第1話
本作は自分の考えた世界観やキャラクターをもとに、小説の文体化をChatGPTにサポートしてもらいました。物語そのものはすべて自分の手で作っています。
早朝のギルドは、日中の賑わいが嘘のように静まり返っていた。床板を踏むたび、靴音がやけに響く。
イヴァンは一人、ギルドを訪れていた。昨日の依頼で手に入れた魔石を換金するためだ。
まだ誰もいないカウンターで声をかけた。
「換金を頼めるか?」
「ああ、イヴァンさん。おはようございます」
奥の机で書き物をしていた職員が、手を止めて歩み寄ってきた。
「すまない。ずいぶん早く来てしまったが、時間外だったか?」
「いえいえ。ギルドは昼夜問わず受付をしていますので、いつでもどうぞ」
安堵して魔石の入った布袋を渡すと、職員は受け取りながら、イヴァンの姿をまじまじと見た。
「珍しいですね、軽装だなんて。どこかにお出かけですか?」
「ああ、少し……父に呼び出されてな。どうせ見合いの話か、金の無心だろうが」
うんざりした返答に、職員は苦笑した。
「大変ですね、お貴族様は」
「貴族と言っても、ただの貧乏男爵だ。爵位なんて、あってもなくても変わらないさ」
自嘲気味に肩をすくめた。その仕草には、諦めにも似た慣れが滲んでいた。
「これからご実家に向かわれるんですよね?」
職員が探るように尋ねてきた。イヴァンは不思議に思い、首を傾げながら訊き返した。
「なんだ? 何か依頼か?」
「実はお願いがあったんですけど……。ご実家に行かれるなら、無理そうですよね……」
そう言って両手の指をもじもじさせながら、職員はイヴァンを見つめた。
「いや、実家には今日出発するとだけ伝えてあるんだ。多少の変更は構わない」
イヴァンにとって、実家へ向かうのは気の進まない話だった。そもそも、早朝に出たのも、実家へ早く着きたかったからではない。軽装で街を歩けば、この容姿のせいで女性に声をかけられることが多い。それが煩わしくて、人通りの少ない時間を選んだだけだ。
「本当ですか?!」
嬉しそうに声を上げ、職員はカウンターの脇から報告書を取り出した。
「腐葉の森で異変が起きているらしいんです。様子を見てきていただきたくて」
「異変?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で小さなざわめきが広がった。嫌な予感が、形を取りはじめた。
「昨日、森に入った冒険者の報告が重なっているんです。魔物が全く出ない、強い何かに襲われた、と。怪我人は出ていませんが、一瞬で剣を弾き飛ばされ、姿もはっきり見ていないそうです」
「魔物ではないのか?」
「分かりません。ただ、魔物が出なくなったのは、その何かのせいではないかと……」
「なるほど……」
思っていた以上に、話は重かった。適当に聞き流して済ませられる内容ではない。
「それと、昨日その森に新人パーティが依頼で向かったんですが、まだ帰ってこなくて。ついでに安否も確認していただけると助かります」
「パーティ名は?」
「『なかよし団』です」
思考が一拍遅れた。冒険者のパーティ名とは思えない響きだった。
「……それは、パーティ名か?」
「そうですけど、知りません? カティアさん、凄く可愛いって評判なんですよ」
「ああ……名前は何度か聞いたことがある」
仲間のルカが可愛いと騒ぐので、顔も見た覚えがある。やけに明るい娘だった、という印象だけが残っていた。
それにしても、そんなパーティ名だったとは。
「分かった。森の様子を見て、『なかよし団』の安否も確認してこよう。報告は明日になるかもしれないが、いいか?」
「はい! 問題ありません! 無理を聞いていただいて助かります!」
笑顔で声を張る職員に手を上げ、イヴァンはギルドを出た。馬を借りて跨り、腐葉の森へ向かう。剣は腰にある。様子を見に行くだけなら、軽装でも問題ないだろう。
◇ ◇ ◇
腐葉の森に足を踏み入れた途端、違和感を覚えた。静かすぎる。耳を澄ませても、鳥や虫の声ひとつ聞こえない。
まるで森全体が、怯えて息を潜めているかのようだった。
イヴァンは馬を止め、その場で下馬した。足元で湿った落ち葉がくぐもった音を立て、静寂の中ではっきりと聞こえる。慎重に歩を進めるが、何も姿を見せなかった。
やがて、視界の開けた場所に出た。その中央に、人影が倒れている。
すぐさま剣を抜き、警戒を緩めずに距離を詰めていく。
「こ、これは……」
倒れていたのは、若い娘だった。おそらく『なかよし団』のカティア嬢だ。武器も持たず、周囲に争った形跡もない。
「すぅ……すぅ……」
耳に届いた寝息に、剣先が下がった。
──寝ている?
