。ただそれだけなのに、どうして叶わないんだろう……?
……ふう。いけないいけない。つい感傷的になってしまった。
さあ、最後にもう一仕事。家政夫氏への報告だ。
「コカトリスの卵の出どころについて第三騎士団長様に伺ってきました」
夕食が終わった後の食堂で話すことになったそれは、ちょっとどころでなくきな臭い話だった。
コカトリスの卵は、特殊素材とか魔法資源などと呼ばれるものに分類される。
魔物から採取されるもの、その部位。希少鉱物や植物。一般的な素材に比べて絶大な効果を得られる一方で危険なものも含まれており、基本的には専門家が取り扱うことになっている。
そのうちの一つが第四騎士団だ。
所属する騎士たちの仕事は主に魔物の討伐。そしてそのときに特殊素材を採取すること。
採取された素材は、特別な薬や道具を作るための材料として国の管理下に置かれて保管される。コカトリスの卵もそうだ。
これを、無断で懐に入れている輩がいたのだという。
どうやら報告書の申告数を不正に改ざんし、差分を着服していたらしい。それが可能だったのは特殊素材だったこと、つまり、魔物から直接素材を採取する第四騎士団の人間だったからだ。どれだけの特殊素材が採取されたのかは報告書でしかわからない、実際に確認するには魔物が出現する危険な現場に同行している必要がある、という状況を悪用したのだ。
横領犯は特殊素材を秘密裏に転売することで私腹を肥やした。羽振りがよくなるとそのうち人を使うようになり、口止め料を払って協力させていたとか。
これらが明るみになり、捜査を担当していた第三騎士団によって、犯人たちは捕縛された。
そうして転売される前の横領品を回収したわけだけれど、思わぬ問題が持ち上がったのだ。
「魔物の毛皮や鉱石なんかは追加で保管すればいいだけの話だけれど、そうもいかなかったのが……」
「食用するのに期限が想定されるものですね」
そう、消費期限がある素材――生肉や卵、血液といった腐敗しやすいもの。
回収したものは他の特殊素材と同じように国のために使われる。しかし状態のわからないものを王侯貴族の食卓や招待客のいる饗宴に提供するわけにはいかない。かといって保管を続けてもいずれ未使用のまま腐敗して廃棄となる。
どうしたものかと偉い人たちは頭を悩ませた。そして閃いた。
回収したけれど、安全性を考慮して廃棄にしよう。
でも食べ物を粗末にするのは気が引けるよね。
だから希望者に提供しよう! 無償なら問題ないよね! だって捨てたものだもんね!
それが、私に押し付けられたコカトリスの卵の正体だった。
「………………」
「………………」
――不祥事を証明する重要な証拠品を食べさせないでいただけますかねえ!!?
と、第三騎士団長に突っ込まなかった私の自制心を褒め称えてほしい。
巻き込まないで。頼むから一般人を巻き込まないでください。「ブラッドベアの肉を渡された君のところの室長よりはましだから」ってなんの慰めにもなってないから!
唯一の救いは、コカトリスの卵製ケーキを差し入れられたことだろう。第三騎士団をはじめ周囲の人間を道連れにできたのは家政夫氏のおかげだ。感謝しかない。
「……昼から漬け込んでいるフレンチトーストがあるのですが、いかがですか」
「いただきます」
しばらくして、バターの香りをさせた焼きたてのフレンチトーストが出てきた。
焼く前にまぶされた砂糖がキャラメリゼになっていてパリパリ、バターで揚げたようになった縁部分はカリカリ、よく浸かったパンはとろふわの食感で、しみじみと美味しい。
はあ……家政夫氏の気遣いと甘いものが疲れ切った心と身体に染みるわ……。
「この件で犯人――第四騎士団長は更迭、協力者も退団処分になったとかで、団は再編成中だそうです」
そのせいで上層部や武官さんたちはばたばたしているらしい。平文官の私には特に関係ないけど。
最も可哀想なのは事件とは無関係の第四騎士団員たちだ。ちゃんとケアしてもらえるといいんだけど、と私なんかが心配するのはおこがましいか。お前はまず自分の心配をしろってな。はい。
「そうですか」
「お知り合いですか?」
尋ねた私を家政夫氏がじっと見つめた。
……いまさらだけどこの人、なかなかの男前だな……?
きっと真っ先に顔の傷を見てしまうせいで印象に残らないんだろう。いまの私みたいに「そういえば傷があったなー」とふと思い出すくらいにまで見慣れてくると、彼の整った顔に気付き始めるのかもしれない。
いや、でも、どうだろう、フリルエプロンがあるからな……ふりふりに認識を阻害される気がする……初めて見た人にこの格好は刺激が強すぎるだろうし……まさかその効果を狙って……?
「おかわりはいかがですか。スコーンもございます」
心の中の私がずっこけた。
露骨に話題を逸らすな! 会話下手か!
「スコーンをお願いします」
でも私も他人のことは言えないんだよな!
家政夫も家政夫なら主人も主人――というわけで、この後、めちゃくちゃ間食した。




