3
「娘さんや……フィリア、と言ったか。お前さんが、今帝都を中心に騒がせている黄昏人だったのかい」
「……はい」
まだ信じられない、納得できない部分が多いけれど。
フィリアが目を伏せて静かに肯定すると、老婆は「そうかい……ああ、それで」と納得したように何度も頷いていた。
帝都の西にあるグルンレスタに辿り着いたフィリア達を招きいれた老婆の家は、こじんまりとした二階建ての家だった。一階の入り口から続く一部屋に薬用植物や乾草を所狭しと置いてあり、どうやらそれは売り物らしく、占い師は副業だという。
裏口らしきところからその奥の部屋に通され、スープとパンをテーブルの上に並べて用意してくれた。そこでようやく、フィリアは昨晩から何も食べず飲まずで、喉が渇いていたことに気付く。スープを口につけると、何やら不可思議な味が広がった。同時に温かな湯気と混じって芳香が届く。すう、と心に染み渡るような香りだ。
じっとスープの中を眺めていると、そんなフィリアの疑問に答えるように、「鎮静作用のあるクスの草を混じえておるんじゃ」と向かいの老婆が言った。
「……やはり、ここでも噂は広まっているか?」
フィリアの隣で同じようにスープに口をつけていたアレシアが確認するように問うと、老婆は小さな目をまんまるくした。
「当たり前じゃい。処刑寸前の黄昏人があの黒騎士を操って、帝都の周辺に魔物をばら撒きながら逃亡中、だという布告が明け方にここでも出たばかりじゃからな」
無駄だと知りつつも、フィリアは慌てて否定した。
「あ、操ってなんていません! そ、それに、魔物をばら撒くだなんて、一体……アレシアさん達は知っていたのでしょう?」
街に着いたときの老婆との会話で聞いたときも、耳を疑ったその台詞。確かに最近では魔物は活発化しているという、城の中でももっぱらの噂だった。しかし、こんな状況で、まるで帝国軍の戦力を分散させるようなこのやり方は、誰かの仕業としか思えない。そして、老婆とのやりとりで、アレシア達が関係しているとフィリアは確信していた。
問われたアレシアもとくに否定せず、淡々と説明した。
「ケルジャナ砂漠に着くまでの、というよりここを発つまでの些細な時間稼ぎの為だ」
「でも、魔物は人を襲うのでは!? このままでは、街の人たちが」
――魔物によって、殺されてしまう。
帝都周辺は街も人も多い。商人の往行も激しいのだ。彼らが魔物に襲われたら、と思うとフィリアはそわそわと落ち着かなくなった。魔物と街中で遭遇したときの、あの地を深く抉る爪や牙や飢えを主張した荒い息遣いを思い出して、フィリアは強く訴える。
「帝国軍の奴らが腑抜けなら、そうなるだろうなぁ」
けれど、斜め向かいに座るシェルンがふ、と口の端を上げて笑う。フィリアの訴えなど、嘲りの色を含んだ軽い笑いで流されてしまった。唐突に、怒りがこみあがる。
「そんな、無関係の人まで巻き込むやり方なんて、酷い……!」
「なら、あんたはあのまま処刑されてよかったのか?」
「……!」
シェルンは頬杖をついて、フィリアの顔を覗き込んできた。
「せっかく、苦労して助け出してやろうってのに、文句を言われるなんて心外だね。なんなら今、あんたをこの街の外へ放り出してやってもいいんだぜ? 黄昏人に龍を奪われた黒騎士、魔物の出没、逃げ出した黄昏人、その話題で街はもちきりだ。街の人間は皆ピリピリしている……そんなところにあんた一人置いていったら、さぞかしすごいものが見れるだろうな」
軍部による公開処刑なんぞより、もっとひでぇもんが。