こんな場所で? 無防備にもほどがある。
凝視してしまい、その穏やかな寝顔に目を奪われかけて、はっと我に返った。剣を収め、そっと肩に手を伸ばす。
「カティア嬢、起きてくれ」
肩を揺らすと、彼女はもぞもぞと身じろぎし、なぜかイヴァンの手を握って頬をすり寄せてきた。慌てて引き抜こうとするが、意外なほど力が強い。
「うーん……お兄ちゃん、もうちょっと……むにゃむにゃ……」
「カ、カティア嬢っ!」
戸惑いを隠せないまま声を上げると、やがて彼女はゆっくりと目を開けた。寝ぼけた表情のまま、ぼんやりとイヴァンを見上げた。
「……なぜ、こんな所で寝ていた? 仲間はどうした?」
「えー……」
少し考え込むように視線をさまよわせたかと思うと、
「ああああっ!! そうだったあぁぁぁぁっ!!」
突然の叫び声に、イヴァンの肩が跳ねた。カティア嬢は慌てて起き上がり、周囲をきょろきょろと見回した。
「カティア嬢?!」
状況を飲み込めないまま、イヴァンは落ち着かせようと手を伸ばした。その瞬間──
「危ない!」
声とほぼ同時に、何かが迫る気配があった。反射的に剣を抜く。視界の端で、鋭い何かが煌めいた。
次の瞬間、剣越しに凄まじい衝撃が叩きつけられた。受け止めなければ、確実に断たれていた。そう理解したときにはもう、身体は真横へ弾き飛ばされていた。
肩口から立ち木に激突し、鈍い音とともに幹が軋む。衝撃に耐えきれず、木そのものが傾いだ。
息が一気に押し潰され、肺から空気が漏れる。そのまま地面に崩れ落ちた。視界が白く滲み、音が遠ざかっていく。
俺は、死ぬのか……。
意識が途切れる寸前、頭をよぎったのは自分の軽率さだった。先に仲間に知らせ、共に行動するべきだった。イヴァンの感覚は、そのまま闇に沈んでいった。
──ぐううう……。
どこからか聞こえてくる妙な音に引かれるように、少しずつ意識が浮かび上がってきた。続いて、頬を軽く叩かれる感触。
目を開けた瞬間、真っ先に飛び込んできたのは、カティア嬢の大きな瞳だった。星のように輝くその瞳が、至近距離からこちらを覗き込んでいる。透き通る肌、柔らかな頬。ふわりと垂れた明るい茶色の髪が光を含んで揺れ、そっとイヴァンの頬に触れた。
あまりの近さに身体がこわばる。息を吸い込んだまま、吐き出すのを忘れていた。
「カ、カ、カ、カティア嬢?!」
やっと出た声は、裏返っていた。
近い。近すぎる。無意識に片手で顔を覆い、もう片方の手を彼女との間に差し出して距離を取ろうとした。心臓が激しく打ち、頭の中は真っ白だった。
「カティア嬢……ちょっと、顔が近すぎるんだが……」
カティア嬢は顔を離すと、けろりとした顔で答えた。
「あ、ごめんなさい。もし死んでたらどうしようかと思って、息してるか確かめてたんです! でも良かった。ちゃんと生きてましたね!」
その言葉に、流されかけていた意識が一気に現実へ引き戻される。
「そうだ、俺は……!」
──襲われて、気を失ったのだ。
「カティア嬢! 俺を襲ったやつはどうした? 君は大丈夫だったのか?」
「えー……」
問いかけに、カティア嬢は視線を宙に泳がせた。それから、戸惑いながら返答を待つイヴァンを見つめ、ようやく口を開く。
「うーん、あれは……ちょうどお兄ちゃんが戻ってきたタイミングで、一緒に戦って倒しちゃいました♡」
思わず、「え?」と声が漏れた。倒した? 自分を一撃で吹き飛ばした相手を、新人パーティの二人が?
信じられなかった。彼らで倒せるほどの存在だったのか? それとも、『なかよし団』とは、それほど強いパーティなのだろうか?
