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家政婦を募集したらガチ騎士がやってきた件[連載版]  作者: 瀬川月菜


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4/5

ジェバンニではなくガチ騎士家政夫が一晩でやってくれました 前編

 私はミア・《ロマンス詐欺に遭った》・アーレンス。ふふふ、怖いですか?

 ――私は、怖い。開き直ろうとしている自分が怖い。ぼっちなせいで誰もいじってくれないのに、笑いに変えようと必死な自分自身がすごくすごく怖い!




 そしていま、卵が怖い。




「………………」


「どうしよう、困った」を意味する沈黙でもって私を見つめるのは、我が家の家政夫だ。

 大柄で筋肉質な彼は、今日も純白のフリルエプロンやキャップをきっちりと装着している。それが制服なんだけど、エプロンとキャップとカフスが家政婦の制服ではあるんだけれども、ふりっふりなのは構わないんですか……? と尋ねるタイミングを逃していまに至る。




 それはともかく、卵である。




「ええと……職場関係の、直接知り合いではない方によければもらってくれないかと言われまして……私なんかに声をかけるくらいだから相当お困りなんだろうと思って、『私でよろしければ』と答えていただいたのが、こちらの……………………コカトリスの卵、です」




 コカトリス。


 頭は雄鶏、竜の皮膜の翼、蛇の尾を持つ鳥類型の魔物だ(ちなみに蛇の要素が強いものはバジリスクという)。

 魔物にもかかわらず草食性だが、全身に猛毒を持ち、近付くものの命を奪って主食となる毒耐性のある植物の養分にする。体長は成人女性ほどと巨大で、鶏とはとても似ても似つかない。

 そんな危険な魔物ながら、その身肉は毒を持っていること以外は鶏肉と大きく変わらず、野生の鳥獣と同じく自然の恵みを感じる旨味があるらしい。卵もしかり。つまりお高いわけですね、わかります。



 そのコカトリスの卵が、十個。

 家政夫氏が両手で持ってやっと包み込めるサイズの卵が、巨大な専用容器に入って、十個。

 ちなみに鶏卵の約三倍、つまり卵としては三十個分だ。




「……コカトリスの卵だと知ったのはいただく段階になってからで……親しくない方なのでやっぱり要りませんとは言えず……一つでいい、たくさんはいらないと何度もお断りしたんですが、まったく聞き入れてもらえず……こんなことに…………」




 ――『君もどうだ?』


 そう声をかけられたのは、その方と私の上司が話しているところを通りかかったときだった。

 足を止めて『何がでしょう?』と尋ねた私に、その方は大変いい笑顔で言った。


『卵。たくさんあるから、よければもらってくれないか?』

                                                                                              

 やったぜ! これで多少食費が浮く! と喜んだのが八割。

 それなりの身分の方から気軽にいただきものをして大丈夫か? と不安になったのが一割。

 何か裏があるのではないか? と疑ったのがもう一割。


 しかし食欲と節約には勝てず、多少の違和感を無視した結果が、この十個のコカトリス卵(らん)なのだった。




 いや、ありがたいんですよ? 食べ物だし。珍味だし。普通に暮らしていたら口に入ることのない食材だし。感謝の正拳突きをした方がいいんじゃないかと思うくらい。


 ものすごぉくありがたいんだけれど……食べ切れるか? というか、どうやって食べるんだろう、これ。

 もし食べられなかったら、と今後の展開を素早くシミュレーションしたのは、恐らく生き残りたいという本能だったのだと思う。




「どうだった?」と味を尋ねられて上手く答えられなければ――社会的に死亡。

「どうやって食べた?」とメニューや調理法を聞かれて具体的に答えられなければ――社会的に死亡。

 無駄にしたと知られれば――社会的に死亡。


 導き出される結論――私は、なんとしても、このコカトリス卵を食べなければならない!




 かくして死亡フラグ、もとい、暴発の可能性のある爆弾のごとき巨大な卵を手にした私は帰宅するなり厨房へと直行し、仕事中の家政夫氏に縋りついたというわけだ。余談かつ自業自得だけど巨大な卵一パック十個入りはめちゃくちゃ重かった!




「………………」

「すっ、す、す、す、すみません……!」


 あああ! 断りきれずにすみません! 好かれようとしていい顔して本当に申し訳ありません! だめな雇用主でごめんなさい! お願いだから見捨てないでぇえええ!


