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子蘭 乱心す

 子蘭 乱心す


 王の急逝により子蘭が王に推挙された。

 鯨王の「子蘭嫌い」は楚廷でも有名であった。

 王の後継も彼以外に禅譲する。鯨王は心に決めていたほどだ。

 鯨王は常軌を逸した異常さで愚息をなじり、その絶望を埋め合わせため、屈平にあらん限りの期待を寄せた。


 子蘭は鯨王の政策を全否定した。まず鯨王と昵懇の臣下は悉く笞罪・杖罪・徒罪に処せられた。

 諫言する硬骨漢もいたが、あえなく烹煮(釜茹)刑を賜った。

 子蘭は母を知らない。父の愛も知らない。理解者もない。同情者もいない。

 温もりのある愛情に飢えた子蘭は父から褒められようと願い、必死の努力を重ねたが、認められなかった。繰り返される鯨王の拒絶の果てに、彼が辿り着いた終着地は「何をやっても無駄」という虚しい経験則であった。

 ここに至って子蘭は、20年間自らのハラワタで煮え繰りかえっていた怨念のはけ口を得ることができた。

 子蘭は自分を否定した存在、嘲笑した人物を徹底的に摘発し、吊し上げ、弾圧し、処罰し、一部を誅殺した。その徹底ぶりは凄まじく彼の異様な執念は楚廷を震え上がらせた。

 子蘭自身もその行為が残虐であることを理解していた。

 彼の頭の中では「もう許してやれ」という良心が訴える。床に跪き命乞いをする老臣に子蘭は涙を流した。哀れだ。あまりにも哀れだ。

 しかし子蘭はそれを理解しながらも、自分の腹底から沸き上がる復讐の怨念によって止めることが出来なかった。

 子蘭は長年自分を否定するものを、逆に徹底的に否定することで、長年踏み付けられ虐げられや傷だらけの自尊心を死にものぐるいで回復させようとしたのである。

 復讐の炎が下火になった頃、子蘭は新王権の組閣を急いだ。

 切迫した秦の情勢に対抗できる即効性のある行政改革を断行する。しかし、鯨王に仕えた臣下を根絶やしにしてしまったため、彼は大量の人材が必要となった。

 急遽人材募集の詔勅が出されたが、楚廷の政変と粛正の噂は各地の論客を凍り付かせた。そのため集まってきた輩は箸にも棒にも引っかからなかった曲学阿世の徒や命知らずばかりだった。

 結局子蘭を取巻くものは、阿諛と道化と酷吏で占められた。宰相に至っては楚に到着して間もない無学者が抜擢された。

 面接時に「法家を少し囓った事がある」と口走った理眞りしんは、子蘭から令尹(丞相)の命を拝された時、今後の自らの運命を恐れ、失踪した。


 その頃、屈平はどうしていたのだろうか。


 屈平は疲れ切って、深い眠りに落ちていた。

 何日経過したのかハッキリしない。空腹もなかった。夢もなかった。

 今まで肉体に鞭打ち自己を支えてきた気迫が、煙のように消えた。そして生気のない・魂が抜けた体だけが残った。

 重い身体を起こす、彼は囚獄に収監されている事に気付いた。

 殺風景な室内は、ほの明るい。昼だろうか。鉄格子から外の様子が見えた。

 楚兵の行進がみえた。

 しかし、嘗て20万の軍勢を指揮した将軍に振り向く部下は、もはや一人もいない。


 彼は思い出した。私は名誉を失った。義務を失った。理解者を失った。

 数日前、鯨王の最期を知った時、彼は我を忘れて慟哭し、肩を震わせ嗚咽し、血を吐いた。

 鯨王の最期は、我を育ててくれた国父の死。信頼してくれた理解者の死である。しかも誤解を抱いたまま泉下に消えてしまった。

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