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ユリア・カエサルの決断  作者: 遠藤遼
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引っ越しうどんをすする英雄たち

 ユリアの引っ越しが終わった翌日、まずは周りの方々へご挨拶に回った。


「セイヤぁ、一緒に行こー」


 放課後、遊びいく小学生のようにユリアが誘った。俺の役目は周りにお住まいの巫女さんたちへの手土産持ち。果物をいくつかずつ、かわいらしい袋に分けている。


「最高神祇官に就任させていただきましたユリア・カエサルです」


 バラを背負ったかのような輝く笑顔で巫女さんに挨拶するユリアが、万が一にも口説きモードに行かないように監視するのが、俺が自分に課した裏の役目だった。


「セイヤ、さっきの巫女さん、超かわいかったなっ」


「そういうこと言うな」ったく……。


 鼻の下の伸びがちなユリアを小突き、咳払いし、偶然を装ってぶつかり、事なきを得た。


 何とか家に戻ってくると、クララとキケロともえみちゃんが引っ越し祝いにやった。


 そして、そのしばらくあと、俺たちはなぜか温かいうどんをすすっている――


「ふむ。小麦粉をこねてひも状にしたものなんて初めて食べるが、独特の味わいだな」


 ユリアはリディグラというスープを混ぜる棒一本と、スプーンを器用に使って、強引に手作りしたうどんもどきをすすっている。俺はリディグラを二本もらって箸の要領で食べていたが、それを真似ようとしてクララがひどい目に遭っていた。


「セイヤ、これ、食べにくい」


 ぶーたれながらも食べ物を粗末にしないところ、クララはいい子だと思う。


「でも、味は悪くないじゃない」とクララ。


「うむ。魚の風味が効いていて、スープがいい香りだ」とはユリア。


「……おいしい」キケロも気に入ってくれたらしい。


 干し魚で取っただしにガルムで味付けしただけのシンプルなおつゆに、刻んだねぎを散らしただけのうどんだったが、好評のようで助かった。しかし、ローマ屈指の才媛たちが、椅子に座ってテーブルを囲み、うどんをズルズルすすっている姿はシュールだ。


 何でうどんをすすることになったかといえば、ユリアが引っ越し作業を終えたところで、「セイヤのいた世界では、どんな家に住んでいたのだ」という質問になり、やがて日本の引っ越し事情を説明し、引っ越しそばの話になったところで、ユリアが「食べてみたい!」と目をキラキラさせたのだ。


 言うまでもないことかもしれないが、ローマに俺の知るそばはない。そば粉も手に入らなかった。そっちはそれでよかった。手打ちそばなんて作ったことないから。


「そうか。残念だ……。セイヤの食べていた物を、私も食べてみたかった……」


 心の底から残念そうに落ち込んでいるユリアがかわいそうで、思わず「うどんっていう食べ物もあるんだけど」と言ってしまったのが運の尽きだった。ローマには小麦粉ならふんだんにある。だしを取る干し魚もあれば、しょうゆ代わりのガルムもある。


 引っ越しそばの予定がうどんになったが、某うどん県では引っ越しうどんがあると聞いたこともあったし。それに、そば打ちは異常に難しいイメージがあるが、うどんなら何とかなるんじゃないか。リヴィアがパンをこねるところは見たことあるし。


