第二十八話 思い
カイ視点です。
空に大きな氷の十字ができ、フレイガルドは嘆くように咆哮して、動きが止まる。
その攻撃を放ったのがアッシュだとは、すぐには理解できなかった。でも、彼が放った剣技で、フレイガルドは上を向いて凍っている。その横を、アッシュがそのまま落ちていくのが見えた。
「アッシュ!」
地面に落ちる寸前に、ヨアが魔法で静かに降ろした。ほっとしたのも束の間、ヨアがこっちを見て叫ぶ。
「カイ!今だ!」
俺は頷き、剣にオーラを込め、アッシュが作ってくれた隙を使って詠唱を唱え、地面を蹴り首にある石をめがけて剣を振り抜いた。
「――光よ、真よ示せ!《ルクス・ベリタ》!」
「バリッ」
ゼルとの訓練で威力は上がっているが、それでも石にヒビが入るだけだった。
(くそっ。浅かった)
地面に着地をし、もう一度剣を振るおうとしたが、フレイガルドの身体を止めていた氷が弾いた。
「ぐおおおおおお」
咆哮と共に、いくつもの炎の塊が周りに落ち、森がまた一段と燃え上がった。その圧倒的な炎の光景に、騎士たちはパニックに陥って、諦めの声を聞こえてくる。
「もう……おしまいだ」
「……ここで……死ぬんだ」
その声に飲み込まれないように、小さく呟いた。
「……諦めたらそこで終わりだ」
広場にいる人に聞こえるように、声を張り上げた。
「諦めないでください!まだ生きてます!俺たちは勝ちます!」
――ゼルとの稽古中の会話が脳裏をかすめる。
「ゼルさん、負けそうなのに勝つ秘訣は何かあるんですか?」
「ああ、はったりをかますんだ」
「はい?なんですかそれ?」
「何でも気持ちが負ければ負けるんだよ。だから言葉だけでも強い言葉を吐くんだ。すると気持ちも強くなる。――気持ちが強いと勝率が上がるんだよ」
不思議そうな顔をしている俺を、ゼルはおかしそうに笑った。
(今ならわかる……俺は負けるわけにはいかない)
「ぐおおおおお」
フレイガルドが俺に向かって、吼える。巨大な奴と目があったような気がした。フレイガルドは俺を睨みながら、身体の左右に二本の炎と黒炎が混ざり合う槍を作り出している。
それを迎えるために、剣を構えもう一度叫んだ。
「勝てます!絶対!」
大声で宣言する。
(頼む。諦めないでくれ)
「ああ、そうだな。カイの言うとおりだ」
横から聞いたことがある低い声と共に影が現れた。
「……ダリオさん」
「すまない。……お前らばかり戦わせて」
ダリオは俺に謝り、すぐに声を張り上げた。
「おい!お前ら、それでも選ばれた聖堂騎士団か?戦いもせずに諦めるとは何事だ!少しでも騎士としてのプライドがある者は、剣を構えろ!!」
言い終わると剣を構えた。周りの騎士たちは、ざわめき合う。剣を持つものもいれば、戸惑うものもいる。ダリオはもう周りを気にしてなく、目はフレイガルドに向けて、俺に喋りかけた。
「くるぞ。片方は任せろ」
ダリオの剣には燃えるように赤い色のオーラをまとっていた。剣先を見ていた俺に気づいて、ダリオはにやっと笑う。その笑みを見て、緊張している身体の力が少し抜けたのを感じたが、声に力を入れる。
「はい。お願いします」
返事をした声は、さっきよりも軽かった。
――その瞬間、右の槍が飛んで、遅れて左が飛んできた。すごい勢いの槍を目の前にして二人とも動く。ダリオは走り出し槍に向かって、剣を振るうと槍は二つに割れ地面に落ちた。俺は剣を振るい光の剣気を放ち、槍を消滅させる。
それを見て怒ったのか、フレイガルドが唸ると無数の火の玉が現れた。それはすぐに俺たちの上に降り注いだ。またヨアの防御結界が張られたが、威力が落ちただけで地上に落ちてくる。
ヨアの方を見ると、杖を構え防御結界を必死で維持していた。だが、戦いが始まった頃とは明らかに違う。結界は弱く、範囲も狭くなっている。動けない怪我人とリゼットを中心に、かろうじて強化している状態だった。エイラは立てないアッシュを庇っていたが、防御の大半はティアナが補っている状態だった。二人とも魔力が底に近いみたいだ。
(どうする……)
考えてもどうにもならない空気が漂っている。それがわかるのかフレイガルドは、咆哮を止めない。それに共鳴して火の玉が更に出来上がると――それは、嘲笑うかのように一斉に降り始めた。
「しまった!」
思わず声が出る。それと同時に結界が強化され火の玉は消滅した。俺は勢いよくヨアを見るが、彼も驚いた顔をしている。一瞬何が起こったのかわからなかったが、後ろの方から声が上がる。
「俺たちも戦います!」
「足りない魔力は私たちが補います!」
そこには杖を構えた聖堂騎士団の魔法使いが杖を握り結界を張っていた。怯えていたはずの騎士団が、戦う意思を見せ、次々くるフレイガルドの火の玉を防いでいる。
だが、彼らの力は足りず、何個か通り過ぎて地面に落ちてきた。フレイガルドは大きいのを作り、魔法使いたちを目掛けて打ってきた。
