ユリア・カエサルとガリアの縁
翌日、キケロの家で俺たちは人の良さそうな中年男性を紹介された。それが一代でドラゴン便を作り上げたルキウス・マリウスさんだった。
「……ルキウス・マリウスは、地元のルグドゥヌムの町をガリア人に侵攻されている」
これは秘密の話だが、総督がよりにもよって娼館でガリア人よって暗殺され、その隙を突いてヘルヴェティ族のガリア兵五千人がルグドゥヌムに侵攻してきたのだという。
元老院側では打つ手をこまねいているらしい。
「ガリアは属州とはいえガリア人との国境であり、最前線でもある。冬はローマとは比べ物にならないくらい寒いし、元老院議員が私腹を肥やすには貧しい土地だからな」
ユリアが飲み物を飲みながら教えてくれたが、俺は別のことで頭がいっぱいだった。
ガリア人。とうとう出てくるべき単語が出てきた、そんな感じだった。『カエサル』といえば『ガリア戦記』。ガリア人との戦いこそ『カエサル』の真骨頂といってもいい。
いよいよ、ユリアもガリア人と戦い始めるときが来たのだろうか。
「しかし、ローマの安全保障のためには、ガリアの平和はなくてはならない」
ルキウスさんがユリアに飲み物のおかわりをつぎながら付け加えた。
「暗殺された属州総督は小カトー派の人間でして。あまり評判のよくない人物でした」
「小カトーとしては、自分の派閥の人間がしょ、娼館……なんてところで暗殺されたとなれば、あまり公にしたくあるまい」恥ずかしいなら言うなよ、ユリア。
「……だからこそ、反カトー派の期待はユリアに集まっている」
先日のカテリーナ事件での演説以来、反カトー派や日和見派の期待が、ユリアに集まっているというのだ。
「なるほど。小カトーの失点にさらにつけこむようでいいじゃないか」
ユリアが舌なめずりするように言った。
「いまのうちに私は外堀を埋め、どんどん地盤を固める。気がつけば地盤自体が逆転していて、直接対決なしで小カトーに私が勝利する。それが最善のシナリオだろ?」
この辺がやっぱりうちのユリアは只者じゃないところだ。
「われわれとしても、前総督殿の官僚主義ぶりと賄賂好きには頭を痛めていました。聞けば、派閥全体がそのような有り様とのこと。ユリア様にお力添えいただければ、われわれはユリア様を支持させていただきます」
ユリアの支持基盤が増えるという、ルキウスさんの言葉は魅力的だった。
「私にはみなさんのお役に立てる財力がございます。これをみなさまのお役に立てなければ、私はただの金貨収集家で一生を終えてしまいます」
「……だから、ユリア、あなたにお願いしたい。形上は『ルキウス殿の個人的な陳情に答えた』ということになるから、今回はルグドゥヌム周辺の属州軍団を率いてもらうことになるけど、ガリアに赴いてルキウス殿を脅かすヘルヴェティ族を追い返してほしい」
討伐せよ、と言い切らないところがキケロらしかった。
「……お願いするにゃん」
「ぬあああああ! 仔猫の真似だと! あざといぞ、キケロ! かわいいじゃないか!」
ユリアが悩乱し、クララがユリアの頭をはたいた。
「クララ、痛い……」「バカ」
仔猫のポーズのまま、キケロが真面目な話を続けた。
漫才をやりながらも、ユリアの目つきが変わっていた。たっぷり考え込んでいる。その間もキケロはなぜか両手をくたっとさせた猫のポーズのままだった。ちょっとかわいい。
「ユリア、ガリアへ行くべきだ」
ユリアが顔をあげた。俺と目が合ったユリアが軽くうなずいた。
「ルグドゥヌムに行く。このユリア・カエサル、必ずルキウス殿のお役に立とう」
こうしてユリア・カエサル初めてのガリア行きが決定したのだった。
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