相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべながら、付け足した。わざと怒りを煽るような言い方をして、フィリアがどのような反応をするのかをわくわくしながら待っているような、表情だ。思わず、息を詰まらせたフィリアだったが、彼の双眸の中に好奇の色を見つけて、逆に冷静になることが出来た。深く、息を吐く。
「……いいえ、私はまだ、死ぬわけにはいきません」
ヒユウの龍を奪ったのは軍部なのだが、それすら黄昏人の手によるものとなっているのか。
今、街の中に行けば、住民の手によって、帝国軍に突き出されるだろう。いや、それよりも激昂した彼らによって殺される方が可能性が高い。そうなるには、まだ早い。自分は周囲を何もかも巻き込んだまま、死んでしまうことになる。記憶も戻らないまま、何も真実を掴むこともなく、ハデス司祭やヒユウやツヴェルフやメイリン達を犠牲にしたまま――それだけは、厭だ。
「助けて下さってありがとうございました……アレシアさん、シェルンさん。私、助けてもらったのに、お礼を言うのを忘れていました、ごめんなさい」
二人に向かってフィリアは頭を下げた。頬杖をついたままのシェルンは目を丸くしていたが、隣に座るアレシアは眉間に皺を寄せる。
「私、ここで死んでしまうのは厭です。まだ、知らねばいけないことも、しなければいけないこともあります。だから、ここから脱出するのに、協力してください」
再び頭を上げると、シェルンと目が合った。反応に困ったのか、頬杖をついたまま僅かに固まっていた彼だったが、すぐに表情は面白いものでも見つけたかのように輝いたものとなった。
「……ふ~ん、なかなか頭は悪くはないようだな。いいぜ、協力してやろうじゃねえの」
にやにやと相変わらず失礼な物言いのシェルンに対して、アレシアがテーブル越しに睨みつける。そして、フィリアと向かい合った。
「……元より、私達はお前をこんなところに放置することはしない。そんなことより、シェルンの軽口に真面目に答える必要なんてないんだぞ?」
そう諭すように言われてしまい、フィリアは苦笑した。
「とりあえず、ここを脱出するのは勿論早い方がいい。明朝にでも、出立する。そのあと、ケルジャナに向かう。そこに行けば、安全だ。お前にとっても私達にとってもな」
食事が終わったあと、アレシアはこのあとの予定を簡単に説明し出した。そこでフィリアは前から抱えていた疑問を口にしてみた。
「貴方達も、黄昏人なのですか」
黄昏人である自分を助けたのだから、きっとそうなのだろう。確認の意味で訊いたつもりだったが、意外にも目の前の二人から返ってきた答えはそれを否定するものだった。
「私は違う、黄昏人ではない」
「俺も違うなぁ」
「え……、じゃ、じゃあ、どうして私を助けたのですか?」
黄昏人でないなら、普通の人間ということなのだろう。普通の人間が、人間の敵とされる黄昏人を、しかも今まさに帝国軍に追っ手をかけられている自分を助ける理由が見つからない。
フィリアが戸惑いながら尋ねると、アレシアはその秀麗な面に苦渋の色を浮かべた。
「……何も、帝国に虐げられ、叛く者は黄昏人だけではないということだ」
「え……?」
驚愕するフィリアを見遣りながら、アレシアは続ける。
「私達のような反帝国組織の多くは、エルカイル教会の教化政策によって、迫害を受けた者達だ。お前と同じ黄昏人の血を持つ者もいる。彼らが、迫害されて地を追いやられた私のような者を、ケルジャナへと導いた」
「反、帝国組織……。教化政策……?」
初めて知る言葉。そのあとに続く迫害という不穏な言葉。アレシアの表情には、何か沸々と湧きあがるものを上から抑え込んで塞き止めているような必死さがあった。常ならば、あまりこれ以上は深く突っ込みたくないと思うだろう。しかし、今は少しでも現状を知る必要があるのだ。辛そうなアレシアを見るのは忍びなかったが、フィリアはその先を促した。
