第四十一話 ざわめく心
エイラ目線です。
目が覚めた時、そこは馬車の中だった。私の前には、無表情のダリオが座っていた。
「ん……ダリオさん?なんで馬車の中なんです?」
その問いかけに、ダリオは一瞬、複雑な顔をしてから正面の私を見据えた。その瞳には、光が宿っていないようにも見えた。
いつもの気軽なダリオではなく、その雰囲気の異変に警戒する。
「すまない、エイラ。君に来てほしいところがあるんだ」
声のトーンもいつもと違い、目を合わせながらも自分の杖を探すが、どこにもない。塔の前に置いてきてあるのかと思った時に、ダリオが出してきた物に、目を見開く。
「探しているのはこれかい?」
手に持っているのは、小さくなっている私の杖だった。とっさにダリオを睨みつける。
「……返して」
「駄目だよ。逃げられたら、困るからね。預からせてもらったよ」
淡々と喋るダリオが、不気味に見えてくる。睨みつける私を気にする様子もないダリオを見て、いつもとは違う感情のなさに本物なのかと疑ってしまう。
「どこに行くの?」
「教会……と、言いたいんだけどね。私の上司は教会ではないのでね」
「あなたは、聖堂騎士団ではないの?」
「表向きはね。まあ、着けばわかるよ……それにしても騒がないのだな」
意味深な言葉を残してから、私が落ち着いていることを不思議に思っているのか、ダリオは聞いてくる。
「ええ、みんなが助けに来てくれると信じているからよ」
「……そうか……もう、敬語ではないのだな」
「誘拐したあなたに、使う必要ないわ」
突き放すように言ってから、窓の外に目を向ける。
(今、騒いでも状況は変わらない……)
ダリオはため息を吐き、馬車を止め、自分の馬に乗るために降りていった。
(ずっと一緒じゃなくて、よかった……)
「みんな心配してるだろな……」
行きとは違い一人沈黙の中、馬車に揺られて聖都の方に進むのだけが、見覚えのある景色でわかった。
◇◇◇
着いたのは聖都ではなく、森の中に佇む屋敷だった。
連れられて中に入ると、一人の男が立っていた。その男は私が知っている人。
「お待ちしていましたよ。エイラ」
「やっぱり、あなただったのね。イオ・ラグランジュ……」
この間、教会で会ったときはメガネをかけていたが、目の前に立つイオは、メガネをかけていなかった。それに無造作な髪は一つに縛ってあり、ねっとりとした鋭い瞳が露わになっている。この姿がこの男の本当の姿だと、私は知っている。
馬車の中で考えていたことの中に、この男が犯人だという確信があった。こんなことをするのは、この男ぐらいしか考えられない。
自分の名を呼ばれ、嬉しそうにするイオを睨みつける。
「おや、思い出したんですか?」
(ここで、すべてを明かしては、この男の思うツボだわ……それに、まだ完全には思い出していない)
「いいえ、あなたを知っている気がするだけ」
虚勢を張る私に、イオは目を大きく見開いてから笑い出した。
「あははは、そうですか。そんなにも私のことを気にしていたとは……光栄ですね」
そう言って口角を上げ、前髪を手でかきあげる姿は、理知的な科学者ではなく、私が知っているサイコパスな男だ。事実、イオを目の前にして、なんとか震えそうな手を押さえている。
「おい、こっちは長旅で疲れているんだ。話は明日でもいいだろ?」
ぶっきら棒に横から、ダリオが口を挟む。
「そうですね。話はまた明日にしましょうか。ゆっくり休んでくださいね」
イオが手を上げると、横から仮面をつけたメイドが二人出てきて、部屋に案内してくれるらしい。メイドの後について階段を登りかけると、下からイオが声をかけてきた。
「ああ、そうだ、逃げようなんて考えないでくださいね。じゃあ、また明日」
手を振りながら微笑んで、ダリオと一緒に一階の部屋に入っていった。
案内されたところは、牢屋とかではなく、豪華な部屋だった。でも一箇所だけ、普通と違うところがあった。
(なんで窓に鉄格子がついているのよ……)
