第14話
本作では、創作補助としてChatGPTを利用しています。
物語やキャラクターは作者自身によるものですが、文章整理や推敲の補助としてAIを使用している箇所があります。
また、「小説家になろう」のAI利用状況区分の設定機能開始後は、本作を「AI直接使用」として設定予定です。
「気分転換に、たまには街に出たらどうだ?」
唐突にレオニードがそう言った。イヴァンは思わず顔を上げる。
「……え? なぜだ?」
問い返すと、レオニードは小さく息を吐いた。
「テーブルについてから随分経つのに、食事を始めないからだ。もういい加減、料理が冷めると思うぞ。お前の分だけ片付かないだろ」
「あ、ああ……すまない」
言われてようやく気づき、イヴァンは慌てて食事に手をつけた。すると今度は、向かいに座るルカが身を乗り出してくる。
「そうですよ! もしかしたらカティアちゃんに会えるかもしれないですし! 俺も付き合いますから。というか、リーダー一人にしとけないんで」
「……そうだな。そうしてみるか」
確かに、街に出ればカティア嬢に会えるかもしれない。そんな単純なことに今さら気づき、その可能性に胸の奥がわずかに浮き立つのをイヴァンは感じていた。
昼食を終えたイヴァンは、ルカと連れ立って外に出た。街を歩き始めると、すぐに視線が集まる。特に女性の視線が多い。鎧も武器も身につけず、普段よりずっと軽装で歩いていると、決まってこうなるのだ。
ひそひそと交わされる囁き声と、声をかける機会をうかがうような視線が、正直わずらわしい。そう思った矢先、案の定、二人組の女性が声をかけてきた。
「あの……『蒼銀の翼』のイヴァンさんですよね!」
「ああ、そうだが?」
イヴァンは感情を込めず、そっと視線を落とした。予想外だったのか、二人はびくりと肩を震わせる。
「え……えっと……」
「あー、ごめんね〜。俺たち、ちょっと急いでる用事があって! また機会があったらね〜」
ルカが間に入り、軽く手を振って二人をやんわりと退かせた。やれやれといった表情で、大きく息を吐く。
そう、休みの日に街に出ると、だいたいこうなる。だからイヴァンは、必要がない限り街に出ないようにしているのだった。
「ルカ、面倒なら無理に付き合わなくていいぞ」
「毎回のことですから。リーダーを一人にして揉め事になるより、よっぽどマシですよ」
かつて、イヴァンが素っ気なく対応した女性が泣いて去り、その直後に仲間が現れ、大騒ぎの末に乱闘へ発展したことがあった。結果、周囲に多大な迷惑をかけてしまった。
それ以来、街に出る時は誰かが付き添うようになった。大抵その役はルカだ。
「……悪いな」
「気にしないでください」
そう言われて、イヴァンはわずかに肩の力が抜けた気がした。ゆっくりと周囲に視線を走らせる。どこかにカティア嬢の姿はないだろうか──そんなことを、無意識に考えていた。
それからしばらく歩いたところで、ルカが急に立ち止まり、声を上げた。
「あ、このパン屋! 確かサーシャのお気に入りの店ですよ。もしかしたら二人がいるかもしれません! 入ってみましょうよ」
「ああ」
弾んだ声に頷き、イヴァンは店を見上げた。“精霊の窯”。小さな店構えは、客を呼ぶ気があるのか分からないほど地味だった。
扉を開けると、ドアベルが静かに鳴る。どこか空気の違う店内。その奥から、店主が現れた。
「いらっしゃい」
若い男だった。顔立ちは整っているはずなのに、なぜか印象に残らない。それでいて、妙に落ち着いた雰囲気だけが強く残る。
「残念、いませんでしたね。でも、ここのパン美味しいってミハイルさんも言ってたんで、いくつか選んで皆に買っていきましょう」
ルカがそう言って品定めを始める。イヴァンも店内を見回した。数は多くないが、種類は豊富で、どれも手間をかけて作られているのが分かる。
「君……確か、イヴァン君……だったね」
店主が声をかけ、こちらへゆっくり近づいてきた。イヴァンは言葉を返そうと口を開いたが、身体が動かず、声も出ない。無意識のうちに、ただ彼が近づいてくるのを黙って待ってしまっていた。
「最近、君の名前をよく聞くんだ。……そうか。君は、あの“雑光”のことが……なるほど……求婚か……」
──何を言っている? 意味が分からないのに、言葉は頭を素通りしていく。まるで身体が勝手に聞き流しているようだった。
「いいじゃないか。ぜひそうしてくれ。そうすれば“彼女”も、自然と“あれ”から離れていくだろう」
店主は楽しそうに続ける。
「これは押しつけじゃない。君の本心に、ほんの少し力を与えてあげるだけだ。私は流れを変えることが嫌いでね。でも、君が頑張ってくれれば、“彼女”が私の所に来る時も早まる」
そう言って、彼はイヴァンの背中にそっと手をあてた。
「そのための後押しだよ」
