エピローグ
後宮潰し後――というよりは、万禮失脚後、ということになるけれど。
ハウザールには明確な変化が起きていた。
これまでは、軍事においては存在感があったもののあくまで一小国という扱いだったハウザールの、大陸内での地位が大きく向上した。
他国との交流が活発になって、地方の産業――いつぞやのビルゾールのような――が特産品として注目されて活気づき、治安を守るための軍隊も増強されて、全体的に景気がよくなった、らしい。
もちろん、周辺国のお姫様たちによる後宮という、ほかから見たら屈辱でしかない異常な制度を開始前に潰したということで、物質的なものとは違う見地からもハウザールは高く評価されるようになった。
私は王女でありながら自ら後宮に潜入したことが英雄譚のように語られ、ちょっとしたフィーバーが起きた。
かつて美貌以外は国の汚点のように扱われていた璃杏・ハウザールは、今やイトラに次ぐ人気者になっていた。
そのイトラは、結婚する気配もなく思う存分仕事に邁進している。
実務能力では、私は全然彼女にかなわない。
時折、疲れ切った姉を元気づけるべくにぎやかしに行くくらいしかできていない。
もっとも最近のイトラは私に対して赤ちゃん言葉で甘えるようになってきて、一応私の対応に満足はしてくれている、らしい。
私の評価が上がったことで、主に外交において、私の仕事も増えた。
ハウザールに訪問してくれる外国の王族や政治家はみんな、胤に潜入した時のことをあれこれと聞きたがる。
この日も午前中に一件表敬訪問を受け終えて、私はお城の外の丘にきていた。
空はよく晴れていて、丸い太陽が二つ。
風が吹き渡る。
この大陸に転生してきて、何ヶ月経っても新鮮に感じる、異世界の風。
「あれ、なにさぼってんの」
いつの間にか、右手にダンテがいた。
「うわ、びっくりした。さぼってないよ、つかの間の休憩。ダンテこそ、また机に書類の山作ってるんじゃないの」
それでも、その山を二日とそのままにしないところはさすがではある。
またすぐに次の山がやってくるのだけど。
ダンテは軍をホウメイに任せて、自分は農産に専念していた。
「おれはろくでなしどもをしばき上げるより、みんなのパンとミルクを絶やさないほうが仕事としてやる気出るんだよねー」
そう言って、惜しげもなく将軍職を辞した。
もともとギフト持ちなので、デスクワークが意外なほどに――失礼――早い。
「書類といえばさ。リア、婚姻の法文書にいつサインすんだよ。おれはとっくにしたのにねー」
「うっ!?」
そうなのだ。
ハウザールは国として順風の中にあり、差し当たって頭を悩ませる問題はない。
そうすると、まさにうってつけの時期になってしまったのだ。
私とダンテの、結婚に。
「ま、まあそれはほらえへへへ、な、なかなか踏ん切りがつかなくて。だ、だってちょっと急じゃない?」
「とっくに婚約者なのになに言ってんの。フィンラリンの墓参りまでしたのに。……まあおれも、記憶喪失前のリアとだったら、できるだけ先延ばしにしたかもね」
二人で、丘に生えている巨木の下に腰を下ろした。
小鳥の声と風の音だけがする。
こんなに穏やかな場所に二人でいるのは、いつぶりだろう。
「……前と今の私、そんなに違うの?」
「ああ。別人ってくらい違うね」ダンテが、私の目をじっと覗き込んだ。「……リア。おれに、なにを隠してる?」
いつまで経っても戻らない記憶。
まるで変ってしまった性格。
多くの不自然さの中で、ダンテに、これ以上隠し事はできなさそうだ。
なにより、私が隠していたくない。
「……ダンテ。信じてもらえないかもしれないけど、……聞いてくれる?」
「聞きましょうとも。あといい加減、オシってのがなんなのかも教えて欲しいねー。たまにいきなり、おれのこと嫌いとか言い出すのと関係あるの?」
「……なんだかそれも、改まって説明するとなるとなんだか恥ずかしいんだけど。そうだね。私が死神だったこと、そしてきっと神様が二度とそんな思いをしなくて済むように私にギフトをくれたこと、それも話さないとね……」
ダンテが、すっかり見慣れた半眼を作る。
「死神い? いきなりうさんくせーし。それほんとに、真面目な話なんだろーね?」
「はたから見たらどう見えてたかは分からないけど、少なくとも私は真剣に悩んでたよ。もう、誰も愛さないで生きていこうと思うくらい」
ダンテの顔が、いたずらっぽい笑顔に変わる。
「ふうん? なのに、愛しちゃったわけだ」
「……むかつく。でも、そうだよ」
「あはは。おれも」
これから、長い話をしようと思う。
その前のほんのいとまに。
私たちは言葉を止めて、唇を合わせた。
終




