1話 始まる
これは、とある人類史上最悪の科学者イヌガミによって人類の6割が滅んだ世界で、イヌガミによって女性の体に脳移植された元少年の主人公が数々の困難を乗り越えていくダークファンタジーである。
人の人格もしくは魂とは何処に宿るのものなのか、何処に由来するものなのか、考えたことはあるだろうか?
一般的には人の魂は脳に由来し、脳に宿ると言う意見が多い、しかし、脳ではなく心臓に宿ると考えているものも少なくはない。
実際に心臓を移植した者の中にはドナーの人格が芽生えたと言うケースがある。
魂とは心臓を器とするのか、脳を器とするか、そもそも魂などと言う不確かな物が本当に存在するのか…。
この議題は今でも議論の余地が大いにある。
故に全人類がその答えを求めている事だろう。
そして、この世界にはその答えを求めて、とある実験を行う科学者がいた。
その科学者はこの世界でも類を見ない程の変わり者であり、天才だった。
自分の才能を心から信じ、自分の才能しか信用しない、ナルシストにして、生粋のマッドサイエンティスト。
彼の価値観の基準は全て自身の才能で実現可能かどうか、自身の才能が更なる高みへ昇華出来るかどうかしかない。
自分の才能を伸ばす為または、試す為であれば、倫理に反する実験にも簡単に手を出す。
それが例え、最も身近な人間の命を弄ぶものであっても…。
2026年、4月15日、ドイツの首都ベルリンにて、とある研究所に世界最高の頭脳を持ち、世界最悪の人間性を持った科学者が二体の被験体を残して、世界から姿を消した。
それと同時に突如、ドイツに未確認生命体が出現し、際限無く増殖、勢力を拡大し、瞬く間に島国を除いたユーラシア大陸とアフリカ大陸の国々が滅びを迎えた。
未確認生命体は人知を超えた力を有しており、当時の人類では太刀打ちは不可能であった。
しかし、このような絶望的な状況にも不幸中の幸いと言うものがあった。
それは、未確認生命体は海水に弱いと言うこと。
海水に少しでも触れると拒絶反応を起こし、生命活動を停止してしまう。
故に海を越える事が出来なかったのだ。
それにより、人類は4割生き残る事が出来た。
これを"たったの4割"と取るか"4割も"と取るかは、きっとこの話を聞いている人達の捉え方次第だろう。
ただ、この場で唯一断言出来る事がある、それは…全滅しない限り人類にはまだ希望があると言うことだ。
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2130年、4月15日人類最悪の日。104年前に滅びを迎えたベルリン跡地にて、全身を…鎧にしては軽装でスーツと呼ぶには金属質で重厚な特殊装甲で武装した集団が辺りを警戒しながら、調査を行っていた。
この集団は生き残った人類が未確認生命体、通称【BIO UNCERTAIN MENACE】略して【B.U.M.】に対抗して、弱点である海水を利用して開発された対【B.U.M.】兵器で戦う人類防衛部隊、通称【Defence of Humanity alongside the ocean .】略して【D.H.A.O.】。
彼らがベルリン跡地に調査しに来た目的はただ一つ、人類の六割を滅ぼした【B.U.M.】の産みの親とされている史上最悪の科学者、イヌガミの痕跡を見つける事である。
104前の今日、ドイツのベルリンから【B.U.M.】の侵略劇が始まった。
きっと、この場にイヌガミに繋がる手掛かりがある筈だと彼ら【D.H.A.O.】は睨んでいる。
「海澤隊長!12時の報告に10坪程のドーム状の建物を発見致しました!」
調査を開始して、十数分。
滅んだベルリンのとある場所に小さな建物を発見した。
ベルリン含めて、ドイツ全土…いや、島国を除くユーラシアとアフリカ全土は【B.U.M.】により更地になっており、建物など一つもない。
にもかかわらず、たった今、10坪程の小さな建物を発見したと言う知らせが届いた。
これは実に不自然である。
あからさまにここに痕跡が眠っていますよ、と言わんばかりに…。
「警戒を怠るな!ここまであからさまに残されていると言うことは罠である可能性が高い。」
そう周りの隊員達に警戒を促すのは、今回の調査の最高責任者にして、【D.H.A.O.】の隊長も務める黒髪黒目の美しい日本人女性、海澤沢である。
「グレネードを投げて罠の有無を確認しろ。」
「はっ!」
彼女の指示に従い、一人の隊員が建物に向かってグレードを投げる。
グレネードと言っても火薬は入っていなく、中に入っているのは、対【B.U.M.】に向けた海水である。