瞬間、足元が抜けたような錯覚に襲われた。落ちる──そう思ったのに、イヴァンの身体は動かず、手も足も声も出なかった。何かに重く絡みつかれるような、鈍い感覚が体を支配していた。
そんな中、遠くでルカの声がかすかに聞こえた。気づくと、いつの間にかイヴァンのそばには店主ではなくルカがいた。
「リーダー?」
意識ははっきりしているのに、思考は重くまとわりつき、身体はまるで水中をもがくかのように鈍く動いている。
「どうしたんです? ぼーっとして。パン選んだんで、買ってきますね?」
「あ、ああ……」
イヴァンはようやく返事をした。しかし、その違和感は消えず、なぜかそれを受け入れている自分がいた。これでいいのだと。
ほどなくして、パンの袋を抱えてルカが戻ってきた。
「お待たせしました。よし! カティアちゃんに会えるかもだし、もう少し街をぶらぶらしましょう!」
「そうだな」
声も態度も、いつも通り──のはずだ。
「ありがとうございました」
背後から声がかかった。振り返ると、あの店主が落ち着いた微笑みを浮かべて立っていた。なぜか胸に、後ろ髪を引かれるような感覚が広がった。まるで何かを置いてきたかのような、あるいは何かを背負ったかのような違和感を覚える。それでもイヴァンたちは店を出た。
それから、しばらく街を歩いていた。ルカは相変わらずよく喋っているが、その言葉は頭の中をすり抜けていく。イヴァンは、自分が置かれている状況を正確に掴めないまま、時間だけをやり過ごしていた。いつも通り動いているはずなのに、途中の記憶が曖昧で、気づくと次の場面に立っている。
「リーダー、聞いてます?」
「……ん? 何だ?」
「さっきから全然聞いてないじゃないですか。少し疲れたから、そこでお茶しようって言ったんですけど」
「ああ、悪いな。そうだな、そうしよう」
ルカは少し拗ねたように言い、先に店へ向かう。イヴァンはその後ろを追った。
店に入り、席について飲み物を頼む。運ばれてきたそれを口にする。味や熱さは分かるのに、どこか遠くにいるような感覚だった。
「リーダー、体調悪いんじゃないですか? さっきから様子がおかしいですよ」
「そうか? そんなことはないが」
「だって、ずっと上の空で──」
その言葉を遮るように、別の声が割り込んだ。
「あの……よかったら、ご一緒してもいいですか?」
数人の女性が、少し緊張した様子で立っていた。ルカがすぐに断ろうと口を開く。
「あー……すみません、俺たち──」
「……構わない」
「リーダー?!」
思わずルカの方を見た。自分でも、なぜそう答えたのか分からなかった。
「ありがとうございます!」
女性たちはほっとしたように席についた。ルカがイヴァンに顔を寄せ、声を潜める。
「リーダー、どうしたんですか? いつもなら、睨むみたいにして断るじゃないですか」
「……そうだったか?」
「そうですよ?!」
「……分からない。気づいたら言っていた」
自分の言動が、少し他人事のように感じられた。だが、女性には優しく接するべきだという考えが、疑いようもなく胸にあった。
その後、ルカが何気ない話を始めたらしい。女性たちもそれに応じるように言葉を返し、場は少しずつ賑やかになっていった。女性たちの声は途切れず続いていたが、イヴァンにはどこか遠くで聞いているような気分だった。内容はほとんど頭に入らず、返事だけはした。飲み物を口に運びながら、ただ時間をやり過ごしているだけだった。
「イヴァンさんって、お付き合いしている方はいらっしゃるんですか?」
「結婚とか、考えたりなさるんですか?」
「貴族だって噂、本当ですか? ご婚約は……?」
質問が続く。話題が踏み込みすぎたのを察し、ルカが口を開こうとしたが、イヴァンが先に声を上げた。
「……俺には、心に決めた人がいる。その人以外との結婚は考えていない。身分など関係なく、一人の男として、彼女を愛している」
カティア嬢を思い浮かべると、自然と笑みが浮かんだ。女性たちの頬が赤く染まるのが見えたが、イヴァンには何の感情も湧かなかった。
それよりも、カティア嬢への想いを口にした瞬間、胸の奥が妙に満たされる感覚があった。
「リーダーっ!!」
ルカが勢いよく立ち上がり、テーブルに手をついた。
「ごめんね、君たち! 用事を思い出したから、今日はここで失礼するよ。お代はこれで! じゃあ!」
イヴァンは腕を掴まれ、そのまま店の外へ引っ張り出された。
「ルカ、どうした?」
「どうしたじゃないですよ! リーダーらしくないです!」
「……?」
「女の子に優しくしたら面倒なことになるって、自分で言ってたじゃないですか! ましてや、あんなふうに笑うなんて!」
確かにそうだった……。
「ああ……、忘れてたわけじゃない。カティア嬢のことを考えていたら、つい……」
「つい、で済ませないでください! しっかりしてくださいよ!」
