第二十四話 アウロラの森
カイ視点です。
翌朝、俺たち冒険パーティー《ザリオ》、ダリオ率いる聖堂騎士団、そしてリゼットがアウロラの森の入口に集まった。
すべてが集まるとリゼットが一歩前に出て、冷静な声で今回の作戦を伝える。
「これから《アウロラ・パクト遺跡》の“雫”を取りに行きます。森の中は聖堂騎士団が前衛、ザリオは援護。塔の中に入ったら、あなたたちが先頭に立って探索してちょうだい。騎士団は外で待機――以上よ。準備ができ次第、出発するわ」
全員が短く頷き、それぞれ装備を確認するため散らばって行く。その中で、俺たちはリゼットの方に歩いていき、ヨアが彼女に話しかけた。
「リゼットさん。“雫”があるのは、どのあたりなんですか?」
彼女はこちらを見て、わずかに肩をすくめた。何か浮かない顔をしているような気がする。
「塔の中よ」
一言しか言わないことに冗談かと思ってしまう。ヨアも同じことを思ったのだろう、もう一度聞き直していた。
「え?中のどこですか?」
「知らないわ。……だから、これを使いなさい」
彼女がヨアに渡したのは、銀の装飾が施された小さなコンパスだった。中心の針が淡く光を帯び、ゆっくりと回転している。ヨアは眉をしかめながら、用途を聞いた。
「なんですか。これ?」
「“雫”の反応を感知するようになってるのよ。針の指す方向に進みなさい。そこに雫はあると思うわ……」
「なんか曖昧ですね。……リゼットさんは、一緒に行かないんですか?」
言葉に棘があるヨアだが、深くは聞き出そうとはしない。リゼットは、ヨアの言い方も気にしてないみたいだ。彼女は静かに首を左右に振る。
「行けないのよ。イオ主任の指示で、塔には”ザリオ”だけで入るように言われているの」
俺は思わず口を挟んだ。それにアッシュとティアナも続く。エイラだけは何も言わず、辛そうな顔をしていた。
「……塔に入ったら、全部こっち任せってわけか」
「なんだよそれ、無理ゲーじゃん」
「それじゃあ、見つからなくても仕方ないよね」
アッシュとティアナは、ぼやきながらエイラを連れて持ち場に去っていった。
リゼットはそんな二人の言葉に少し表情を崩しため息をついた後、残っている俺たちのそばに近づいて、小さな声で呟いた。
「大司教様からの伝言で、「取ってこなかったら監獄に入ってもらう」って言ってたわ」
「そうか……」
ヨアの返事をする声が固くなった。俺たちには後がないことを実感する。
「それもなんだけど……」
そう言いかけ、リゼットは、周りを気にしてからヨアに近づき耳打ちする。ヨアの肩がわずかに揺れ、眉をしかめた。その目に、一瞬だけ戸惑いと警戒が浮かんだ。リゼットが顔を離すと、そのヨアの表情には影が落ちていた。
「……ありがとう」
低く絞り出した声だった。リゼットは肩をすくめそれ以上何も言わず、踵を返して去っていく。その様子を不思議に思いながら見ていた俺は、リゼットが離れてからヨアに尋ねた。
「今、何を言われたんだ?」
ヨアの表情は曇ったまま、小声で俺にだけ聞こえるように言う。
「……取って来たとしても、そのあとも気をつけろって教えてくれた」
ヨアはリゼットの後ろ姿を見ながら、その声はどこか張りつめた響きがあった。リゼットが教えてくれたのも驚いたが、教会側の彼女の話にお礼を言うヨアも意外だった。
「彼女の話を信じるのか?」
俺の質問に、なぜかヨアが目を開くから、何をそんなに驚いているのか不思議だった。
「どうした?ヨアは教会嫌いだろ?」
「ああ……彼女は教会側の人間だが、なんか違うような気がするんだ。教会にもいろんな立場の人がいるってわかったから……大丈夫だよ。警戒はしている」
メルナに会ってから、ヨアの教会に対しての見方が変わってきたように思う。でも、なにが違うのかはわからない。そんなことを考えていると、ヨアがぼそりと呟いた。
「監獄送りか……」
その言葉に、今更ながら俺たちの置かれた状況を思い知る。
ゼルとの旅が楽しくて忘れそうになっていたが、教会に囚われている。俺たちはこの依頼を絶対に成功させないといけない。
出発の準備が整い、俺たちは森の中へと足を踏み入れた。
出発すると、指揮権はダリオに移った。号令をかける馬上の彼は、背筋を伸ばし陽光の差さぬ前方へ視線を向けていた。
出発してすぐ、ダリオがこちらにやってきて、笑顔で声をかけてくる。