「……お前はエルカイル教のシスターだから、知らないのも無理はないだろうな」
アレシアはふう、と重い溜息を吐いて、話し出した。
「黄昏人の娘を、見つけたとのこと。ギルベルトから報告だ」
ゼノンの右腕を見ると、そこには小鳥がちょこんととまっていた。軍服に身を包んだ、隙の無い壮年の男と、可愛らしい小鳥。なんとも、心をくすぐる平和な光景ではあったが、それも見る者が何も知らなければとのこと。その小鳥は、諜報用として飼育された軍鳥なのだ。
「どうやら、今宵はグルンレスタに留まるつもりらしいな」
「……舐められたものですね」
眼鏡の奥で不快そうに目を細めて、ノエルは言った。
「まあ、あのような戦いの知らぬ小娘だ。死者の森を徘徊するだけで、疲弊は濃いだろう……今後のことを思えば、多少なりとも休息は必要だろうな」
ゼノンは小鳥のとまった右腕を窓の外へと出す。すると小鳥は翼を広げ、何度か羽ばたきしたあと、その身を虚空へと滑らせた。緩やかな弧を描きながら、帝都の上空へと舞い、その姿が微かな点となるまで、ゼノンは見送り続けた。
「……黄昏人の小娘とともにいる者もやはり、黄昏人なのでしょうか?」
振り返り、執務机に戻るゼノンに向かって、ノエルは尋ねる。
「いや……小娘を助けたとなれば、ヒユウの息がかかっていようがいまいが反帝国組織の者であろうが、何も反帝国組織が黄昏人と直結するわけではないからな」
まだわからん、と答えながら、ゼノンは椅子に腰掛ける。ノエルは顎に手を添えて、ああ、そういえばそうでしたね、と頷いた。
「エルカイル教会による教化政策の名残、というやつですね」
教化政策。それは、この大陸の隅々まで、エルカイル教会を、龍の支配を行き渡らせる為の、政策。この地に住む人間の、エルカイル教以外の信仰は許されない――いわゆる、思想・信仰の統制であり、強制だった。
「ロウティエ帝国建国より以前、この大陸が乱れに乱れていた時代、人々にとって神の概念はそれぞれ違っていた。龍を神とするエルカイル教会、彼らによる教化政策のきっかけとなったのは、黄昏人が『この世に黄昏を齎す者』として敵対し始めたことだろうな」
「ええ、建国後初めての危機でしたし。より一層、大陸を一つに纏め上げることが必要だったのでしょう。黄昏人の力は龍にとっても、彼らにとっても、脅威なのですし。帝国建国後も、創世神話にもある龍族を神とする者、大地自体を神と崇める者、精霊信仰、それはその土地によって違いましたといいますからね」
今でこそ、強大な支配力を誇るエルカイル教会。それが急速に大地に染み渡ったのは、ロウティエ帝国建国時だ。
「この帝国が建国する前、この地は荒れ果てていた。レテ河が滅びの河と呼ばれ、死者の森が出来るほどに。その混乱の極みに現れたのが一人の若者……大陸統一を成し遂げた彼は、いつしか民衆に『神の代理執行者』と呼ばれるようになった、それは、その背には偉大な龍の存在があったからだろう。龍の声を民衆に伝え、そうしてロウティエ帝国という一大国家を作り上げる。かの若者の名がエルカイル――すなわち、彼こそが、今大陸の端まで支配するエルカイル教会の、初代教皇だ」
この歴史はこの帝国に住む者ならば誰もが知っている。英才教育の徹底した貴族と違って、学校に通うほどの稼ぎがない貧しい平民でも、祖父から親へ、親から子へと、当たり前のように帝国の成り立ちは語り継がれる。幼子の寝物語として、はたまた、吟遊詩人によって紡がれる偉大なサーガとして。様々な語り口によって、民衆に浸透しているのだ。それは、この大陸を一つに纏め上げた龍に対する畏れと敬服の為――それもあるが、勿論、それだけではない。歴史は、いつだって様々な思惑のもと、人によって作られ、人によって語られるからだ。
