国家転覆
悲報は各国を巡った。恐怖にかられた人々の間で流言飛語が飛び交う。戦場から近かった韓では各地でパニック状態となり、土地を捨てて逃亡する流民が多発した。
そして国内の治安が極度に悪化し、流民の一部は暴徒化した。かくして韓の都は無法地帯となり、韓王は処刑され遺体は市中に晒された。
一国で乱が起ると、それを鎮めるという名目のもと、新たな侵略が始まる。
楚は激しく動揺した。
小心者の鯨王は周章狼狽し、屈平にすがった。
臣下も東への遷都まで口走るようになった頃、なんと秦が先手を打ってきた。
函谷関の戦いから僅か二か月、秦の外交使節が楚都に現れた。
幟旗には好誼とある。敵意はないようだ。鴻臚使によると秦王は楚と婚姻関係を結ぶべく、鯨王と親しく会見したいという。
ただし、秦=楚両国間の係争地については、楚が秦へ割譲を願いたい。これを両国友好の「担保」にしたいという。
秦から突きつけられた要求にどう回答するか。
楚廷は協議が開かれた。賛否の議論はない。拒否した場合、楚にどのような仕打ちを受けるか予想できないからだ。
「やむを得ない」
「詮方ない」
議場は秦へ譲歩して婚姻関係を結ぶべきという空気が流れていた。
しかし鯨王の面目もあり、誰も譲歩を切り出すことが出来ない。
しばしの沈黙の後に、見るに見かねた鯨王は自ら切りだした。
「秦と友邦を結ぶ好機ではないか・・」
一同がそれを聞いて安堵した途端、屈平は弾けるように諫めた
「怪しい!」
ここで太子・子蘭が進み出た。そして鯨王に拝し、ゆっくりとした口調で述べた。
「これは秦から破格の計らいです。この千載一遇の誘いを断ってはなりませぬ。」
屈平「子蘭よ。秦は虎狼の国だ。いつかは楚を裏切る。誘いに乗ってはならぬぞ。」
子蘭「屈平。秦使は鯨王が盟主とを知っていたぞ。それにも拘わらず秦は『恨みに報いるに恨みをもってせず』と応えた。秦は胸襟を開き、温かき和平の手を差し伸べてきた。その国のどこが虎狼か?」
子蘭の弁舌は巧みで説得力に満ちていた。並いる群臣は驚いた。子蘭がこんなことを堂々といえる男とは考えなかったからだ。
屈平「不幸にして事破れたが、楚軍の総兵力20万は依然健在である。韓は滅びたとはいえ、趙・魏両軍の損害は軽微だ。秦の戦車を凌ぐ戦闘能力のある趙騎隊は無傷である。いずれ時を見て南北双方から策動すれば・・」と言いかけた時、子蘭は屈平の言葉を遮った。そしてこう激白する。
「また戦さか!国士は国難を救う目的で育成されたのではないか? 貴様が令尹(宰相)になってからというもの、戦さばかりではないか?」
そして子蘭は屈に向かって指さしながら、こう続けた「そもそも函谷関の戦いは貴様の発案ではないか?それなのになぜ申差だけ攻撃に行かせた?申差は責任を取った。名誉の戦死をした。我が身を顧みず、国家に殉ずるが国士ではないか?それが国士の所業か?」屈は真蒼な顔をしたまま、黙って子蘭を見ていた。子蘭はここぞのばかりに屈を詰問した。
「なぜ自決しなかった?」「もしやお前、我々を秦に売ったな。」
列席の臣下一同は声を失った。
しばらくの沈黙のあと、子蘭は鯨王に向かい、手を拱いてこう奏上した。
「湘潭で切株がモノを言う声が聞こえた報告がありました。これは楚の怨嗟を切株を借りて言わしめたのでしょう。」
子蘭の声が途切れ、沈黙が続いた。鯨王は思案すること数分、長考の果てにこう言った。
「子蘭の言うとおりだ。」
屈平は耳を疑った。そして顔や手足の蒼白になり、呼吸が出来なくなった。息苦しく身をかがめると徐々に眼前が薄暗くなった。
物心ついてからというもの、鯨王は絶対的にな理解者であり、強力な後ろ盾であった。
それがあったから、屈は超人的な努力、大胆な英断が可能であった。
楚廷には鯨王の逆鱗に触れてまで屈のために弁護しようとする者はない。
そして臣下は、三々五々屈平の売国行為を口々に罵り、このような輩を国士としたことが恥ずかしいと言い出した。
「もうよい。」
鯨王は諫言を遮った。
そして国父はこめかみを震わせて屈平にこう言い放った。
「失せろ!」
鯨王は屈平の忠告を無視した。その数日後、僅かな従者を引き連れ秦との交渉へ出発した。
そして国境近くの町に到着したが、その直後に鯨王は忽然と姿を消した。
楚では必死に捜索活動が行われるが、1ヶ月後、鯨王は遺体で発見された。溺死であったという。




