第二十六話 フレイガルド
カイ視点です。
フレイガルドが放った赤い魔力の塊は、俺たちに襲いかかった。思わず目をつぶってしまう。
「《セレス・シェル》!!」
爆発音と共にヨアの声が響き、目をゆっくり開けると、前に張られていた魔法陣は消え、攻撃は広場を避け、横に逸れた跡を残していた。
胸の前に持ち上げられたヨアの手には、メルナからもらったペンダントが握られていた。
状況がいまいち掴めず、思わず呆けた声が出てしまう。
「……えっ、助かったのか?」
「まだだ!炎槍がくる!」
次の攻撃を警告するように、ヨアが叫び、反対の手に握った杖を構えて防ごうとするが、全ては防げなかった。弾ききれなかった炎槍を俺は剣でいなす。それでも何本かは、地上へ突き刺さっていく。
周りの騎士たちも、なんとか炎槍を防いでいる中で、リゼットの大きな叫び声が聞こえてきた。
「いやあああー!こんなの聞いてない!!出てくるのは中級の魔獣って言ってたじゃない!」
その聞こえてきた内容に、アッシュが冷たく吐き捨てるように呟いた。
「また、教会にやられたのかよ」
「そうみたいだな……」
また隠されていた事実に憤りを感じながらも、前にいる敵を見る。
奴は大技を止められて、静かな怒りを宿しているように見えた。だが、動こうとはしないその姿勢自体が、更に威圧感を出しているようにも感じる。強者の余裕か、さっきの攻撃で疲れているかは、わからないが、ただ身体から吹き出す炎に黒の炎が混ざりだした。
「だが、今はこいつに集中しよう」
「ああ」
ヨアが答え、アッシュは頷いた。俺たちはフレイガルドを警戒しながら会話をする。
「ヨア、さっきの攻撃が来たら、また防げるのか?」
「無理だよ。あれはメルナ様の力を借りて、一度きりの魔法だったんだ」
「……そうか。ならまたあの攻撃がきたら終わりだな。何か策は?」
「さっき奴が上を向いた時に、首のあたりに脈打っている紅い石が見えた。多分フレイガルドの核だと思う」
「首に核……それをやるしかないな」
作戦が決まって、またさっきみたいにアッシュの陽動で俺が核を狙う流れになった。
「じゃあ、いくぞ!」
動こうとする俺をヨアが止めに入る。
「カイ、待て。また魔力の流れがおかしい……」
そのヨアの叫びにまたさっきの攻撃かと警戒していたが、様子がおかしいことに気がついた。
フレイガルドの周囲を、赤と黒の炎が包み込み始め、それを呼吸するように、竜巻状の風が空高く舞い上がった。目の前の未知の光景に驚きが隠せない。自然と剣を握る手が強くなる。
「……何が起こるんだ!」
竜巻で立った火柱は天を突くほど燃え上がり、しばらくすると一瞬で消えた。現れたフレイガルドは、もはや四本足の獣ではなくなっていた。
そこにいたのは、二本の足で立つ、炎に包まれた獣人型の姿。
――炎龍。
見たものは生きて帰れない。伝承でしか語られない存在。
「こんなの無理よ……」
その姿を見て、ティアナが弱々しく呟いた。みんながそう思っただろう、その言葉に心の中で反発する。
(でも、勝たないと俺たちは生きて帰れない)
その思いだけが強くなり、炎龍になったフレイガルドを睨みつけるが、その威圧感に身体が思うように動かない。
――圧倒的の力の差。
その存在が一瞬にして、場を支配した。
周りの騎士たちは戦う気力を奪われたかのように、武器を下ろす者もいる。絶望に支配された広場は時間が止まったように静かだった。
その広場を支配しているフレイガルドは、身体の右側に一つ、さっきより大きな炎槍を作り出す。それは、言葉を発したことへの見せしめのように、ティアナへと放たれた。
「ティアナ!!」
(間に合わない!)