魔法使いたちはなんとか食い止めるが、一人一人と膝をつきはじめ、炎の玉は彼らに近づこうとしてくる。俺は助けようと走り出そうとした時、彼らの前に騎士団の剣士が並んだ。
剣士たちはオーラを剣に込め、火の玉を破壊した。
「俺たちも加勢します!」
「ダリオ副隊長に続くんだー!」
その多くの瞳にはさっきまでの諦めの色じゃなく、力が込められていた。俺は胸に熱いものがこみ上げてくる。横からダリオが声を掛けてきた。
「カイの言葉が聞いたんだな」
「いえ……ダリオさんのおかげです」
(そう、俺一人では騎士たちは諦めていた。これでなんとかなるかもしれないが……それでも確率は低い。……俺にできるか?いや、やらなきゃならないんだ)
俺はフレイガルドの方を真っ直ぐ見ながら、ダリオに話しかける。
「ダリオさん。俺に時間をくれますか?」
「何か策はあるのか?」
「はい。ネザレアを倒した時の技を出します。あいつ、頭がいいので、攻撃に気づくと思います。その間お願いできますか?」
少し困った顔をしたあと、ダリオは俺を見て納得したように頷いた。
「そうか。それはこの前より大変だな。……やれるのか?」
「……わかりません。でも……やれそうな気がします!」
自分でも強がりなのか確信なのかわからなかったが、でも言葉にすることで、心を強く持ちたかった。
それが伝わったのかダリオは頷いて、笑みを浮かべる。
「そうか。なら任せろ!」
一歩前に出る大きな大人の背中を見て、俺は少しばかり緊張していた力が抜けたのを感じた。
(……俺はまだ子供なんだな)
不意にそんな思いがこみ上げてくる。心の声が聞こえたのかダリオが後ろを振り向いた。
「カイ。この部隊でお前が一番強い。……すまないが、任せた」
その謝罪に自然と力が入る。ネザレアの戦いの時もそうだったけど、この人は初めから俺の力を認めてくれている。その事が俺はすごく嬉しいことだった。
炎に囲まれた広場に、剣を上げたダリオの指揮が響く。
「おいお前らカイのために時間を作るぞ!各五人ずつで攻撃をしろ。魔法使いは援護を頼む。心してかかれー!」
「「おおおー!」」
(この人たちを守りたい)
そう思うと、剣がかすかに反応したような気がした。剣に手を置く。
騎士団の人たちが束になって、フレイガルドに攻撃をする。だが、騎士の攻撃はフレイガルドは目もくれず、こちらだけを見据えている。物怖じしそうな圧を睨み返し、剣を前に掲げた。深呼吸してから目を閉じ、剣の名を呼ぶ。
「ヴァレン。力を貸してくれ。俺に守る力をくれ」
そう力強くつぶやくと剣は光りだした。
(……反応してくれている。やれる!)
今度ははったりでもなく、確信だった。静かに攻撃をされていたフレイガルドが、突然咆哮を上げ、こちらに炎の風を向けてきた。炎が俺に迫る瞬間、魔法陣の結界が張られる。フレイガルドの炎を完全に止められるのはヨアしかいない。だが、彼はもう魔力が限界だったはずだ。
後ろを振り向くとティアナに支えられながら杖をこちらに向けているヨアがいた。
その横に立っていないアッシュと守っているエイラが見えた。みんなぼろぼろの姿だ。ヨアと目があい、彼は大きく頷いた。それを見て勇気をもらうと、前を向きフレイガルドを見据える。
「そろそろ終わりにしよう」
剣はさっきよりも強く光り、俺の気持ちに答えてくれる。その刹那――フレイガルドの爪が襲いかかった。炎龍の姿になってから一度も物理攻撃をしなかった奴が、俺を脅威だと初めて認識したようだった。だが、その攻撃は、数歩目の前でダリオの剣に止められた。
「キィーン」
「いかすわけにはいかない!はあああ!」
踏ん張り爪を弾き返す。その大きな背中は、俺に勇気をくれる。
(皆が俺を守ってくれる……だから、俺も守るんだ!)
周りが一瞬静まり、空気が張り詰める。炎の爆ぜる音すら遠のいた。
「――星よ、闇を縫い裂け!《アストラ・カリグラ》!」
瞬間、無数の光線が剣先から解き放たれる。
それは星々の糸のように空間を縫い、フレイガルドの紅色の石は軋む音を立て、次の瞬間、光に呑まれ砕け散った。
フレイガルドも光に包まれ、何かを落として姿を消した。それと同時に周りの炎も消え、夜だと思っていた空は雲が晴れ薄っすらと明るくなった。
(……勝った)
最後の力を振り絞り剣を持った手を、力強く上げる。
すると後ろの騎士たちが歓声を上げ、喜んだ。周りを見渡し、仲間の方を見るとみんな笑顔だった。
一歩踏み出すと、ふらついて倒れそうになるのを誰かが支えてくれる。顔を上げると、そこにいたのは満面の笑みをしたダリオだった。その笑顔に改めてフレイガルドを倒したことを実感する。
「ありがとう、カイ。みんなが生きているのはお前のおかげだ!」
俺も満面の笑みを返した。