 まったくもって甘い目論見だった。スマホさえ生きていれば某お料理サイトを検索して手打ちうどんの要領を調べられかもしれないが、この世界でスマホなんて使えない。


 けれど、餌を待つペットの犬のようにキラキラしているユリアのためにとにかく頑張った。けど。うどん、なめてました。ごめんなさい。


 捏ねて、踏んで、汗まみれになって、人生初挑戦のうどん作りに四苦八苦していたところにもえみちゃんがやってきて、応援だけはしてくれた。


「もえみちゃん、めんつゆとか作れたりしない?」


「ふふふ。センパイは料理のできる後輩キャラより、料理がダメな後輩キャラのほうが萌えると思いませんか」


「思わねえよ」ディアナの分身とか言っても、こいつ、ときどきマジでイラッとする。


 結局、俺がおっかなびっくりうどんをぜんぶつくることになってしまった。


 だが、うどん作りをがんばったおかげでいいこともあった。


「それ、食べられるものなのです? 小麦を無駄にしないでほしいのです」


 広い台所で作業していると、リディアに汚れ物を見るような目で見られていた。水浴び事件の後遺症であった。どうしたものか。


「まあまあ、リディア。せっかくのセイヤの手料理なんだ。お手並み拝見と行こう」


 ユリアの方は昨日の後遺症は抜けているようだった。助かります。


「そうだ、少しだけ豚肉をもらえるかな?」


「豚肉、貴重なのです。無駄にしないでほしいのです」


「少しだけでいいから」


 リディアからなるべく脂身の多い部分を分けてもらう。それを細切れにして、別の小さな鍋に取っておいた出し汁がに立ったところへ入れる。さっと火が通ったところへうどんを入れ、ねぎを散らす。「ふむ。いい匂いだな」とユリアが鼻を引くつかせた。


 とろりと豚の脂の絡んだうどんをどんぶりに盛り付ける。


「さ、これはリディアの分」


「えっ!?」


 リディアがびっくりした表情で俺を見上げた。


「俺たちはこっちの冷たいもりうどんを食べるから、これはまかないってヤツ。いつもお世話になってるお礼も兼ねた感じ?」リディアが豚肉料理が好きなことは知っている。


「えっ!? えっ!?」リディアが俺とユリアの顔を何度も見比べる。


「いいなあ。まかないの方が私たちの分よりうまそうだ……よかったな、リディア」


 ユリアが硬直しているリディアの頭をなでた。


「こ、こちらこそなのです。いつもユリア様がお世話になってるのです」


 ちょこんと頭を下げて、リディアが豚肉のうどんすきをすすった。


「すごくおいしいのです」満面の笑みを見せてくれた。よかった。


 咳払いをしてリヴィアが感想を続けた。


「料理ができるお兄ちゃんって、良いと思うのです」


「おっ、とうとうリヴィアが自分でセイヤをお兄ちゃんと呼んだぞ」


「もうあたしはこのウドンを食べて決めたのです。セイヤをお兄ちゃんと呼んでやってもいいのです? ウドンに免じてなのです? 妥協の産物なのです?」


 顔を赤くして早口でリヴィアがまくし立てた。


「おいしいものの力ってすごいな」これまで散々絡まれてきた経緯をそっと振り返った。


「先日、ユリア様を救ってくれた件もあるし、さっきの井戸の件は許してやるので、これからもセイヤお兄ちゃんはリヴィアにおいしいものを作るのです」


「ただのシェフ扱いかよ」


「これからも精進せよなのです」「へーへー」


「ははは。よし、こっちが私たちの分だな」と、ユリアがもりうどんを運んでいく。


 そして、みんなですすっているのであった。


 われながら、初めてにしてはうまくいったと思う。個人的には、久しぶりに日本風のものが食べられたので、それだけでもうれしかった。


「センパイの手料理……ぐふふふ」


「……キケロ、あんたのところの異世界人、何かちょっとキモイけど、大丈夫?」


「……たひかにひもひはるひ」


「キケロ、飲み込んでからしゃべりなさい!」


 このメンバーでいちばんの常識人は、クララなのだろうか。


「うむ。『ヒッコシウドン』、おいしかったぞ。ごちそうさまっ」


「ごちそうさま。今度これ売れないかどうか考えてみるわ。アメリアは作れるかしら?」


「……ごちそうさま。おいしかった」


 引っ越しうどんを食べ終えて食後の水を飲んでいると、キケロが改めて切り出した。


「……実は明日、私の家に客人が来るのだけど、ユリアにも会ってほしい」


「誰が来るんだ?」


「ルキウス・マリウス」


「あたし行くっ!」速攻でクララが挙手して立ち上がった。椅子がひっくり返る。


「ドラゴン便の元締めが来るなんて、いろいろ情報交換できるチャンスじゃない!」


 商機を見るに敏なヤツなんだなと思う。


「どうした、セイヤ。渋い顔をして」


「キケロがユリアに会ってほしいって、カテリーナのときと同じ形だなと思って」


「……大丈夫。今回は元老院を敵にしない」


 聞いてもいないのに前もって説明されるところが、かえって怖い。だが、ユリアは笑顔で明日の訪問を約束していた。「セイヤ、一緒に行こう」

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