「初代教皇エルカイルは、象徴としてロウティエ帝国の建国を支え、ともに戦乱を過ごした一人の騎士を初代皇帝として選ぶ。そして彼に統治を任せた……その筈だった。そして、彼自身はあくまで陰にいることを選んだ筈なのだが……」
龍の存在は、人々にとって、あまりにも大きく。だからこそ、エルカイルに対する期待も畏れも大きく――
ロウティエ帝国は皇帝による立憲君主制。表向きはそうなっているが、事実上の支配者は、“龍の託宣”を行い、神の代理者である教皇――しかし、教皇に目通りが叶う者はこの帝国で数えるほどしかいなく、その御姿自体が帝国最高機密。そして、その御声を届ける使命を有するのがエルカイル教会大司教で構成される最高立法機関・元老院――最早、教皇は人というより、神と同義となっている。だから、国家としての最高統治者は元老院、すなわちエルカイル教会大司教なのだろう。皇帝、帝国軍最高幹部らも政治に深く関わる存在ではあるが、元老院の独断専行を防ぐ為に設けられた意味合いが強い。その意味合いも、最近では弱まっているが。
「やはり、エルカイル教はこの帝国の礎なのだ。人々の、この国に龍の加護が存在する根拠なのだ」
「それは、そうでしょう。エルカイル教会によって、人々の神がひとつとなったのです。そしてこの大陸は纏まり、今尚、安定した秩序を保っていられるのです……それによる弊害が、最近の元老院には見えてはいますが」
人々の教皇に対する信仰を一番よく知っているのが元老院だ。彼らは自分達の存在、発言の重さをわかっている。だから傲慢な態度で、軍部に対しても圧力をかけ続け、煽っている。彼らのその横暴ぶりは、目に余るほどで。クラーヴァを筆頭に、誰もが元老院に対して反発を強めていた。
―― けれど。
「……お前は、ヒユウの扱う龍の力に疑問を感じても、教皇の龍の託宣に対しては疑問を感じないのだな」
「ゼノン殿……?」
その反応に、ノエルは当然のように疑問を深めた。ゼノンが、何に対して懸念を抱いているのか、わからなかったからである。ノエルの意見は至極普通のものである。だから、何故ゼノンがこれほど苦々しい表情を浮かべているのか、不思議でならない。
龍の託宣。
それは、ノエルにとって――否、この大地に暮らす人々にとっては、祝福であり、希望であり、奇跡。大地を潤す水、人を生かす酸素――生まれた時から、それは絶対だった。
「……龍の託宣によって、この国は安定した秩序を保ってきたのです。彼の声に従って、この大陸はやっと一つに纏まることができました」
「……そうだ。それに偽りはないのだろう。だが、だからと言って、真実がずっと真実のままでいるとは限らない」
ノエルは眼鏡の奥で、漆黒の瞳を見開かせた。
「……ゼノン殿、あなたはまさか、教皇の存在を疑っているのですか……!」
神をも畏れぬ行為だ……! とノエルは目を丸くして、ゼノンを仰ぎ見た。
天才的な頭脳を持つという誉れを受けてきた彼とて、ヒユウ一個人が龍の力を持つことに危機感は抱いても、龍の声を届けるという教皇には何の危機感も抱かない。今回の託宣で、軍備縮小という、どう見ても、元老院側に有利な内容であっても、クラーヴァのように文句は出ても、それでも、その怒りが教皇に直接向くことはない。それを不思議とも思わない。
何故ならば、教皇の存在を疑うことは禁忌だからだ。それを生まれながらにして、教わる。禁忌を破るということは、すなわち自らが異端であるという証だからだ。異端は迫害され、追いやられる存在である。だからこそ、深層意識で人々はそれを強く禁止している。微かに触れるだけでも、人々はひどく怯え、全身で拒絶する。