メイドがいなくなると部屋に一人になった私は、急に力が抜けるのを感じる。吸い込まれるように、天蓋のついた大きなベッドに寝転がった。久しぶりの柔らかい布団に、少し心が緩んで、弱くなる。
「みんな来てくれるかな……」
不安が私を包み、一人ごとが部屋に響いた。でもすぐ反射的に、首を振る。
(……そうじゃないわね)
「私は、今できることをするべきね」
ザリオのみんなと旅をしてきて、学んだこと、「今できることを全力で」。
私は心を自分で励ましながら、今度は柔らかい布団に包まれながら眠りについた。
◇◇◇
次の日、あのまま寝入ってしまった私は、朝からお風呂に入れられ着替えさせられた。
部屋でご飯を食べていると、イオがやってきて私の前に座る。
「おはようございます。似合いますね貴族の衣装が、綺麗だ」
持っているフォークを置き、挨拶の代わりに睨んでやる。すると、嬉しそうに笑うイオを見て、気持ち悪く思う。
「それにしても、ダリオから聞いていたとおり、落ち着いていますね」
「……騒いだほうがいいの?」
「いいえ。今のままで結構ですよ……ただ、昔のあなたなら騒いでいたか落ち込んでいたと、記憶していたので」
「……やっぱり、私のことを知っているのね」
私はそのことをはっきりさせるために、昨日は騒がずにいた。
「ええ。あなたのことは幼い頃から知っていますよ……私を見て、あなたが震えてることもね」
隠してあるテーブルの下にある手が、震えているのがわかっているかのように、嫌な笑いをするイオを睨みつける。
「あなたは、どこまで思い出したのですか?……どこにいたのか。どんな日々を送っていたのか……誰といたのか、とかね」
そう、イオの言う通り私は記憶を思い出しそうだった。きっかけは教会でのイオとの遭遇。でも、もっとはっきりしてきたのは、塔を出て薬を飲まされ眠らされている夢の中だった。
夢の中で見たのは、城の外はいつも霧があり、そこで私は何かの実験の被験者だった。そして――鳥かごの中で、笑いかける女性。それが、誰なのか思い出せない。でも、それを一番知りたいと本能が告げる。
「鳥かごの女性は――誰なの?」
「そこまでは思い出してないのですか。その女性は……おっと、それを言ってしまったら私が怒られちゃいますかね」
からかうようにケラケラと笑い出したイオを黙って見ていると、急に真剣な顔をしだした。
「もしかして……”あの方”も、思い出したんですね?」
「……ええ」
「そうなると話が変わってきますね……」
深妙な顔をしているイオを見て、嫌な汗が浮かんでくる。
「あっ、でも、もう少し練ってみますか」
一人ごとを急に呟き始めたイオは、何かを思いつき私を見向きもせずに、急に部屋をでていってくれたので、ほっと息を吐く。そして、イオが心酔している男を思い出す。
(……アケラス)
イオの言う、”あの方”の名前を心の中で呟いた。
◇◇◇
あの朝から、イオは私の前に姿を見せなかった。現れたのは3日後の昼すぎだった。
なぜか怒りながら入って来たイオは、私の前に立つと笑みを作って頬に手を当てた。
「ちょっとデュラン大司教に呼び出されたので、ダリオと共に行ってきます。すぐ帰ってきますから、大人しくしといてくださいね。わたしの可愛い子」
全身が拒否するが、身体が硬直して動けない私を見て、イオは満足な笑みを向け部屋を出ていった。
(逃げ出すには、今しかない!)
このままいたらあの城にまた連れてかれると思った私は、なんとか隙を見つけようとする。だが、窓には鉄格子、扉には二人の護衛がいる中、魔法も使えない私は何もできないことに気づく。
途方にくれていると、いつのまにか夜になる。
すると突然、屋敷の中が騒がしいことに気がついた。
(帰ってきたのかしら……)
ばたばたと、扉の前で人が倒れる音がする。
驚いて警戒をしていると、ここに来るとは思わない人の声が聞こえたと同時に扉が開いた。
「エイラ!逃げるわよ!」
「……えっ、リゼットさん!?どうしてここに?」