「森の中は聖堂騎士団に任せてくれたまえ」
軽く頷くと、彼はまた馬を進め、先頭へと戻っていった。その背中を見送りながら、昨夜の騎士たちの噂がふと脳裏をよぎる。
――セルジオが、ダリオに意見して謹慎。
昨日、セルジオの話をしたとき、あの穏やかな笑顔の裏に何かを隠していたのだろうか。優しいダリオが処分を下すなんて、何があったのか気になるが、今は考えても仕方がない。
甲冑が木漏れ日に鈍く光り、列を成した聖堂騎士たちが音もなく進んでいく。
俺たちはその後ろ、荷馬車の荷と並んで揺られながら進む。リゼットは別の馬車に乗っている。……どうやら、俺たちは荷物扱いらしい。
塔の入口までは二日。濃い緑が陽を遮り、湿った土が蹄にぬかるむ音を返す。野営の準備が整った。俺たちを含めた五十名ほどの部隊は、息を潜めるように森の奥へと進んでいった。
一日目は、驚くほど静かだった。
出てくる魔物も弱く、聖堂騎士団は疲れも見せずに森の中の広場――防御石に囲まれた安全地帯に野営地を作った。塔までの道には、こうした“守られた場所”がいくつもあるらしい。
「なあ。……なんか、おかしくないか?」
テントを張りながら、アッシュが話しかけてきた。
「何がだよ。ちゃんとテントになっているだろう?」
地面に最後の杭を打ちながら答えると、アッシュは苦い顔で首を振る。
「そうじゃなくて――教会の方だよ」
「教会?」
俺が顔を上げると、アッシュは周囲を気にしながらさらに声を潜めた。
「この塔って、普通は誰も入れないんだろ? それなのに、俺たちをわざわざここまで連れてきた。ってことは……入れる確証があるってことだ」
「なるほど。でも、それならなんで俺たちを使うんだ。入れる確証があるなら、自分たちで行けばいいじゃないか」
そう言うとアッシュの顔が曇った。その時近くにある焚き火の火がぱち、と音を立てるとアッシュは質問に答えずに、その火の方へ歩いていき近くに座り焚き火の火を整えた。俺も後を追って隣に座り、問いかけた。
「アッシュは、その答えをわかっているのか?」
「そんなの決まってるだろ。……最初に入るのは、捨ててもいい存在なんだよ」
その低い声の言葉に勢いよく顔を向けると、そこにあった瞳は、火を映しているのに、冷たいものに見えた。
「……捨ててもいい連中?」
「ああ。初見だから中で何が起こるかわからない。だから最初に入るのは、捨て駒でもいい連中ってことだ」
“捨て駒”その一言が胸の奥に刺さった。けれど、不思議と納得もしてしまう。俺たちは、教会にとって替えのきく存在。それはつまり、俺たちの命は教会の掌の上にある。
その現実の重さが、夜気よりも冷たくのしかかった。見上げた空は静かで、星々がまるで他人事のように瞬いている。
(……だが、死んでたまるか)
胸の奥で小さく息を吐き、アッシュに視線を戻す。
「みんなで、村に帰ろうな」
一瞬、アッシュの動きが止まる。やがて、深く頷きいつもの調子で答えた。
「ああ、当たり前だろ」
森の奥から吹いた風が火を揺らし、火の粉が夜空に舞い上がる。
その瞬間、柔らかな声が背後から響いた。
「カイー、アッシュー! ご飯持ってきたよ。ほら、ちょっと多めにもらっちゃった!」
ティアナとエイラが皿を掲げて笑う。その後ろでは、ヨアが食料箱を抱え、苦笑いを浮かべていた。焚き火の光に照らされる三人の姿は、まるで日常の欠片のようで、今の現状を忘れさせてくれる。張りつめていた空気が、そっとほどけていく。
アッシュと目が合い、どちらともなく笑い合った。
「なに? 面白い話してたの? 教えなさいよー」
ティアナが詰め寄る。その瞬間、笑い声が夜空に弾けた。その笑いが、いつまでも続けばいい。心から、そう思う。
夜、俺たちザリオのメンバーは明日に備えて、全員眠りについていた。
――その静寂を、突風が裂いた。
「ぶおおおおお……!」
風が唸り、テントが大きく揺れる。勢いよく上半身を起こした。
「なんだ!?」
衝撃で目を覚ますと、同じく起きたヨアと視線がぶつかる。すぐに外から誰かの叫び声が聞こえてきた。
「起きろー!!火が燃え移るぞー!!」
その言葉に慌ててヨアが、寝ているアッシュを揺さぶって起こし、俺は先に外へ飛び出した。
目に飛び込んできたのは――炎に包まれたテント群だった。