「……物心つく前からこの国の歴史を、成り立ちを聞かされ続けた結果、それは全ての礎となる。神という絶対的存在として君臨し、思考、価値観、思想の基礎となる。礎を根底から覆すことなど、しないのは当然だろうな。自己否定に繋がるのだから。最初から、自分が君臨され支配されていることにすら、気付けない。だからこそ、信仰は恐ろしい」
だからこそ、異端の存在を罪あるものとして当たり前のように断罪できるのだ。
「大神殿の奥に坐し、託宣を続ける教皇。……誰もが、教皇の声を龍の声と信じている。誰もが、それに危機感を抱きはしない。帝国が築かれてどれほどの年月を経ても尚、神の祝福が存在すると、このまま永遠に続くと信じたいからだろう……」
「ゼノン殿……」
憂える彼の言葉に、ノエルはどう返していいのか正直わからなかった。帝国軍部を纏め上げた男の、少し漏れ出でた心の声に、動揺すらしていた。
そんなノエルの様子に軽い笑いを口の端にのせて、ゼノンは続きの話に入った。
「残念ながら、大神殿の奥には容易く入ることは出来ん。私も、そしてヒユウも幾度か大神殿の奥を調べようとしたが、彼奴らはそれを嘲笑うかのごとく、侵入者の首だけが送り返されてきたからな」
「……ヒユウ殿までもが」
疑っていたのか。
ゼノンと同じく、教皇の存在を。
何故か、敗北感に似た憤りが喉の奥までせりあがってくるのを感じて、ノエルは慌ててそれを無理やり飲み込んだ。
「そう。ことごとく、侵入者は排除された……だというのに。聖祭の折、大神殿に賊が侵入しかけたのは覚えているか?」
ノエルは、勿論だと頷いた。
「ええ、確かに、あれは不自然でしたね。大神殿には『聖なる手』が潜んでいる筈。たとえ、奥まで侵入できないまでも、祭りの賑わいに乗じて、と言っても、取り逃がすなんてことは……」
有り得ない。あのときは、召喚士減少についての報告に気を取られていた為か、そのことについては言及しなかったけれど。賊の侵入について、元老院自体がほとんど騒いでいなかった。その不自然さに、改めてノエルは気付いたが、ゼノンは勿論そのときからわかっていたのだろう。彼はその時から、元老院の動向を一層注意深く見張っていたに違いない。
「彼らは、賊……反帝国組織が侵入してきた際にはあえて殺さず、その上わざと黄昏人の純血を確認済みという情報を流したのだ。そうして、エルカイル教会は反逆者たちを利用した」
「……いまだ地に散らばる黄昏人らを誘き出し、黄昏人らの本拠地を、探ろうとしているのではないですか? 僕達と同じように。彼らにとって黄昏人は異端の何者でもありません。龍には邪魔な力を持つ一族なのですから」
「それも、あるだろうな。だが、それだけではない……そもそも、十中八苦、黄昏人の本拠地はケルジャナ砂漠だろう。それは元老院も存じている筈。あそこは魔物の巣、何故か、ヒユウの龍の力ですら、及ばなかった地域だからな。……それに三年前の魔の戦いも、あの地域が発端だ」
「魔の戦い……」
三年前、色々なことが起こった。ゼノンにとっても、ノエルにとっても、否、この大陸にとって様々なことが。魔の戦いも、その一つだ。突如として現れた魔物の大群。帝国も大軍を率いて征伐にあたり、ヒユウの龍召喚によって勝利を与えられたが、それでも辛勝だった。
「……やはり、彼らはケルジャナに向かっているのでしょうか。今回のことで、あの地への侵入方法がわかればいいのですが」
そう、今回のギルベルトらの任務は彼らの本拠地を探るとともに、その侵入方法も探らねばならなかった。『黄昏人狩り』からも逃れ、いつしかこの地から消え去ったかのような彼ら。しかし、絶滅したわけではなく、彼らはひっそりと己の身を隠しながら、虎視眈々と帝国に牙を向ける機会を待っているのだ。それを阻止する為にも。なんとしてでも、彼らに剣の届く場所まで追いつかねばならない。