混乱の最中にあるイヴァンの耳へ、ふと、かすかな寝息が届いた。そちらへ視線を向けた。
すぐ隣に、小柄な少年が静かに横たわっていた。深く眠っているらしく、身じろぎひとつしない。その顔立ちは、カティア嬢によく似ている。
「彼は? カティア嬢の……弟か?」
「いえ、お兄ちゃんです♪」
「……ん?」
聞き間違いかと思った。
「お兄ちゃんです♪」
どうやら、間違いではないらしい。彼が、一緒に戦って倒したという“兄”なのだ。だが、どう見ても弟にしか見えない。体格も顔立ちも、カティア嬢より幼く見える。
それよりも──なぜ、眠っている?
「……他の仲間は?」
「仲間はお兄ちゃんだけです♪」
そういえば、そんな話を聞いたことがあった。だが、特に気に留めてはいなかった。
「……彼は、なぜ寝ているんだ?」
「えっと……お兄ちゃん、戦闘で疲れて寝ちゃって〜。もうこうなると丸一日起きないんですよね。あはは」
イヴァンは言葉を失った。こんな場所で眠り込むなど、常識では考えられない。この兄妹はいったいどうなっているのか。呆れるほかなかった。
そのとき──ぐぅ〜〜……。
間の抜けた音が、カティア嬢の方から聞こえてきた。なるほど、意識が戻る前に聞こえていた妙な音は、これだったのか。
「……もしかして、腹が減ってるのか?」
「あはは、そうなんです。昨晩から何も食べてなくて……だから、イヴァンさんを起こして早く街に戻ろうって思ってました」
自分の名前が出た途端、イヴァンは身構えた。
「……俺のこと、知ってるのか?」
「はい。『蒼銀の翼』のイヴァンさんですよね。ギルドで何度か見かけました」
「……ああ」
経験上、こういう言葉の後は、女性がちやほやしてくるのが当たり前だった。正直、うんざりするほどに。“またか……”と内心でため息をついた。
「じゃあ、帰りましょう!」
「……え?」
あっけらかんとした態度に、不意を突かれた。カティア嬢が首を傾げる。
「……はい?」
「……いや、なんでもない」
イヴァンは視線を逸らした。自分の思い上がりもいいところだと、恥ずかしくなった。
気を取り直すように咳払いをひとつして、眠り続ける兄を指さした。
「帰るのはいいが、兄はどうするんだ?」
起きる気配は、まるでなかった。
「ああ、私が背負って帰ります! お兄ちゃん、小さいし可愛いし軽いから、全然大丈夫ですよ♪」
──今、“可愛い”と言っただろうか。聞き間違いではないはずだ。それにしても、妹に背負われる兄とはどういうことだ。兄として、あまりにも情けない。自分が思い描く“兄の姿”とはかけ離れていて、苛立ちが胸の奥にじわりと湧いた。
イヴァンはため息をつき、立ち上がると、眠っている兄を抱え上げた。
「馬に乗せよう。君も一緒に乗って、兄を支えてやればいい」
「わわ! いいんですか?」
「構わないさ。それより、緊急用の携帯食くらいは持ち歩かないのか? 今回は俺が来たからよかったが、その調子じゃ冒険者としてやっていけないぞ」
言いながら、自分が軽装で来ていることには触れない。それはそれ、これはこれだ。
「持ってるんですけど……食料はいつもお兄ちゃんが持ってて……。だから、お兄ちゃんが捕まらなくて、お腹が減っちゃって……」
言葉の途中で、カティア嬢の声がかすれた。
捕まらなくて? 言い間違いか? 意味が分からず視線を向けると、その瞳がわずかに潤んでいるのに気づいた。
「し、叱ってるわけじゃない! 強く言い過ぎてしまって、す、すまない! 次からは君自身も持っておいた方がいい……」
早口になり、思わず口ごもった。慌てて取り繕おうとしたが、良い言葉が思いつかず、小さな自己嫌悪が残った。
イヴァンは待たせていた馬のもとへ戻り、二人を乗せて手綱を引いて歩き出した。馬上では、目を覚まさない兄を、妹が支えている。手綱を握る指に、自然と力が入った。
父のもとへ行くのは明日にしよう。急ぐ用事ではない。そう考え、イヴァンは街へと向かった。
ふと、違和感に気づいた。あれほど強く身体を打ちつけたはずなのに、どこにも痛みがない。
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