第二十五話 炎の森
カイ視点です。
聖堂騎士団の魔法使いたちが水魔法を放つが、炎は消えるどころか、逆に勢いを増していく。広がる炎は、まるで魔力を喰うように広がっている。
みんなが動いてる中、避難を呼びかけている騎士に声をかけた。
「あの、何があったんですか!?」
「突然風が吹いて……そのあと火がついた。消そうとしても消えないんだ!」
騎士の言うように、炎はまた勢いを増す。焦りと熱気が夜気を呑み込み、視界が赤く染まった時――。
「ぐあああああッ!」
森の奥から獣のような咆哮が響いた。その声と共に炎が枝葉を伝って燃え広がった。まるで炎そのものに意志があるかのように、広場の周りの木々を呑み込んでいく。俺たちは逃げ道を失った。漠然とした絶望にみんなが言葉を失い、立ち尽くした。
その炎の音しかしない静寂の中、後ろから駆け寄ってきたアッシュが叫ぶ声が聞こえてきた。
「カイ!何がいるんだ!?」
「わからない……でも、何かがいる」
わかるのは咆哮の主は、確実に近づいていることだけだった。
(ここは防御石に守られたはずの安全地帯――なのに)
「防御石が! 機能していません!」
遠くの騎士の叫びに、場の空気が凍りついたが、すぐにざわめきが広がる。ヨアがぼそりと呟いた。
「――罠?」
その小さな疑問の声が、やけに耳の奥に響いた。
(防御石があるのだから安全なのだろうと思い込まされていたとしたら……)
その思考に背筋が凍る。考えているとダリオの声が聞こえてきた。
「怪我人を運べ! 手が空いている者は周囲を警戒しろ!」
ダリオが叫んでいる方に意識を向けると、炎の前で指揮を執る姿を見つけ、俺たちは駆け寄った。
「ダリオさん! 大丈夫ですか!?」
「カイか! まだ状況が掴めん。リゼットのところに下がっていろ!」
「わかりました……でも、俺たちもなにかします!」
一瞬、彼の顔に迷いが走った。だがすぐに覚悟を宿した瞳で頷く。
「……そうか。頼んだ!怪我人はリゼットのところに運んでくれ」
「わかりました!」
ダリオは部下に呼ばれ、「ここは任せた」と告げて、違う場所へかけていった。いつ咆哮の主が姿を現すかわからない緊張感の中、俺たちも近くにいる動ける怪我人を誘導する。
みんなが移動を終わると、テントの彼方、森の奥で金色の光が閃く。
「!」
「ぐおおおおおーー!」
空気が震える咆哮が夜を裂く。さっきより大きい声の主は、確実に近くまで来ていた。逃げることができない俺たちは剣を引き抜き、戦闘態勢に入る。
風が逆巻き、熱が肌を焼いた。テントの火が燃え上がり、視界は赤と黒に染まる。その状況に場の緊張感は最高潮になったその時、森の中から燃えた巨大な木が弧を描いて落ちてきた。
「危ない!!」
地面に衝突した衝撃で地が震える。尻もちをついた騎士もいたが、全員がなんとか無事だった。息を整え、前を見る。その先にはずっと感じていた、巨大な力を持ったものが動き出した。乾ききった喉がなる。
「……くるぞ」
緊張を挟んだ俺の声に、皆が武器を構え直した。
森の奥が赤く光った瞬間、ヨアが叫んだ。
「エイラ!防御結界!」
「はい」「「護れ――《アーク・セイブ》!」」
二人の声が重なり短い防御の呪文が響く。緑と水色の結界が重なって広場を包んだ刹那、炎槍が無数に降り注ぐ。ほとんど結界に止められ消えたが、先に水色の結界が消えると最後の数本が結界を破り地上に突き刺さる。ふらつくエイラを慌ててティアナが支えた。悔しそうな声がエイラから聞こえてくる。
「……ごめんなさい」
「いや、よくやった」
謝るエイラを見ずに、ヨアは短く褒めた。
炎槍が落ちたところが騒がしく、何人か怪我をしたみたいだ。医療班の騎士を呼ぶ声がする。
「ぐおおお」
唸り声と森から木々が倒される音と共に、炎の中から大きな影が現れた。徐々に明らかになる。身の丈三メートルを超える四本足の巨大な魔獣。全身を焦げた黒と紅の鎧鱗が覆い、ところどころから赤い炎が吹き出していた。