「グルンレスタに向かったということは、ケルジャナ砂漠の可能性が高いだろう。元老院はそれを既に確信している。問題なのは、そのあとのことだ……彼らが黄昏人らをどうするつもりなのかが」
「一網打尽にするつもりでは、ないのですか……? 元老院には黄昏人に対して敵意が強い者が多いですし」
「それもあるだろうが、それだけではない……これは、私の勘だがな」
肩を竦めておどろけるように言ってはいたが、確信したような声色だった。ゼノンの勘はよく当たる、その上、なんらかの確信をもっていないと言葉にしないのが彼という人間だ。だから、断言していると言っても間違いではない。
「では……、何故」
ノエルは不思議そうに尋ねた。彼のその断言の根拠を、知りたかった。しかし、それ以上についてはまだ確信がもてないのか、それとも時期ではないのかまでは判断はつかなかったが、ゼノンが口にすることはなかった。ただ、「ケルジャナ……全ての鍵はそこにある」とだけ紡いだ。
「教皇、とも関係のあることだと……?」
「……そこまでは、わからん。どちらにせよ、エルカイル教会……元老院の真意を探ることも、怠ってはいけぬ。他国の間者についても、黄昏人が出てきた以上、彼らも静観せざるをえない。我々と黄昏人のどちらかが弱体化するまではな」
「ええ、浅ましくも、漁夫の利を得るつもりなのでしょうね」
浅はかだ、それはあまりにもこちらを甘く見ている、とノエルは愉快な笑いしかこみ上がってこなかった。
「そうだ。ヒユウの真意をも掴めぬ以上、万一邪魔される場合を考えて、彼の力を封じることもやぶさかではないと判断したが」
そこでゼノンは一旦言葉を切った。「何か気がかりでも?」とノエルが問うと、
「ヒユウの龍を奪ったことによる戦力の激減は、お前の、対召喚士用の兵器・寄生獣の完成に期待している。敵の召喚士を無効化できれば、他国など恐れるに足らんからな。問題は、我々が黄昏人をどう扱うか、だ」
まだ迷っているような色を含ませ、ゼノンは机の上で両手を組んだ。
「三年前のように捕え、軍兵器として、のつもりではないのですか? 国民や騎士達の怒りを鎮める為にも、一部は見せしめとして滅ぼさねばなりませんが。とりあえず徹底的に逆らう者は容赦なく殺し、残りの一部を捕獲すればいい。少なくとも、僕はそのつもりで動いているのだと思っていましたが」
「私も最初はそのつもりではいたがな……」
深く考え込むようにゼノンは目を伏せて俯いた。何か気になることでもあるのだろう。彼には珍しく、考えあぐねているような様子だった。それをノエルは貴重なものを見るかのように眺める。だがそれも束の間のことで、すぐに気を取り直したかのように彼の頭は上げられた。
「……とりあえず、帝国軍については各騎士団の将軍らに任せよう。私は暫くエルカイル教会を見張る。『聖なる手』に関してはヒユウの手も借りる。黄昏人の本拠地もヒユウに見張らせ、そしてクラーヴァやお前にはヒユウの動向を監視して貰おう」
「……それでヒユウ殿を牢から出したのですか」
「ああ」とゼノンが頷く。ヒユウの処遇については不本意だったが、ゼノンの意向には逆らえない。少し眉を潜めながら、ノエルは胸の奥からこみ上げる不快な感情を無理やり飲み込んだ。
「……わかりました。ちょうど、寄生獣の被験体としても、私にとって彼は重要なサンプルですからね、しかし懸念と言えば」
ゼノンが「何だ」と問うと、ノエルは微かな苦笑をその声に混じらせた。
「クラーヴァ殿が大人しくしてくれれば宜しいのですが」
「……それは土台無理な話だろうな」