「つかぬことを伺いますが」

「はい! 全力で答えます!」

「その『直接知り合いではない方』というのは、第四騎士団の団長殿でしょうか」

「えっ!? あ、いえ……第四じゃなくて、第三騎士団長様です……けど……?」




 第四騎士団は主に魔物や危険な野生動物の討伐を行なっている。仕事柄、激務を極めるため、所属しているのは手練ればかりだという。

 そして第三騎士団は国民の生活や安全を守るのが仕事だ。治安維持に努め、犯罪捜査を行なったり、国内の主要な都市に派遣されて各地の警備隊を統括したりしている。所属しているのは人当たりのいい聞き上手が多いそうだ。

 そんな騎士たちをまとめる団長なんだから、押しの強さは言うまでもなし。「陽キャ」「コミュ強」「人たらし」の三種の神器を有したお人に、私のように吹けば消し飛ぶモブ女が勝てるはずもない。




 あれ? でも、どうして第三騎士団長が卵配りおじさんになってるんだろう?

 コカトリスの卵みたいな素材は第四騎士団の管轄のはずだよね。第四騎士団長にでも頼まれたのかな?




「……なるほど」

「お知り合いですか?」

「これらの使い道は私に一任していただいてもよろしいですか?」


 お、おう。ものすごい力技で話を逸らしたな?

 まあ、こっちはお願いしている身だし、そもそも我が家唯一の使用人に逃げられるわけにはいかないしね。「味の感想をお伝えできるようにしてもらえたら」と要望を伝えるだけにしておいた。丸投げしたとも言う。


「もし手伝うことがあれば……」

「どうかお気遣いなく」


「素人は黙っとれ」ですね。わかりました。

 パンはパン屋。正しい場所に正しい人を。料理ができる家政夫には食材を。仕事しかできない地味モブ女には仕事を、というわけで、私はすごすごと自室に戻ったのだった。


 …………。


 ……………………。


 …………………………なんかめっちゃいい匂いするぅ……。


 部屋の中まで匂いが届くって…………くんくん……これは……‥‥オムレツ、いや、キッシュ! そしてフィッシュ・アンド・チップス! 匂いでわかる。これはうま確、美味すぎ確定です!


 んふふ、家政夫氏の料理はどれも美味しいんだよねぇ。

 旨みが閉じ込められたローストビーフ、羊肉の香り高いシェパーズパイ、お手製だという鮭やニシンの燻製。

 焼きたてふかふかのロールパンに、さくふわのスコーン。

 ナッツいっぱいのざくざくクッキー、ぷるぷるプディング、甘さ控えめのリンゴのパイ、イチゴのタルト、それからチーズケーキ。

 ああ、思い出すだけでよだれが……家政夫氏が我が家に勤めてくれる前のあの、そのまま食べられるものを切っただけの食事が嘘のよう……。


 ………………というか、夢、じゃない……よね……?


 料理、洗濯、掃除、裁縫に庭の手入れ、体力必須の力仕事も繊細な手仕事もなんでもこなせる万能家政夫(・)は、本当に実在してるんだよね?

 強面で、顔に傷があって、仕事を間違えてないかって思えるほど筋骨隆々で、大真面目にフリルエプロンを着けて、ハイレベルな家事スキルを発揮する家政夫氏は、ロマンス詐欺に傷付いた私の妄想じゃないよね? ね? そうでしょ? そうだと言ってよ!




「…………」




 …………なんだか急に怖くなってきたぞ……?




「ご主人様」

「ふぁぅッ!?」


 びっくりしたびっくりしたびっくりした! でもいきなり叫ばれた方がびっくりだよねごめんなさい!?