故に、【B.U.M.】以外には無害であるため、このような場面では罠探知用として、とても重宝されているのだ。
「罠及び、【B.U.M.】は一つも見当たりません!建物内はもぬけの殻かと。」
「よし、警戒体制を維持した状態で速やかに建物内に突撃しろ!104年間人類が探してやっと見付けた手掛かりだ。失敗は許されない。」
「「「「はっ!」」」」
彼女の指示の下、隊員達は一斉に建物内に侵入する。
10坪の建物のスペースは決して広いとは言えない、建物内の間取りは中と外を隔てる扉と殺風景に開けた大部屋一つ。
その大部屋が実験ラボになっていて、電源が落ちて暫く経っているであろう古くなったコンピューターと、部屋の中心に鎮座している成人女性一人がスッポリ入れそうな大きさの医療用カプセルが二台あった。
その内の1台は既に開いていて、誰も入っていないが、もう片方の医療用カプセルの中には、齢18歳、身長178cmと推定される短いオレンジ髪の女性が入っていた。
「隊長!人が…人がこのカプセルの中に…!」
「警戒を怠るな!確かに人に見えるが、新種の【B.U.M.】の可能性もある。この建物が一体なんなのか、このカプセルの中の存在が何者なのか、不確定要素が多い以上、不用意に触るな。」
そう言って、海澤はカプセルから一定の距離を保って、辺りを観察する。
建物内には古くなったコンピューターと、あの妙なカプセルしかなく、手掛かりらしい物は見当たらなかった。
コンピューターからデータを抜き取ろうにも、104年前の物は流石に動かないだろう。
となると、頼みの綱はカプセルの中で眠る女性のみ。
「この女性に何か秘密があるのかも知れない…。この女性を本部まで運ぶぞ!総員、カプセルを開かず、刺激せずに慎重に…っ。」ガッシューンッ!
海澤がそう言掛けた時、女性が眠っていたカプセルが突然、一人でに開いた。
「…っ!?総員、カプセルから距離を取って武器を構えろ!」
一人でに開いたカプセルに一瞬驚愕するも、瞬時に正気を取り戻し、的確な指示を出して、目の前のカプセルとそのカプセルで眠っていた女性を警戒する。
そして、その直後、全開まで開ききったカプセルの中から、件の女性が緩慢な動きでゆっくりと這い上がってきた。
「総員、射撃準備!少しでも怪しい動きをしたら、直ちに射殺しろ!」
海澤のその言葉と共にその場にいる隊員全員が銃を構える。
女性は目覚めた表情のまま、あっけらかんとした表情で、銃口に見つめられている光景を見渡す。
数秒の緊張の後、女性の顔はたちまちはっとし、目を丸くして震えながら叫んだ。
「ひいっ!何だ一体!たっ助けて!」
「…人の言葉を話せるのか…?」
「そりゃ、人だからな…。」
目の前のカプセルから出てきた女性は慌てて手を上げて、自分は人間であると口にする。
銃を向けられて、咄嗟に手を上げたと言うことは、銃の前で手を上げる行為が降伏を意味するものだとわかっていたと言う事、つまりこの女性はある程度の人間社会の常識を持っていると言う事であり、【B.U.M.】である可能性がかなり低いと言うことだ。
「貴様は何者だ!何故このカプセルの中で眠っていた!イヌガミとどの様な関係なんだ!」
「わか…らない…。何で俺がここにいるのか…、イヌガミって人も知らない。」
海澤の質問に対して彼女から返ってきたのは困惑と不安が入り交じった、か弱い女性の弱音であった。
そんな彼女の姿を見て、この場にいる誰もが、この女性は敵では無いのかもしれないと判断した。
しかし、それでも少しだけ、まだ消化出来ていない疑問がある。
それは…。
「俺…?貴様、変わった一人称だな…。」
「は?何言ってんの?男が俺って言って何がおかしい?」
海澤の疑問に目の前の女性は素直に答えるも少し、会話が噛み合わない。
それはこの女性が実は【B.U.M.】であり、海澤達を騙そうとしているから…とかそう言う話ではなく、ただ単にお互いの認識がずれているだけの話…いや、もしかするとそんな単純な話では無いのかもしれない。
少し、嫌な予感がして、海澤は目の前女性に近づき、徐に彼女の額に手を当てて無理やり髪をかき揚げる。
「うわっ!ちょっ何…?」
「そんな…嘘…だろ…。」
海澤の目に映ったのは衝撃的なものだった。
海澤がかき揚げた彼女の額にはうっすらとだが、縫い目があったのだ。
つまり、この女性は元は男でイヌガミによって脳を女性の体に移植された可能性がある。
つまり、彼女は…いや、彼は被害者なのだ、今を必死に生きる人類と同じ、イヌガミによって平穏を壊された仲間なのである。




