セイヤの奪還、ユリアとヴェルーシアの一騎打ち
ここは森のなか。ローマ軍得意の騎兵や槍兵部隊を配するわけにいかない。本来なら、主戦場とするべき場所ではないのにユリアは飛び込んできた。
「おのれ、ローマ人……!」
「おまえたちに敬意を表し、最後はガリア人の得意とする森のなかで戦ってやる。そして、ローマ正規軍の強さを骨の髄まで味わうがいいッ!」
ユリアも絢爛たる笑顔で剣を振るっていた。彼女のゆく手を阻もうとした蛮族が次々と倒されていく。まさに戦いの女神そのものだった。花のように美しく、鍛え上げられた鋼より強く、悪夢のように恐ろしく、そして何より甘い蜜のように魅力的だった。
「セイヤ、怪我はないか!? ちょっとでも怪我があったら十倍にして返してやる!」
ユリアだけではない。他のローマの男たちも剣を振りかざして森に躍り込んできていた。
「生きてますか、セイヤの兄貴!」「兄貴が死んだら俺も死にます!」「そのまえにガリア人を皆殺しにします!」
どれだけの軍団を引っ張ってきたのかはわからない。ひょっとしたら、森で戦うために少数精鋭で乗り込んできたのかもしれない。
あちこちで戦いの声が聞こえてきた。聞きなれない怒声はガリア人のものだろう。
かたや、俺の耳でわかる言葉はラテン語。間違いなくローマの兵たちの声。その声がローマの戦士たちの圧倒的優勢を伝えてくれた。
森林のガリア人をいともたやすく蹂躙していくその強さ、圧倒的だ。
彼らが強いだけではない。
「ローマの戦士たちよ! ユピテルとマルスの加護を受けた勇者たちよ! 蛮族にほんとうの強さと力と正義を見せつけてやれッ!」
「「「おうッ!」」」ユリアの声に、男たちの野太い声が応える。
俺は理解した。
英雄が彼らを率いているから、彼らは普段以上の力が出ているのだ。
その一方で、ヴェルーシアは動揺していた。
「バカな。森のなかにローマ軍が入ってくるだと――」
すでにあちこちで、ローマの男たちが勝鬨をあげている声が聞こえてきた。
だが、彼女はやはり戦士だった。
大剣を振り上げると、司令官であるユリアに襲いかかってきた。
ガキッ! 金属同士のぶつかり合う音が響き、火花が散る。
「貴様がローマの英雄か。あたしがここで殺してくれるッ!」
「私のセイヤを怖い目に合わせた奴は、おまえだなッ!」
女同士の激烈な打ち合いが始まった。
「おまえを殺せば、ガリアに未来が開ける!」
「ガリアの未来は我ら(ローマ)と共にあってこそ開ける!」
「詭弁だ! ローマ人は侵略者だ!!」
「私の創るローマは違う。あらゆる民族が笑って暮らすためのローマだ!」
「戯言を言うな! 部族の滅亡も、奴隷の屈辱も受けぬッ」
「誤解するな! ガリア人だって普通に受け入れる。共存していく道はあるはずだ!」
「親父殿の考えをあたしたちは実行するだけだ!」
互いの主張と剣をぶつけ合う少女たちに気を取られていたら、背後から引っ張られた。
ぎょっとなって振り返ろうとすると、こちらも聞き覚えのある声がした。
「セイヤ殿、ご無事で」と、ドミティウスさんが器用に縄を斬ってくれた。
ありがとうと言いたかったが、正直、気持ち的にそれどころではなかった。
目のまえで、ユリアの剣がヴェルーシアの大剣に押されていたからだ。
「クッ!」と、ユリアがよろめいた。
得物の質量が違いすぎる。このままではユリアが殺られる。
その想いにドッと汗が噴き出した、まさにそのとき。
あの力が込み上げてきてくれた。助かった、と思った。
(ほんとうに『カエサル』を尊敬していて、憧れていて、好きだったんだな、おまえ)