 書物机に向かっていた私が顔を上げたそこに、いつの間にか、家政夫氏が立っていた。

 切れ長の目をまん丸く見開いて固まるのが、彼の「びっくり、驚いた」の顔らしい。初めて見た、という感心よりも申し訳なさがすごい。初対面の日に窃盗犯と遭遇しても動じなかった人にそんな顔させる私って、もしかしなくても相当やばいのでは……? あ、いま「いまさら……?」って誰かの困惑声が聞こえたぞ。


「驚かせてしまい、誠に申し訳ありません。ノックをしたのですがお返事を聞き逃してしまいましたので、直接お声がけに参りました」

「いっ、いえ、こちらこそすみません! わざわざありがとうございます!」

「とんでもございません。――お食事のご用意が整っております」


 相手が誰であってもこうしてぺこぺこと頭を下げてしまうところが、私がモブっぽい理由なんだろう。

 貴族の端くれの男爵令嬢で雇用主という立場にもかかわらずまったく威厳のない私に、家政夫氏は慰めの微笑も軽蔑の眼差しも見せることなく、揺るぎない無表情のまま一礼して退室していった。惚れ惚れするほど華麗なスルー力。そこにしびれる! あこがれるぅ! って何言ってるんだろうね、私は。


 その日の夕食はかなり豪華だった。

 ローストチキン、ほうれん草とチーズのキッシュ、揚げたてのフィッシュ・アンド・チップス、付け合わせにはキュウリのピクルス、ニンジンのグラッセ、スープはとうもろこしと卵のポタージュ。

 もちろん鶏卵を使用する料理はすべてコカトリス卵に置き換えられている。


 ………………うっっっっま……ッ!!


 え、うっま。なにこれ。うっうっ、うまうまぁ!?


 キッシュはチーズの味が引き立てられていて、スープは甘くて濃厚、揚げた魚もイモもふわふわほくほくだ。いつも我が家の食事は美味しいけれど、定番メニューだからこそわかる濃厚な味と旨み。卵が変わるだけでこんなに味が違うの!? 恐るべしコカトリス卵。珍味扱いも納得だ。


 ……私一人で食べるのはもったいないな……。


 ちらっ、と給仕に控えている家政夫氏を見たときだった。


「ご主人様」

「は、はい?」


 タイミングよく声をかけられてびくっとする。

 な、なんですか? まだ何もしてませんよ? まだ!


「お食事中に失礼いたします。お願いとご相談があるのですが、よろしいでしょうか」


 お願い?


 珍しい展開にきょとんとしていると、家政夫氏は「どうぞお召し上がりながらお聞きください」と言って話し始めた。


 その話は、確かに『お願い』で『相談』だったけれど、正直私には「なにそれ?」だった。

 そんなことでいいの? たくさん助けてもらっているし、それ以上に迷惑をかけっぱなしだし、その程度でいいなら協力するけれど。後になって「誠意を見せろ」なんて言わないでね? ロマンス詐欺被害者からのお願いです。


「私は、別に構いませんが……」

「お願いいたします。身勝手を言って申し訳ありません」


 丁寧に頭を下げられるようなことじゃないと思うんだけど。真面目だなあ。

 とりあえず「そちらも、くれぐれも無理はしないでください」と伝えて、話はまとまった。


 その後出てきたデザートはプリンだった。

 コカトリスの卵という珍味を味わうのにこれほど適した料理もないだろう。見るからに濃厚とわかる赤と見紛う橙色のそれはちょっぴり固めで、けれど滑らかにとろける、むっちりまったりと濃く甘い至高のお味だった。


 んまー! んまぁあっ、と抑えきれない鳴き声を発していたけれど、そのとき、ここまで少しずつ降り積もっていたある疑問がにゅっと顔を出した。


 職業選択間違えてません?(いつものやつ) 家政夫じゃなくて騎士ですよね?(いつものやつ)

 それから――。


(……ハイレベルな家事能力、屈強で腕に覚えあり、口数と表情は少ないけれど真面目に働く超有能な家政夫が、どうして、最低に近いお給料の我が家なんかで働いてるんだろう……?)


 家事をする男性使用人は確かに珍しいけれど、彼はなんでもできるしその全部が天才的に上手いんだし、ふりふりエプロンが着たいというわけでもなければ引く手数多だと思う。他の家じゃだめな理由や我が家で妥協したわけがあるんだろうか。


 うーん……?

 気になるところではあるけれど、聞く機会があれば聞くし、そうじゃなければお互いにちょうどいい距離感でいればいいか。

 とりあえず今回は特別手当を出そう。コカトリスの卵を調理するってどう考えても特殊技能だしね。

 もちろん我が家に居着いてもらうための賄賂じゃないから! だって微々たるものだし! 自分で言ってて悲しいな!

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