「悪かった」
本当に、何かがおかしいのかもしれない。だが、何がおかしいのかはっきりしない。思考が鈍く、いまだに頭の中がぼんやりとしている。まるでずっと水の中を漂っているようだった。息はできているはずなのに、どこか息苦しい。
ルカが、今まで聞いたことのないほど大きなため息を吐いた。その音に重なるように、よく知る声がかけられる。
「あれ、二人とも。こんなところでどうしたんです?」
イヴァンが顔を上げると、デニスたち三人が立っていた。
「デニスさん! ああ、ラリッサさんに、ボグダンさーーん!」
ルカは駆け寄るなり、迷いなくデニスに縋りついた。予想外の行動に、デニスが露骨に慌てる。
「なんだよルカ! 離れろ!」
「三人で買い出しか?」
「そうですよ。最近、誰かさんが料理に凝ってるせいで、食材がすぐ消えるんですよ」
そう言って、ラリッサがちらりとこちらを見る。胸に小さな痛みが走った。最近、気を紛らわすように料理に没頭していたのは事実だ。
「……すまない」
「いいんですよ。おかげで毎日おいしいご飯が食べられてますし。それより珍しいですね、休みの日に二人でこんなところまで来るなんて」
穏やかにそう尋ねられ、イヴァンは答えようと口を開いた。
「ああ、レオニードに言われて──」
「みんな聞いてくださいよー! リーダーがおかしいんですーーー!」
ルカの声が、イヴァンの言葉を叩き落とした。
「何言ってるんだ。最近ずっとおかしいだろ」
「いや、そうですけど……でも、もっとおかしいんですって! 話しかけても上の空だし、なんでか女性に優しい態度取るし、さっきなんて笑顔まで見せてたんですよ?!」
胸の奥が、ひくりと揺れた。
「上の空なのは、ここしばらくずっとじゃないか」
「でもまあ、確かに女性に優しい態度は変かもしれないけど、前はそんな感じでしたよね?」
ラリッサが確認するようにデニスを見る。ルカが「え?」と声を漏らした。
「確かに。ルカが来る前はそのせいでリーダーの周りに女性が群がってたり、勘違いした人が家に押しかけてきたこともあった。ひどい時は、一服盛られて連れて行かれそうになったって話もあったな」
「え……なにそれ……こわ……」
「そうそう。あまりに優しいから、私でも“口説かれてる?”って思ったくらいだもん」
「それでラリッサがすごく嫌そうな顔して、最後は『気持ち悪い』って言って、リーダーが凹んでたんだよな」
本人を目の前にして、二人は淡々と語り続ける。耐えきれず、イヴァンはその場にしゃがみ込んだ。──そんなことも、あった。
「でも、イヴァンさんがそんなだから、女の人たちの私を見る目がすごく怖かったんだよね。一人で居ると何かされるんじゃないかって思ったもん」
「え? だからラリッサさん、いつも一人で出かけないの?」
「え? うん、そうだよ?」
その言葉に、イヴァンは思わず立ち上がっていた。
「ラリッサ! なぜ今までそれを言ってくれなかったんだ?! まさか、本当に何かされたとか……」
声が震えた。ラリッサは少し驚いた顔をしたあと、すぐに笑った。
「大丈夫です。何もされてませんよ。それに、イヴァンさんが悪いわけじゃないですから。気にしないでください」
その言葉に、イヴァンはひとまず胸を撫で下ろす。だが、気持ちは収まらなかった。胸の奥に溜まったものが、消えない。ラリッサに向けられていた悪意を思うと、イヴァンの腹の底が煮えたぎる。怒りなのか、恐れなのか、それとも別の何かなのか。自分でも分からない。ただ、感情が制御できずに暴れている感覚だけがあった。
「ルカが言いたいことはわかったが、こうして見てても、リーダーのおかしさは最近のものと変わらなくないか?」
「えー、でも、リーダーってこう、女性に対して軽蔑してるみたいな態度じゃないですか?」
「それは人によるだろ。露骨に来られたら、誰だって嫌になる」
「そうだよ。それに、カティアちゃんにはあんなに笑顔でさ。誰が見たって好きなの、分かるじゃん」
「そうなのか?!!!」
ラリッサの言葉に、イヴァンは動揺を隠せなかった。そんなに顔に出ているのか。……それなのに、カティア嬢には気付かれていないのか。
そう考えた瞬間、胸が重く沈み、足から力が抜けた。立っていられず、イヴァンは膝をつく。
そんなイヴァンを見下ろしながら、ラリッサとデニスが小さく言葉を交わす。
「……やっぱり、変かな」
「いや。いつもこんな感じじゃないか?」
そのやり取りを聞きながら、イヴァンは思った。──本当に、そうだろうか。今の俺は、これまでと同じなのか。
なら、なぜこんなにも息苦しい。
答えは出ないまま、胸の奥に重たい違和感だけが残っていた。
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