だから『カエサル』をどうしても守りたくて、そばで戦いたくて。
その気持ちも、わかるよ。俺も一緒だから。だけど――
「ユリアからどけッ!」
俺の右拳がヴェルーシアの頬をしたたかに打つ。
「ぐッ!」と、不意を突かれたヴェルーシアがこちらを睨む。
「セイヤ……?」ユリアが小さく俺の名を呼んだ。
「いまのカエサル(ユリア)を守りたいのは、いまの俺なんだよッ!」
湧き上がる力を自分の意志で従える。さっきまでは何もできなかった魔術師風情に殴られ、蹴られ、ヴェルーシアが激怒していた。
「貴様ァァッ! ふざけるなよッ!」
不意打ちの衝撃から立ち直ったヴェルーシアが大剣で薙ぐ。無心に大きく飛び退いた。ブオンという大きな音がして、一瞬前まで俺がいたところを長大な鋼の刃が通過する。まともに喰らっていれば即死だったろう。
立ち上がろうとしてひざが崩れる。胸の辺りに違和感を感じて触ると、服と皮膚が切れてぬるりと血が手についた。
「おまえの相手はこっちだぞッ」
ユリアがヴェルーシアに斬りかかった。ヴェルーシアがその声に反応し、ユリアの斬撃を大剣で受け止める。
「貴様らふたりの首、まとめてガリアの神に捧げてやるッ」
「なめるなッ」
ふたりが激しく剣をぶつけ合う。
激しい音がして、ユリアの剣が真ん中から折られた。
「剣が……ッ」ユリアが呻く。
「さあ、これで最後だッ!」
ヴェルーシアが大剣を振り下ろす。
ユリアは転がって避けた。大剣が大地を咬む。
「ドミティウスさん、俺の剣は!?」
差し出された剣を奪うように受け取り、振り向きざまに鞘から抜き放つ。わずかでも、ユリアへの次の攻撃を遅らせたい――
大剣の攻撃に俺の剣がぶつかり、剣を持った右腕がしびれた。
(『カエサル』を守るために、二千年以上待ったんだッ!)
こんなところで殺されるのを黙って見ているものか――
(何とか、魔術で切り抜けられないか?)
だが、魔術でヴェルーシアを討つことはできない――
「ならば!」
俺は、右手を刀印に結び、気合いとともに魔術を放った。
その目標は――自分の剣。
「剣よ、月の女神ディアナの名のもとに、金剛石より硬く、鋭い刃となれッ」
魔術で剣が黄金色に輝く。太陽が剣の形を取ったかのように燦然たる光が森を覆った。
俺に許された魔術は、この時代の人を直接傷つけることができない。
しかし、間接的に剣に魔術を乗せることならできる。
「剣を持つなら、容赦はしないッ」
魔術はぎりぎり間に合い、ただの剣が魔剣に変わる。しかし、腕力が違いすぎる。受け止めようとした魔剣ごと、ヴェルーシアの斬撃が左肩にのしかかり、膝をついた。
「ぐあああああッ!」
斬りつけられた左肩に激痛が走った。
「セイヤっ!」ユリアが悲鳴を上げた。「よくも、セイヤを傷つけたなッ!!」
ユリアが俺の作り出した魔剣を掴んだ。
「うおおおおおッ!!」
魔術の付与された剣をユリアが振るう。
ヴェルーシアがその魔剣を自分の大剣で受け止めようとした。
魔剣がヴェルーシアの大剣を溶かすように切り裂いた。
ズンッという低い音がして、ヴェルーシアの大剣の上半分が地面に落ちる。
「もらった――!」
「待て! 殺すな、ユリア!」
ユリアが剣を振り下ろす。目の前で白い光が炸裂し、視界を白一色に染まった。
視力が元に戻るとそこには地面に座り込んでいるヴェルーシアと、その頭上ギリギリで振り下ろした剣を止めているユリアがいた。
ヴェルーシアの背後の木々が何本もなぎ倒されている。
ユリアが大きく息を吐いた。
「なぜ――あたしを殺さなかった」
「セイヤが大声で止めたからだ。礼なら彼に言え。彼は私の幸運の源だから、従うのだ」