その姿にみんな圧倒され、アッシュの呟きが、みんなの代弁をしてくれる。
「おいおい、こんなのに勝てんのか……」
両肩に鋭い翼をもち、黄金の大きな瞳は俺たちを捉えている。その巨大な魔獣を目にして時間が止まったように感じた。
「――フレイガルド」
その姿に周りの雑音は消え、静かに呟いた自分の声だけが響いた。本でしか見たことのない幻級の魔獣。それが今、現実に現れる。
「ぶおおおおおおおーっ!」
耳が焼くような咆哮が空気を震わせる。瞬間テントが爆ぜる。火の粉が風に舞い、あたりは一面、火の海になった。俺は我に返り武器を構え、アッシュが矢筒から矢を抜きながら叫ぶ。
「やばいぞ、これ!どうすんだよ」
降り注ぐ火の粉を払い、俺は歯を食いしばった。ティアナは大斧を構えているが、困惑している表情をしている。
「そうね……これはピンチだわ」
隣では、エイラが震える指で杖を握りしめ、真剣な眼差しで敵を見据えていた。
「足を引っ張らないようにします」
その声に、ほんの一瞬だけ張り詰めた空気が和らぐ。エイラに頷き、俺はヨアの方を振り向いた。
「ヨア!対策を頼めるか?」
「……やってみる」
周りの騎士は、その巨大な生物を見て混乱しているのか、武器を構えず唖然としている。
(こんなに大きかったら当たり前か……)
俺は視線をフレイガルドに戻すと、剣を構え直し言葉に力を込める。
「俺たちザリオで時間を稼ぐ!いくぞ!」
「「「「おう!」」」」
みんなの返事を聞き、俺はまず真正面から斬りかかった。
剣筋をわかったかのように右の翼に弾かれ、その瞬間、左の翼が俺に迫ってくる。
「ガン!」
横で金属の音が響き、ティアナの大斧がそれを受け止めた。
「っバカじゃないの!真正面から行くって!いつも言ってるじゃない!」
「いや、まずは真正面だろ!」
「私が止められなかったら二人とも死んでたわ!」
なぜか怒り出したティアナに向かって、思っていたことを素直に言う。
「ティアナなら、止められると思っていた」
「あんたはいつもそう……」
その途端ティアナは諦めたように呟き、受けていた翼を大斧で弾き返すのと同時に、アッシュの魔矢が放たれる。
「おい、いいから一旦引け!」
爆ぜる光が視界を染め、俺たちは一斉に距離をとった。いつものやり取りをして緊張をほぐそうとするが、相手が相手なだけに簡単にはいかない。自分でもまだ緊張しているのがわかる。
「力比べは、今のところいけそうよ。ただ持久戦になると厳しくなるわ」
「そうだな。それに奴の反応も悪くない。簡単にはいかないな」
俺とティアナの分析の横で、アッシュがぼやいた。
「翼が厄介だ……矢が逸れる」
「翼で避けるってことは、もしかしたら身体は柔らかいのかも知れないわね」
大斧を構え直したティアナが呟いた言葉に、ヨアが考え込む。本には幻の魔獣の攻略なんかは書いてなかったから、一つずつ試していく。俺たちはいつものように、敵の弱点を探していくしかない。
「どうだろう……カイ、頼めるか?」
「ああ、アッシュ、サポート頼んだ」
「了解」
俺は剣先にオーラを込めてから、フレイガルドの足を狙って走る。同時に、アッシュの魔矢が三本、空を裂く。翼に防がれた瞬間、炸裂音が響き、フレイガルドの注意が上に向いた。
「今だ――!」
その隙を突き、剣を振り抜く。刃が肉を裂き、浅い傷だけが残った。
(――さすが幻級。硬さも本物だ)
「ぐおおおおおおー!!」
怒号のような咆哮が響いた瞬間、炎槍が上から降り注いだ。エイラの防御魔法が炎を打ち消す。だが、こぼれた一撃を俺は剣で弾いた。仲間の近くに戻り、ヨアに声をかける。
「やっぱり硬いな。見ていて何か気づいたか?」
「ああ、さっきの攻撃のとき――」
ヨアが言いかけると、突然アッシュが叫んだ。
「奴の様子が変だ!」
「魔力が……フレイガルドの中心に集まってる!」
エイラが状況を急いで説明をする。
フレイガルドの口元に、赤い玉が現れ、急速に膨れ上がってくる。
本能的に危険だとわかった瞬間、それは放たれた――。