ティアナを見ると、大斧は構えているが、本人はフレイガルドに圧倒されて動けないでいる。
「《アーク・セイブ》!」
もう間近に迫ったとき、ティアナの目の前に水色の魔法陣が張られ、炎槍は間一髪で防がれる。だがティアナの周りは、その余波で左右に跡ができた。
この緊迫した空気の中、たった一人動いたのはエイラだった。皆が驚いた顔をして彼女を見ると、そこには震えた手で杖を持っているエイラがいた。
「……エイラ、ありがとう!助かったわ」
驚いた衝撃で身体が動いたティアナは、武器を構え直しお礼を言う。エイラはほっとした顔を一瞬見せた。
「無事で良かった。……次が来る!」
ほっとしたのもつかの間、すぐにエイラが短く叫んだ。安心の息を吐く暇もなく、次の炎槍が今度はエイラを狙って空を裂いた。
防御魔法を展開するが、熱量が強すぎて、光の膜が一瞬で砕け散る。
「やらせないっ!」
ティアナが炎槍に向かって踏み込み、大斧を振り上げる。火の粉を弾き飛ばしながら、その一撃で炎槍を叩き返した。二人は短く頷き合う。再び並び立つその姿に、胸の奥が熱くなる。
「負けてられないな!」
焦げた空気を吸い込みながら、俺は力強く呟いた。彼女たちの戦いを見て、俺の身体は動くようになっていた。再び燃え上がる心の熱に、応じるようにヨアが声を上げる。
「よし……フレイガルドの注意を上に向ける。その間にカイが核を狙え! アッシュ、いけそうか?」
「無理だな。炎の風が邪魔をして、矢が燃える」
「そうか……」
ヨアが一瞬だけ考え込み、それから静かにアッシュに剣を差し出した。
「じゃあ、この剣を使え。上から斬りかかるんだ」
アッシュは面食らったようにヨアを睨んだ。俺も驚いたようにヨアを見た。フレイガルドに斬り込むにはオーラを込めた剣が必要だ。弓使いのアッシュにできるわけがない。でも、ヨアの瞳は真剣そのものだった。こんな時に冗談を言える奴じゃないのは、俺が一番知っている。
「はあ? 俺に剣を? 冗談だろ」
「生きたいなら使え。使えないわけじゃないだろう?」
ヨアの声は静かだが、確信を帯びていた。
アッシュは僅かに目を細め、口の端で笑う。
「……知ってたのかよ」
その低いつぶやきに、俺は思わず息を呑んだ。
アッシュが剣を握る姿――それは、見たことがないはずなのに、妙にしっくりくる。器用な男は、何ができてもおかしくなかった。それを秘密にされていたのは、少し寂しいが、今は考えている暇はない。
フレイガルドが咆哮を上げ始め、次の炎槍を構え始めていた。
ヨアは急いで、指示を出す。
「カイが始め囮となって、奴を引きつける。その間にティアナはアッシュを上に投げ、エイラはその補助。次はアッシュが奴の気を引いて上を向いた瞬間、カイが首の核を切る。俺はカイを援護する。以上、作戦開始!」
「はい!」「おう!」「わかったわ!」「ああ!」
みんなの返事と同時に、空気が焼ける音がした。フレイガルドが咆哮し、炎槍が向かってくる。
「《アーク・セイブ》!」
ヨアが杖を掲げると、緑の光陣が一瞬で展開し、迫る炎槍を飲み込んだ。
「カイ!下で奴の気を引け、槍を飛ばさせるな!」
「わかった!」
「ぐおおおおおー!」
消されて怒ったのか吼えた瞬間、俺の立っている地面が爆ぜた。避けても次の場所も爆発する。次々くる炎の爆発をかわしながら、俺は一気に距離を詰める。
フレイガルドは数十本に小さな炎槍を作っているのが見えた。今まで一つしか攻撃しなかったのにと思うと、ついぼやいてしまう。
「両方できるのかよ」
爆破を回避しながら、俺に向かって振ってくる炎槍を剣で避けられると思うが、全ては避けられないと判断する。覚悟を決めて、立ち止まろうとすると、ヨアが後ろで叫んだ。
「足を止めるな!槍は俺に任せろ!」
向かってくる炎槍の前に、ヨアの魔法陣が次々と現れすべて消していく。
(――すげぇ、全部合わせてくる)
ヨアの精密な魔法と俺の陽動が、完全に噛み合っていた。