周囲で抵抗しているガリア人たちは、もういない。
「あたしの部族の者たちは、みな殺されたのか」
「無用な殺戮はせず、降伏した者は保護するように厳命している。おまえもせっかくセイヤが救ってくれた命だ。身の安全は保障するから投降しろ。ルキウスの願い通りルグドゥヌムの町が守られればそれでいいんだ」
「そんなことを言って、あたしたちをあとで皆殺しにするつもりだろう」
「皆殺しにしたければ、いま殺しているさ」
ユリアのあっさりした物言いにヴェルーシアが沈黙する。
「部族に帰りたい者は帰ればいいし、ローマに行きたい者は一緒に来ればいい。どちらを選ぶのもおまえたちの自由だ。私は約束を守る」
ついに、ヴェルーシアが毒気を抜かれたような顔になった。
「さっき話した通りだよ。ユリアとは話をすることができる。彼女は約束を守る」
ユリアが改めて、ヴェルーシアの顔をのぞき込む。
「うむ。なかなかかわいいじゃないか。私と一緒にローマに来ればいい。はやりの服も似合うぞ。戦士としても一流のようだから、共に手を携えて新しいローマを創らないか?」
「か、かわいい……?」
ヴェルーシアが動揺した声を発した。ため息が出た。戦いが終わったと思ったら、いつもの女好きが出てきたのかよ。俺は殺されかけた、というか、それ以上に大変なことになりそうだったんだぞ。かっこよく助けに来てくれたおまえはどこ行った?
ヴェルーシアが不安げに俺を見たので、言ってやった。
「そうだな。かわいいと思うよ」いろんな疲れで、やや投げやりな気分で言った。
ガリア人の少女は、ぼんっと顔が赤くなった。
「かわいい……あたし、かわいい……」
小声で独り言をしばらくつぶやいて、ヴェルーシアは顔を跳ね上げた。なぜそこで俺を睨みつけるのかな。
「わかった。投降してローマに行く」
その顔、投降するというより宣戦布告みたいな顔してるけど。
ユリアがにへらと笑った。ちょっと下心が見えた気がしたが気のせいだろう。
「でもッ! あたしは誇り高いヘルヴェティ族の娘だ。借りはきちんと返さなければいけない。だから、あたしがいちばん迷惑をかけた、その魔術師に仕えることにするッ」
「「はっ?」」俺とユリア、ともに間抜けな声が出た。
「ヘルヴェティ族の族長の娘ヴェルーシア、貴殿に忠誠を誓うッ」
俺らを無視してひざまずくヴェルーシアを見て、ユリアが俺に問いかける。
「私、何か間違えた? どうしてこうなった? やっぱり斬っといたほうがよかった?」
「こらこらこら」
「そうか! セイヤがさっき『かわいい』なんて言うからいけないんだ」
「おまえが先に言ったんじゃないか」
「私はいいんだ。でも、セイヤが言ってはダメなんだ! そこで間違えたんだ!」
涙目で大騒ぎするユリアをなだめていたら、いつのまにかローマ兵たちが集まってきていた。みな、戦いを終えたのだ。
「セイヤ! もう一度、やり直すんだ!」「何言ってんだよ!」「魔術で何とかならないのか! それともセイヤはその女のほうがいいのか!?」「何か論点ずれてるし!?」「あたしはセイヤのものだ。身も心も。さあ、しつけろッ」「きみもちょっと黙っててね!?」
ローマ兵たちが遠慮なしに笑い声をあげていた。
「司令官殿、その辺でおやめになったほうが……」
「うるさい、ドミティウス! いま、セイヤと大事な話をしているんだ!」
ガリア人の血の海でもなく、森を焼き払うことでもなく、響き渡るローマ人たちの笑い声がこの戦いの終結を宣言していた。
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